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2007.01.17

世界人権宣言58周年記念集会が開催されました。
2006年12月6日(水)

日本における人権法制度の確立を求めて

世界人権宣言が国連で採択されて今年で58年目を迎えました。世界人権宣言大阪連絡会議は、12月6日大阪国際交流センターにて、「日本における人権法制度の確立を求めて」というテーマで記念集会を開きました。(文責 事務局)

提言    山崎 公士(新潟大学法科大学院教授・人権市民会議企画運営委員会委員長)

各方面からの期待と決意       赤井隆史(部落解放同盟大阪府連合会書記長代行)
金 光敏(特定非営利法人コリアNGOセンター事務局長)
伊田久美子(大阪府立大学人間社会学部教授)
姜 博久(障害者自立生活センター・スクラム代表)
山田 實(NPO釜ヶ崎支援機構理事長)
寺下 誠(大阪府政策企画部人権室 人権推進担当課長)
阿久澤麻理子(兵庫県立大学環境人間学部助教授)
コーディネーター:友永健三(世界人権宣言大阪連絡会議事務局長)


◇◆提言◆◇

日本における人権法制度の確立を求めて
人権市民会議の提言

山崎公士

1.人権市民会議 −設立の趣旨・目的

山崎公士21世紀は、人権の世紀であると語られていますが、日本や世界の人権状況は、はたして改善されたでしょうか。残念ながら、現状はそのようなものではありません。そのような認識にたって、私たち人権市民会議は、日本社会で人権課題を抱える当事者団体と、個人が連帯して、法制度に人権の視点からメスを入れなければ日本の社会は変わらないと考えて集まりました。私たち人権市民会議が重視した点はいくつかありますが、その第一は、人権侵害や差別の

実情を踏まえて、当事者の視点を大事にするというものです。また、人権と平和の密接不可分性や、アジア・太平洋の人々との協調を重視し、多民族・多文化の共生社会と人権文化を定着させていきたいという思いを持って、提言を取りまとめたところです。

2.人権市民会議の活動概要

 2006年3月30日の結成総会では、市民会議に参画した人々が思いを語り合うシンポジウムを行いました。また、7月や9月にも、同様のシンポジウムを開催いたしました。9月のシンポジウムでは、中間的な提言を公表し、会場や、メール・ファックスを通じて多くの方々から意見を頂きました。これらの意見の重要な部分は、今回の提言に盛り込んでいます。

3.「日本における人権の法制度に関する提言」の策定方針

この提言の策定にあたっては、長年培われた成果を持ちより、緊急かつ実現可能な提言を提示することを重視しました。また、政府や自治体とは一定の緊張感を保ちつつ、協力できることは協力するというスタンスを持ち、その上で実現可能な提言を目指すこととしました。

4.提言の内容

 提言の枠組みは、現状認識、基本的視点、基本的枠組み、そして「私たちの提言」の4つの部分から成っています。

 現状認識としては、多くの人権侵害や差別が存在し、中には社会問題として認められてすらいないものがあるということです。そして、一定の施策は行われましたが、解決していない人権課題も山積しています。また、現状では、人権侵害や差別をなくす取り組みが社会全体で共有されていないという段階です。逆に近年、新自由主義や排外主義、反テロ活動を名目とした人権を損なうような法制度が新たに制定されており、大変危機感を持っています。また、それぞれのマイノリティは、分断され、周縁化されているという認識を持っています。そこで、それぞれのマイノリティが連帯し、法制度の変革を迫る必要があるという認識に立っています。

 基本的視点としては、マイノリティの視点、下からの視点に徹底して立っています。それぞれのマイノリティが、意思決定の場にきちんと参画すべきだという点を重視しています。そして基本的枠組みとして、現行の法体系の問題点を指摘し、それぞれの人権侵害や差別に共通する課題を発見し、解決していくことを重視しました。また、人権侵害や差別の被害者の原状回復と補償、自立の支援、人権侵害の再発予防、人権侵害予防手段としての教育とカウンセリング等を総合的に行う等、実効性のある人権救済制度の確立に向けた提言を目指しました。

