21世紀は人権の世紀か
ニュースではイラクで国連事務所が爆破され、デメロ国連事務総長特別代表が死亡、イスラエルでも大きな自爆テロが起こっているという報道がありました。20世紀の終わりには考えられなかった状況です。20世紀の終わりには東西の冷戦がありましたが、むしろ今の方が、平和や人権を守るという状況からほど遠いものになっているのではないかという基本的な認識を、私は持っています。
そして、同和問題も、このような時代認識を離れては存立しえないし、この時代認識の中で同和問題をどのように解決していくかを考えていくべきであろうと思っています。
国際的に、人の命が侵害あるいは剥奪されるような事態が多く起こっています。転じて日本の国をみれば、10数年前にバブルがはじけて以降不景気が続いています。今やデフレが恒常化し、経済は大変厳しい状況にあります。そういう中で、毎年三万人を超える人が自殺をしています。日本の一人あたりの平均年収は、600万円を超え、世界第二位の所得水準です。このような状況は、いったい何なのだろうかと私は考えるわけです。
同和問題も、1969年に「同対法」ができて、2002年3月に「地対財特法」の延長期間が切れました。私は1979年に北九州市において企画部開発課長になり、同和問題に対し直接又は間接に対応してきました。確かに物的面で、環境はよくなったと思います。これからは特別施策でやってきたことを一般対策に変えていく、人権問題全般の中で同和問題をとらえていく、啓発は大事だ、と言われており、そのとおりだと思います。最初に言ったように、今の日本の状況を把握し、もう一度、同和問題を含む人権問題をとらえなおすという気持ちがなければ、この問題に対する本当の意味での重大性を見失うと思います。
今、日本は恒常的なデフレ状態になっています。これは日本だけではなく世界中がそうなのです。というのは、これまで共産主義体制であった中国が、土地の国有とか官僚支配は共産主義的ですが、経済活動では資本主義の最先端という状況に関係しています。今では、日本の各企業はどんどん工場を中国へ移しています。しかも、知的財産権まで含めて移しています。中国は、華僑、日本、欧米の資本で伸びていっています。そうすると、日本の企業は、中国の工場で作ったものを逆輸入するから、日本国内で製品は安くなり、デフレになるのは当たり前のことです。そこで日本の企業は、不良債権処理の問題もあり、苦闘を続けています。そういう中で、成長していく企業は、中国よりも技術水準が高いところ、隙間産業をやっているところです。大多数の企業は、従業員をカットすることによって固定経費を削減し、赤字から脱出していくしかないのです。その中で、たくさんの人がリストラにあい、職を失ったりする状況が現れています。それが直接の原因ではないにしても、間接的な原因となって、生活苦などを理由に、ここ数年は自殺者が3万人以上となっています。
日本は今までのようにみんな同じような収入を得て、「一億総中産階級」という幻想の中での暮らしから、決別しなければいけない状況になりつつあります。その後に現出してくるのは、弱肉強食の世界だろうと思います。
そういう中で、障害がある人や高齢者など、社会的弱い立場の人たちにしわ寄せがくるのではないかと思っています。
同和問題についても、物的面は整備されました。教育の面でも奨学金制度などにより、一般地域との差はあるものの、昔に比べて高等教育を受ける人が増えてきました。しかし、今日のような社会的な状況の中では、手を緩めると、また人を差別する芽が出る可能性があるという状況だろうと思います。
和歌山県の現状
和歌山県でも、同和問題に対して、国の同和対策に関連した法律を活用しながら、1969年から2001年の間に、総額約1兆3100億円の投資が、県と市町村とで合わせて行われてきています。県と市町村が連帯し、いろいろな啓発活動を行ってきました。それらによって、以前に比べ、非常によくなってきています。しかし、今なお考えられないような差別事象が起こっています。
一つはインターネットを利用し、匿名で、同和問題に関して差別的な書きこみが、和歌山県でもありました。そして、結婚差別の問題です。私の公務員時代の研修では、結婚差別を扱うことは多かったと記憶しています。和歌山県でも同様に研修を積み重ねてきたはずなのですが、最近、和歌山県でおきた結婚差別事件は、非常にプリミティブで、20数年間、いろいろな形で啓発や研修をやってきたのは、何だったのかと思われるような差別事象でした。そういう事象を知ると、心理的な差別の問題に対して、真剣な対応をとっていかなければならないと思っています。そうしなければ、せっかく50数年かけて、日本の国は民主主義的な傾向を強めてきたにもかかわらず今の時代背景の中で、すべてがリセットされてしまう可能性があるからです。
地方分権と民主主義
