スケープゴート【scapegoat】

 自分あるいは自分の所属する集団の苦しみや罪を,不当に他の人間や集団などのせいにして,これを悪者視し,攻撃しようとすること。悪玉化【あくだまか】ともいわれる。悪玉は、江戸時代に草双紙で人の顔に〈悪〉の字を書いて悪人を表したことに由来する。スケープゴートは,もともと聖書の中のことばで,他人の罪を負う身代わりという意味であった。これは,古代ユダヤで贖罪の日に祭司長が人々の罪を白いヤギに負わせて荒野に放したということからきている。

 社会にさまざまな不満が充満し,その原因がはっきりとわからない場合,わかってもどうしようもない場合など,その不満のはけ口を直接対象に向けないで,差別・偏見の対象である弱小集団に向けてフラストレーションの解消をはかろうとする傾向はしばしば認められる。たとえば,関東大震災直後に日本人が在日朝鮮人に対して加えた残虐行為も,ナチス・ドイツの時代におけるユダヤ系の人たちに対する迫害も,スケープゴートという観点からみることもできる。

 部落差別の歴史においても,多くのスケープゴートの例がみられる。江戸時代でも,一般の農民の不満を転化するためにしばしば部落民が敵意の対象に仕立てあげられ,過酷な弾圧の対象とされたわけである。冤罪【えんざい】事件などで〈犯人〉に仕立てあげられた被害者もスケープゴートといえよう。世間の関心を集めた凶悪事件などで,犯人が逮捕されないでいる場合などに,しばしば部落の人々や障害者,定職をもたない者など,社会的に差別されている人間が〈犯人〉としてデッチ上げられる。これなども,世人の不満や非難を吸収するための役割を弱者が負わされている例である。このような場合,彼が本当に真犯人であるかどうかに関心が払われることは少なく,疑問が感じられる場合でも,被差別者であるがゆえに心を動かされない傾向もみられる。しかしながら,スケープゴート化は民衆の自然発生的な心情や行動から生じるとは限らない。政治権力や商業主義などによって民衆が操作され扇動される危険性はつねに存在している。

 また,スケープゴートという考え方でのみ差別を説明できると考えることは誤りといえよう。というのは,表面的には他人に対する思いやりや保護のようなかたちで表れているものも,その本質が差別であることも多いからである。つまり,差別はつねに攻撃のかたちで表れるとは限らない。さらに,目標達成が阻止され,不愉快で緊張状態にある情動、すなわちフラストレーションを解消するために,弱者に対する攻撃行動が生じるというスケープゴートの考え方で説明できない場合も多い。なぜなら,フラストレーションの状態にない人々も弱者を攻撃し,差別するからである。バンデュラは,攻撃行動は観察学習によっても獲得されることに注目し,これを〈モデリングによる攻撃反応の獲得【もでりんぐによるこうげきはんのうのかくとく】〉としているが,少数集団や弱者を差別し攻撃することが許容される社会においては,このような学習は容易になされてしまうと考えられる。

*偏見

参考文献

  • A.バンデュラ編『モデリングの心理学――観察学習の理論と方法』(原野広太郎・福島脩美訳、金子書房、1975)
(山下恒男)

トップ   差分 リロード   一覧 単語検索 最終更新   ヘルプ   最終更新のRSS
Last-modified: 2015-12-03 (木) 21:09:31 (1469d)