 具体的な提言として、人権救済に関する当面の課題と、人権の法制度に関する基本的課題とに分けてとりまとめました。当面の課題としては、国内人権機関を設置し、人権相談が気軽に受けられ、差別を受けた人が納得いくような救済機能を持たせることを提言しています。同様に各自治体でも総合的な人権相談・救済システムを構築するよう求めています。さらに、国際法上の個人通報制度も利用できるようにすべきとしています。

 基本的課題としては、まず、差別の要因ともなっている法制度、とりわけ戸籍制度と入管制度を、人権の視点から抜本的に見直すことを求めています。さらに人権基本法と当事者別の差別禁止法の制定、そして行政上の総合的人権施策の実施、当事者がエンパワーされるような計画的な人権教育・啓発の推進、そして国際人権システムへの積極的な活用、さらには東アジアとの連帯を求めています。

5.残された課題

 現在、当事者団体や人権課題を抱えている人々との連帯はまだ不十分です。これをどう進めていくかは大きな課題です。また、提言の内容をよりわかりやすくしていくことも課題です。その上で、この提言を国会や内閣に持ちこみ、説明し、理解を求める活動を続けていきたいと考えています。

◆◇各方面からの期待と決意◇◆

部落差別の現状をどう捉えるか
−電子版「部落地名総監」事件から分析する

赤井 隆史

 日本政府は人権侵害・差別についてどのように考えているのかは、2005年7月の参議院法務委員会での法相答弁から読み取ることができます。要するに被害者が特定されているか、特定されていなくとも当該集団に属する人々を特定できる場合は、人権侵害・差別であり、特定の個人が被害を受けなければ人権侵害としては扱わないということなのです。

 ということは個人が特定されないと人権侵害に当たらないので、「部落地名総鑑」を購入しただけでは部落差別にはならず、「部落地名総鑑」で照合して本籍が部落だから採用しないという事件が起きてから差別であると認定して救済するという考え方になります。また「同和は怖い」などの差別落書きがあっても、誰が同和の人かは特定されないから、人権侵害とは認定しないという解釈になるのです。つまり、個人が救済を求めない限り取り扱わないし、救済といっても法的に手続きが整っていない薄っぺらなものであるため、ほとんどの場合が泣き寝入り状態となります。これが現状です。

 これまで興信所が「部落地名総鑑」を使って身元調査をする場合、依頼者も興信所も部落差別に基づく調査は反社会的だとわかった上でひっそりと行っていました。ところがもともと印刷物であった「部落地名総鑑」が最近では電子化され、2ちゃんねるで数百の地名が流される事件が起こっています。

 つまり「部落地名総鑑」がインターネット上でオープンになり、誰もが容易に知ることができる、誰もが愉快犯的に差別する側になり得る状況にあるのです。最近行政書士が職務上、住民票や戸籍謄抄本を取り寄せて、横流しする事件も起きています。これを電子化された部落地名総鑑と照合すれば簡単に検索することができるでしょう。さらに、これに多重債務者情報や前科情報等の個人情報が加われば、かつては不可能だった個人まで識別できる「人権侵害辞典システム」も可能になってしまいます。このように科学技術の進歩によって、従来の部落地名総鑑とは質的に異なる事件が起こりつつあることをご理解いただきたいです。

在日外国人の人権法制を整備し、真の共生社会を!

金 光敏(キムクァンミン)

 現在、外国人登録数は200万人を超え、短期滞在者やオーバーステイの人々も含めればさらにその数は増えます。こうした状況に政府は総合的な外国人政策を現在まとめようとしています。しかし、地方自治体の対応がより進んでおり、政府施策の遅れは否めません。

 地元大阪市では、民族学級の取り組みを制度化し、民族的アイデンティティを育む教育に日本で初めて人的措置を含む予算化を実現しました。大阪府においても、行政指針を整備し、外国人住民に対する施策を推進しています。

 また、ブラジル人を中心に外国人住民が多数居住する都市でつくられる「外国人集住都市会議」が毎年開催され、政府施策の遅れを指摘し、外国人住民施策の総合的な政策提言を政府に提出しています。提言の中には、外国人の子どもたちの教育環境整備や母語母文化保障等についても議論されており、これらの意見を踏まえ文部科学省は、学習指導要領で外国人教育に触れることを検討しているそうです。

