〈非行〉【ひこう】

 〈非行〉は,成人の犯罪に対し,主として少年の反社会的行為を指す用語として,アメリカで使われるようになった。日本では,戦後,不良【ふりょう】という用語にかわって,少年法【しょうねんほう】1条に用いられ,一般化した。〈非行〉は,経済の不況や家庭の崩壊,拝金主義などの社会の病理現象が青少年に反映して発現したもので,現在,成人犯罪の逓減傾向とは対照的に,量的には増加傾向にあり,深刻な社会問題となっている。

 〈非行〉のとらえ方について,少年法は,その1条で,少年の健全育成のために保護主義【ほごしゅぎ】の原則に立つことを規定し,成人とは異なった教育的処遇を講じるとしている。だが少年法は,〈非行〉の原因が社会的諸矛盾に深く根ざしていることには目を向けず,個人の不適応の問題に矮小化している。とくに,虞犯少年【ぐはんしょうねん】という規定は,性格や環境に照らして,将来罪を犯すおそれのあるものとの予断を前提にしており,人権侵害のおそれすらある。たとえば,学校とかかわった〈非行〉も,そこに体罰や管理主義,受験を至上とする競争主義・選別主義の教育を免罪にして,克服することはできないからである。

 このような人間疎外の状況に順応しないで異議申し立てを行なったのが,社会的底辺を生きる部落出身の子どもたちであった。その顕著な例が,1961年(昭和36)に起きた*八尾中学校問題【やおちゅうがっこうもんだい】であった。八尾中のいわゆる〈*教育革命【きょういくかくめい】〉で提起されたことは,〈非行〉に対して〈親が教育に無関心である〉〈家庭環境が劣悪である〉との一言で片付け,形式的な生徒指導,管理主義的な対策しかできなかった学校と教師への告発であった。それは,〈非行〉を、その行為のうわべだけを現象的にとりだすのではなくて,その根底にある人間疎外の状況をみつめてほしいという要求であった。たとえば劣悪な生活環境、授業がわからないことや教師の差別的待遇への不満、将来の生活・進路への不安、子ども集団における差別とエゴイズムの体質に目を向けてほしいという願いであった。こうした問題提起は,当時〈非行は学校の宝〉と表現され,差別の厳しい現実に目を注がせた点で,大きな意義があった。しかし,苦悩する子どもに積極的に生きる展望を指し示さない限り,真の解決は望めず,苦境に負けている姿を安易に容認する傾向ももたらした。

→*校内暴力

参考文献

  • 大村英昭『非行の社会学 新版』(世界思想社,1989)
(桂 正孝)

トップ   差分 リロード   一覧 単語検索 最終更新   ヘルプ   最終更新のRSS
Last-modified: 2015-12-03 (木) 21:09:29 (1294d)