今、地方分権に向けた動きが活発化しております。
先日、アメリカに出張する機会があり、ブッシュ大統領の弟で、フロリダ州知事をしているジェブ・ブッシュ氏と会ってきました。関西国際空港から飛行機でロサンゼルスに着き、飛行機を乗り換えてフロリダへ行きました。飛行機でアメリカ大陸を横断しましたが、アメリカは広い国だ、こういう広い国でこそ地方分権の州制度が成り立つのであって、小さな日本の国に、地方分権は成り立つのかという感じをもちました。
しかし、そうではあるけれど、やはり、日本の国で地方分権を確立していかなければならない、と思い直しました。
なぜなら、日本がイラクへ自衛隊を派遣する法律と関係しています。それは、自衛隊を海外に派遣するのかしないかは別にして、国際的な関係がそこに顕著に現れている時代であるということが象徴される出来事でした。戦後50年、日本の国はある意味でアメリカの傘の下で経済成長をとげてきました。しかし、21世紀になって、その経済成長がうまくいくと言えなくなってきています。そこで、日本は、日本という国として、どうするかを考えていかなければならない時代になってきています。
日本の国民性は、一方へ走りがちな傾向があると思いますが、国としての役割を何とかしなければいけない状況になると、国を優先し、人権はそんなに大事ではないという国家主義的な方向に向かってしまう恐れがあると、危惧しています。
このような恐れがあっても、先に話した厳しい状況の中であっても、1億2,500万人の人間が、楽しく暮らしていくためには、やはり国際的な関係を今まで以上に考えていかなければいけない時代に入ってきていると考えます。
また、外交や防衛など、国は国としての仕事を、もっとしっかりしなければいけません。一方で、戦後50数年間、いろいろな人びとの努力の結果として勝ち得てきた民主主義は、地方分権の中でしか守れないように、私は考えています。
狭い日本の国では、今までのように東京を中心にしてやっていった方が合理的かもしれません。しかし、それでは人権や民主主義を大事にするような社会から遠くなってしまうように思うのです。これまでのように「上や中央が決めたから」とやっていくだけでは、すべて解決していくことはできないのです。地方分権にして、身近なことを身近なところで決めていくことによって、自覚も出てくるし、責任感も人権意識も出てくるだろうと私は思います。
今、「三位一体」の改革と言われ、新聞などで連日報道されるようになりました。これは「国で取っている税金を地方が取れるようにする」「国から地方にきている交付税を減らす」「国から地方にきている補助金を減らす」ことを一体的にやるということで、その改革への対策を、われわれは考えています。しかし、これは現在の四17都道府県、3千を超える自治体では、正直なところ、ある程度は行われても、本当の意味での地方分権になることはありません。
- もっと足腰を強くして、住民の生活に関することを一番身近な自治体で決めていく。
- 都道府県を、十ぐらいの区域にして、今国でやっているような仕事も合わせてやる。
- 県は市町村の仕事には、そんなに口出しはしない。
- 国は、外交や防衛など本来国としてやるべきことを真剣にやっていく。
- 国で、本来地方自治体がやるようなことに携わっている人は地方自治体へ身分を移す。
これらを実現することが私は一番望ましいと思っています。こういう地方分権の取組をしても、人権問題の根本的な解決には時間がかかると思っています。また、自由主義的傾向が強まり、弱肉強食の意識が高まっていくような社会では、人権を守っていくために、根本的な変化が必要であろうと私は思っています。
和歌山県の人権行政のあり方
和歌山県では、「地対財特法」失効後、それにあわせて、これまで民生部でやっていた同和関係の仕事を企画部に移し、人権室としました。いわゆる人権全体の中で、同和問題を位置付けていくようにしました。2003年度の組織改革では、新たに人権局を設置しました。人権局の中に二課組織を置き、人権問題を和歌山県の行政の柱としてとらえていく姿勢をはっきりしました。
もう一つ、21世紀の同和問題は別の意味で大変な危機に直面する可能性があるという観点から、今までのような考え方、やり方に加え、広く人権問題にかかわるNPOの人たちの参画を得てやっていこうとしています。県主導というより、NPOや県民主導でやっていこうとしています。それで2002年から人権啓発センターがスタートし、2003年9月からそれが財団法人になります。そこで、行政とNPOが協働で、人権問題に対応していくようにしました。
2002年4月には、人権条例を施行し、これに基づいて行政を行っています。人権問題の大きな柱には、同和問題、ハンセン病の問題、障害者問題、男女の機会均等、精神病院に入院している患者の人権などに大きく力を入れています。「精神病院に入院している患者の人権」についての事件も起こっています。2002年7月