 一方、不就学の外国人児童生徒の割合は全国で2〜3割に上るとされます。不就学の子どもたちの就労事例もあります。最貧国の問題と認識されてきた就学児童生徒らの労働問題は、日本国内にも存在しているのです。家計を支えるために働く子どもたちの様子は、かつての在日コリアン一世、二世の姿です。家計の苦しさに加え、外国人の子どもたちの孤独感や喪失感も深刻であり、彼らの心身的成長を保障するためにも、現在の学校教育制度は無策過ぎます。

 大阪における民族学級実践は、コリアンの子どもたちの人権保障に効果を挙げています。学校に居場所をつくり、そしてその活動から保護者間のネットワークを広げていく。学校教育における共生施策をはじめ外国人住民施策の整備はもはや待ったなしです。外国人人権法制を急ぐべきです。

女性と人権

伊田久美子

 女性の人権という概念がきちんと議論されるようになったのは1990年代になってからで、1970年代以降の国連をはじめとするさまざまな取り組みから生まれた新しい概念です。たとえば暴力について、具体的には1993年に女性に対する暴力の撤廃に関する宣言が国連総会で決議され、その後ウィーン世界人権会議や北京女性会議でも女性に対する暴力撤廃についての措置が勧告されています。

 一方日本国内における女性の人権状況を考えると、国際的な動きの外圧があったからこそ国内でも進んだという印象を持たざるをえません。国籍法の改正や雇用機会均等法の制定、94年の家庭科男女共修化などが、女性差別撤廃条約批准にそった国内法整備として要求され、実現されてきました。その他、90年代に入って、DV防止法をはじめとする法律が種々制定・改正されてきています。

 またこの間、いくつもの新しい概念が国際的・国内的にも提案されてきました。たとえばドメスティック・バイオレンス、リプロダクティブ・ヘルス・ライツ、セクシュアル・ハラスメントなどが1990年代になって出てきた概念です。逆の見方をすれば、それまでこれらの問題を社会的に解決しようとする認識が希薄であったことの表われでもあります。そういう意味で女性の人権とは新しい問題といわざるを得ません。

 次に課題についてですが、たとえば、DV防止法改正によって暴力の防止に対する実効性は高まったといえます。しかし配偶関係にない場合は、元配偶者以外には適用されないし、肝心な自立支援も含まれていません。女性が自立して生活できなければこの問題は解決しないのですから、昨今の生活保護の母子加算廃止や非正規雇用の対策が進まない現状では、今後の見通しは暗いといえるでしょう。

 またジェンダーフリーバッシングも厳しく、平等教育や性教育について後ろ向きな議論や憲法「改正」論議が24条の見直しも視野に入れていることを私は憂慮しています。今後はさまざまな立場の方々と連携を深めていきたいと考えています。

障害者の人権が問いかけるもの

姜 博久(カンパック)

 私は現在大正区で地域の障害者の方々の支援活動をしていますが、昨年センターのプログラムに参加した仲間とリバティおおさかに行った際に、「自分のことが人権問題の1つになるのだということを初めて知った」という感想を聞きました。この言葉に象徴されるように、障害者が自分自身のしんどさを差別や人権侵害であると意識できていないという現実があります。

 しかし一方では、世界的に当事者運動が盛り上がり、来週にも国連総会で障害者権利条約が採択されることに感慨深いものを感じています。振り返れば1981年の国際障害者年とその2年後の「障害者の10年」の取り組みから始まり、最終年には共通の国際ルールである基準規則が作られました。この規則は各国の政策を拘束するには弱かったのですが、その際の宿題とされたのが条約でした。

 その後「アジア・太平洋障害者の10年」が始まり、最終年の2002年に開かれた琵琶湖会議の政府間会合で、引き続き障害者の権利確立の取り組みを進めることが合意されました。さらにDPIの世界会議が札幌で開かれ、障害者権利条約の実現をめざす宣言を採択し、その後国連アドホック委員会開催を経て条約が採択されることになりました。

