『マヌ法典』【まぬほうてん】

 古代インドの法典。サンスクリット語でManu-Smrti。12章2685詩句より成る。人類の始祖マヌの作と伝えられてきたが,実際の成立は紀元前200〜紀元200年である。バラモン至上主義【ばらもんしじょうしゅぎ】に立ち,彼らの理想とする4種姓【ヴアルナ】(司祭者バラモン,王侯・武士クシャトリア,庶民ヴァイシャ,隷属民シュードラ)と4住期(学生期,家住期,林住期,遊行期)の制度を維持する目的で編まれたもの。古代よりヒンドゥー教徒の間で,もっとも権威ある生活指導書とされてきた。

 この法典の特色の一つは,シュードラと不可触民【ふかしょくみん】に対する徹底的な差別にある。まず第4の種姓であるシュードラは,儀礼的に不浄な存在とみなされ,上位の3種姓が構成するアーリア人の社会とその宗教(バラモン教)から排除された。またチャンダーラに代表される不可触民は,シュードラ以下の不浄な存在とされ,村や町の外に住み夜間には村内や市内を歩かぬこと,犬と驢馬を財産とし,死者が着ていた衣服を身につけ,壊れた食器や鉄の装身具を用いるべきこと,王の定めた標識を身につけ,死体運搬や刑吏の仕事に従事すべきことなどを命じられた。シュードラや不可触民と接触した上位種姓の者が行なうべき複雑な浄化儀礼も用意された。

 しかし,一方で法典編者は,いくつかの例外規定を追加して現実との妥協をはかっている。たとえば,特定のシュードラの料理したものは食べてもよいとする規定,チャンダーラが殺した動物の肉を清浄とする規定,飢餓時にはチャンダーラの手から不浄動物の肉を受けて食べても穢れることはないとする規定などである。さらにこの法典には,女性差別の規定も多い。女性は儀礼的にシュードラに等しい存在とされる。また女性は独立人格を認められず,初潮以前の10歳前後に結婚すべきことや,〈幼時には父,結婚後には夫,夫の死後には息子〉に服従すべきことが命じられている。不可触民解放運動の指導者*アンベードカルは,1927年に,この法典をカースト的差別の元凶として大衆の面前で焼き捨てている。

*賤民

参考文献

  • 『マヌの法典』(田辺繁子訳,岩波文庫、1953)
  • 『マヌ法典』(渡瀬信之訳,中公文庫,1991)
(山崎元一)

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Last-modified: 2015-12-03 (木) 21:09:29 (1469d)