には、和歌山県内の精神病院に入院している人が、傷害致死で亡くなる事件がありました。和歌山県内には13の精神病院がありますが、すべての病院に弁護士なども入れた人権擁護委員会をつくり、巡回をして、入院している人たちの人権を守るようにしています。全ての病院に、人権擁護委員会を置いたのは和歌山県が初めてです。
ハンセン病患者の方々への対応は、和歌山県は先進県ですが、人権が侵害されていたのは間違いのない事実です。私も国立ハンセン病療養所2か所に行き、慰霊塔にお参りをし、毎年みなさんが里帰りできるよう県内でも啓発を行っています。また、障害者制度を介護保険の中に入れるかどうか議論されております。障害がある人も、今までのように、施設中心の生活で社会に参画しなくてもいいという考え方は、考え直さなくてはいけません。では、どうやっていくのかが、大きな問題としてあります。
人権を同和問題から広げていくと、非常に大きな問題がいくつもあります。このすべてについて、21世紀の社会の中では、大きな変革期であると私は思っています。
大きな問題としての教育
教育の問題は、非常に大きな問題だと思います。教育の問題を大きくみてみると、日本はこのままでいくと、自由主義と弱肉強食にあわせて、新たな階級社会になっていくのではないかという危惧も持っています。
というのは、文部科学省は「ゆとり教育、ゆとり教育」と言っていますが、これによって東京などでは、中高一貫の私立学校へ行かなければ後の進学は諦めなければならない状況になりつつあります。日本は今まで結果として平等が確保されていましたが、ここにきて機会の平等も確保されなくなってきているように思います。10数年後には、東大生が100人いれば、5人ぐらいは、裕福でない家の子どももいるかもしれません。しかし、95パーセントは、裕福な子どもである状況になると言われています。それは、中高一貫の進学校への入学が人の人生を大きく左右するような考え方があると思いますし、悲しいことに相変わらず学歴に価値観を見出す社会性は残っていると思います。何か新しい力を入れることなくエリートを再生産していく中から、そうでない人や弱者を差別する気持ちが生まれてくる社会になる危険性もあるのではないかと思っています。
「緑の雇用事業」を通して
私は「緑の雇用事業」というのを提唱しています。この事業で、2003年に約200人が和歌山へ来ます。この事業をはじめてから、トータル約300人の人が都会から和歌山県へ来て、山の仕事に従事しています。
リストラをされてハローワークで就職口を探すことは大事なことですが、何か別のかたちでセーフティネットが出来ないものか、というのが一つの発想でした。和歌山県は山がたくさんある県です。しかし最近、山が荒れてきています。山仕事をする人も平均年齢が六十歳を過ぎているような状態で、これは大変だろうと思っていました。そういうふうに考えていたとき、京都議定書が出ました。これを見ると、森林がCO2を吸収することが国と国との間で売り買いができるような時代になってきたことが、わかりました。私は「これだ!」と思ったのです。和歌山県でも実現できると、先ほどの「都市でのセーフティネット」と「CO2の吸収」を結びつけて施策にしたのが、「緑の雇用事業」です。
はじめに、和歌山県でリストラされた人を和歌山県の山で吸収するなら、全国的な施策になりません。やはり、都市でリストラになったり、スローライフを求めて山へ行きたいと思う都市の人を地方の山間地域で吸収することで新しい人口の流出が起こって、セーフティネットになるということを考えたのです。そして、弱肉強食の時代になってくることを緩和することを行政に携わる者として真剣に考えました。その中で、一番心配し、考えていかなければならないのは、子ども連れで来た人の、子どもの教育の機会均等です。都会にいた子どもが、教育の機会を奪われるようではいけないと考えました。今はやりのITを活用して、地方にいても、レベルの高い教育の機会均等を得られるように考えていきたいと思っています。
最後に
「21世紀は人権の世紀」と言われております。しかし実は、そんな状況には国際的にもまだ到達していないし、日本を構造的にみても、ほうっておけば、人権の世紀にふさわしい国にはならないのです。むしろ、私たちが様々な形で取組を進め、どこかで歯止めをかけておかなければ、また昔のような形での差別意識とか、いろいろなものが復活してくるような恐れすらあるのではないかと考えています。
戦後、50数年、みんなが頑張って日本を民主主義的な国にしてきたのだから、これをなんとか素晴らしい形で維持していくことが大事だろうという気持ちをもっています。そういうことを考えつつ、私は和歌山県の人権行政に携わっています。