 しかし条約はできても国内でどのように反映されるかが問題です。多くの法規定がこれによって変わることを願うと同時に、すでに千葉県で制定された条例や、2年前に改正された障害者基本法等も今後の取り組みに活かしていきたいと思います。

 障害者の権利保障については重要な点が2つあります。1つは合理的配慮という形で求めてきた権利保障がどこまで障害者に対応し、どこまでを合理的配慮とするかの提起。もう1つは生まれる時点から生まれないことを願われてしまう、障害のない人がその命を決定してしまうという人権上の課題。これらを人権法制度にどれだけ盛り込めるかは難しいですが、この点は必ず提起していきたいと考えています。

野宿生活者と人権

山田 實

 1990年代のバブル崩壊以後、野宿生活者問題が失業問題と合わせて大きな社会問題となりました。そこで政府は特別措置法を制定したのですが、そこでは「野宿生活者を差別してはいけない」ということぐらいは言われているのではないか、というのが私の実感です。

 政府が行った2003年の実態調査の結果、大半の人がリストラや倒産を背景に、病気や多重債務など、さまざまな要因が重なって野宿生活に至っていることが分かりました。その大半が男性で、平均年齢は55.9才。現在も働いている、あるいはアルミ缶集め等で65%が何らかの収入を得ており、49.7%が正規の就職を希望しています。つまり半数以上が何らかの仕事をして、元の生活を取り戻したいと感じており、その点からこの問題が社会的・経済的要因によって生み出されてきたということが明らかになったのです。

 しかし政府は他に特別な事業法は設けないという立場をとりました。つまり既存の制度が生み出した結果を既存の事業でなんとかするというのです。それでは通用しないと緊急就労対策や特別な生活保護を要請しましたが、政府は一時的な施設収容と個人の自己責任によるハローワークを通じた施策という方向になったのです。しかし案の定その効果は見られず、結局野宿生活者は選択する余地が狭いために動けず、多くがこのまま路上で頑張るしかないと考えてしまっています。

 その結果、多くの人が命を縮めています。これは露骨ないじめ問題です。誰も責任を問われない酷いいじめだと思います。日本には野宿生活を犯罪視する社会環境や意識が歴史的に続いてきました。それが今日の状況を許し、さらに悪化させているのではないでしょうか。したがって今後は、法制度を整備して野宿しなくてもよいような仕組みを作ると同時に、社会への啓発を進めていかなければ、ホームレスだけでなくすべての人の人権確立は難しいでしょう。それを推進する強力な人権法の制定が不可欠であると考えます。

大阪府における人権相談事業の取組みと今後の課題
〜人権救済と人権侵害の防止を目指して

寺下 誠

 大阪府は今後、人権救済と人権侵害の防止を目指すという目的で人権相談事業の取り組みを推進していきたいと考えています。

 大阪府では1998年に「大阪府人権尊重の社会づくり条例」を制定し、これに基づいて2001年3月には「大阪府人権施策推進基本方針」を策定しました。そしてその中で府民の主体的な判断・自己実現の支援、人権にかかわる総合的な相談窓口の整備、人権救済・保護システムの充実の3つを柱に掲げ、人権相談体制の整備を施策の重要課題に位置づけて取り組んできています。

 具体的には、市町村への人権相談窓口の設置、大阪府人権協会における法律相談も含めた人権相談事業の実施、各種相談機関のネットワーク化、市町村窓口で相談員となる人の養成等が主な内容です。

 人権相談の役割とは適切な助言等を通じて、人権問題の自主的解決を促し、人権問題の発生・拡大を防止することであって、それ自体が一定有効な人権救済だと認識しています。以前は、人権救済は法務局が行なうものと思われていましたが、事実確認、助言、紹介、斡旋、援助、説示・啓発・指導、調整等の緩やかな人権救済手段であれば、地方公共団体でも法的な裏付けなしに行うことは可能であると考えます。したがって、これを充実させることが人権の救済、侵害防止につながるものと考えています。

