キング Martin Luther King, Jr.

 1929.1.15〜1968.4.4 アメリカの黒人バプテスト教会牧師で、人種差別撤廃の公民権運動【こうみんけんうんどう】の指導者。1964年にノーベル平和賞を受賞。86年からは、彼の誕生日を記念して1月の第3月曜日が米国の〈マーティン・ルーサー・キング記念国民祝日〉に指定されている。ジョージア州アトランタのエベネザー・バプテスト教会牧師の家庭に生まれ、地元の黒人大学モアハウス・カレッジを卒業後、ペンシルバニア州チェスターのクローザー神学校、次いでボストン大学大学院で学んだ後、アラバマ州モンゴメリー市のデクスター・アベニュー・バプテスト教会の第20代牧師に就任。1年後の55年12月1日に黒人女性ローザ・パークス夫人が、バスの運転手から、白人男性のために座席を立つように言われたことを拒否したために逮捕された事件をきっかけに起こったバス・ボイコット運動の組織体〈モンゴメリー改良協会〉の会長を引き受けて以来12年4カ月におよぶ公民権運動の指導者(南部キリスト教指導者会議議長)となり、〈1964年公民権法〉と〈1965年投票権法〉の成立に寄与した。それまでは米国南部の法的人種隔離撤廃が彼の闘いの主目標であったが、それ以後は彼は北部都市の実質的人種差別の構造に挑戦していった。時あたかもベトナム戦争の激化に伴い、その闘いは必然的にベトナム反戦運動へと深化・徹底していき、さらには人権の枠を越え出た〈貧者の行進Poor People's Campaign〉を企画して、人種主義と貧困と軍国主義の〈三つ組の巨悪〉に絡めとられたアメリカ社会の構造悪に挑戦しようとしている途上で、68年4月4日、テネシー州メンフィスで凶弾に倒れた。

 キングの思想を代表する演説としてしばしば引用される63年8月28日のワシントン大行進における演説「私は夢を持つI Have A Dream」における〈夢〉は、単なる理想主義から生まれた夢ではなく、現実の悪夢にもかかわらずなお持ち続けた彼の統合への夢(希望)であり、それを支えたものは奴隷制以来の黒人キリスト教信仰であった。また彼の非暴力主義【ひぼうりょくしゅぎ】も単なる戦術ではなく、共生の世界をめざす人類に残された唯一の選択肢としての〈生きる道〉であった。

参考文献

  • M.L.キング『黒人はなぜ待てないか』(中島和子・古川博巳訳,みすず書房、1993)
  • 同『黒人の進む道』(猿谷要訳,サイマル出版、1968)
  • 同『良心のトランペット』(中島和子訳,みすず書房、1993)
(梶原 寿)

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Last-modified: 2015-12-03 (木) 21:09:30 (1358d)