 しかし、相談件数から見ても取り組みは不十分であり、今後、さらに宣伝・啓発を行なう必要があります。また、いじめや虐待の人権侵害事例が多発しており、それへの対応は地方公共団体の緊急課題です。そこで、大阪府では人権相談システムを充実し、早い段階で情報をキャッチして関係機関と連携して人権侵害の防止に努めていきたいと考えています。具体的に検討しているのは、高度なコーディネーター機能を担える新たな相談人材の養成ですが、それらを検討する専門家会議を設置して議論の集約ができたので、今後はそれを早急に実現するように努力し、総合的な人権相談・救済システムの確立を目指していきたいです。

国際法と市民社会
〜国内人権機関が人権教育において果たす役割

阿久澤麻理子

私は「人権教育のための国連10年」を経て、多くの国がなぜ、学校で人権教育に取り組み始めたのかと常々疑問に思っていました。「世界プログラム」の第一段階も、学校に焦点をあてているのはなぜでしょうか。

 教育といえば一般的に、まず初等・中等教育段階の学校教育が想起されますが、そこで人権教育が実施されれば、それは、その社会でもっとも多くの人びとに対して行われ、将来を担う若者を対象とするので、その影響力は大きくなります。だから人権教育を始める際、学校に焦点を当てるのです。しかし、学校における人権教育は「リスク」も大きいということを忘れてはなりません。

 まず、アジア太平洋地域のほとんどの国の学校教育は、中央集権(またはそれに限りなく近い)によって行われています。学校教育はその国の国民を育成するための、いわば国家事業でもあるので、学校における人権教育は、学習者が国家(や行政)を批判的に見るようになることを歓迎しません。

 そこで学校の人権教育は、市民がどんな権利を持つのか、それらの権利を実現する一義的責任は誰にあるのか、市民は権利の実現を誰に向かって求めるべきなのか、といったことを教えることを回避する傾向が強くなります。人権教育といいながら、価値教育・道徳教育や表面的な憲法教育に読み替えられます。また、法や社会制度を築くよりも、人々の規範意識を醸成することで問題を解決しようとします。

 道徳教育が不必要だとは言うつもりはありませんが、道徳や規範意識が、法・制度の確立につながるためには、どのような人権教育が必要なのかを私たちは考えなくてはなりません。人権教育が、単に個人の心がけを教えることにとどまっているならば、日本では人権問題の制度的解決も、ましてや国内人権機関の設置は実現しないでしょう。

 各国の国内人権機関は人権救済だけでなく、人権教育においても重要な役割を果たしています。国内人権機関は法に根拠をもつ公的機関ですが、政府からは独立した地位を持つので、政府の人権施策とその実施状況をモニターしたり、政府に必要な提言を行うこともできます。そこで、人権教育についても、国家が勝手に人権教育を道徳教育に読み替えるようなことがないようにモニターすることができます。現在の日本の人権教育の状況をみると、日本でもこうしたシステムが必要ではないでしょうか。

◆◇コメント◇◆

山崎公士

 最後にまとめとして次の6点を提起したいと思います。

 第1に法が人権問題解決にオールマイティではありませんが、極端なものをなくすにはやはり法が必要であるので市民サイドから要望することが必要です。

 第2に政策提言で国内人権機関設置を提言していますが、これもオールマイティではないので、これがきちんと活動するかどうかモニターしなければなりません。

 第3は憲法の抽象的な平等原則をより具体化することと、人間として最低限のラインを示す社会のセーフティーネットとして人権基本法が必要であるということです。

 第4は新しい法制度を作り運用していく際に、間接差別や合理的配慮等について市民サイドで議論して提起する必要があります。

 第5には人権相談、救済、支援、教育、啓発、提言の相互関係がやはり大事であって、人権侵害をした者に対して啓発することが救済にもなっていること、そして第6が人権に取り組む様々な国々に人権市民会議の提言を送付しており、アジア・太平洋の人達とも連帯しているということです。

この後、集会は、日本における人権法制度の確立をめざして、政府、自治体、マイノリティ当事者、市民社会に対するアピール文を採択して終了しました。採択されたアピールは当連絡会事務局より150箇所に及ぶ関係機関・組織に送付しました。