スラム【slum】

[アジア]

 広義には,物的環境の劣悪な,主として低所得層からなる居住地の総称。日本でいう<*不良住宅地区>が,これにあたる。ただし<南>の,とくにアジアの都市スラムのイメージは,日本における戦前の呼称である<貧民窟>が喚起するものとはかなり異なる。むしろ下町の高密度居住地に近い。そうしたイメージからすると,アジアのスラムとは<公的・近代的な計画の枠外で庶民が形づくってきた自生的な都市居住地>という裾野の広い範疇に根ざすものといえる。観察する側が立脚する<近代>的居住観の特殊性を自覚することなしに,対象としてのスラムを定義することは難しいのである。

 この観点からするとスラムは<インフォーマル居住地〉として特徴づけられる。これは,近代法上認められぬまま公有地や他人の私有地を無断占有していたり,宅地・建物が都市計画・開発法制・建築基準等に照らして違法ないし無認可であったり,あるいは規制法令がなくとも一定の<近代的>規範に対して住まい方(密度,設備,立地,建築材料など)が<異常>とされるような宅地や建物からなる居住地をいう。カラチのカッチアバディ,コロンボのシャンティ,カルカッタのバスティ,バンコクの密住地区【チュムチョンエーアド】,スラバヤのカンポン,上海の里弄【リーロン】,ソウルのダルドンネなどは,いずれも高密度居住で低施設水準の<庶民住宅地>である。これらは未改善地区を多く含むから,それぞれの国でスラムそのものを意味する言葉となる場合が多い。だがこれら国を異にする居住地には,住民階層や住宅構造や保有条件などの大きな違いを越えて,なお共通するある種の雰囲気が感じられる。産業化と官僚規制の抑圧をかいくぐって営々と住民自身によって形成され,維持されてきたことがもたらす迫真力である。

 とはいえ多くが生活環境上の困難を抱えていることも共通である。ぬかるむ歩行路,行列して待つ共同水栓,あふれる排水溝,回収されないゴミ,狭い部屋をさらに分割する過密居住,人口に比して過少な共同便所,あるいは洪水や公害を被りやすい立地,そして追い立ての不安。アジアの多くの大都市で,スラム人口の割合は市民の20〜50%と考えられ,農村からの流入とスラム内の次世代の再生産によって毎年3〜8%の割合で増加している。1970年代から各地のスラムで住民組織が形成され、*強制立ち退きへの抵抗や環境改善に取り組む動きがみられるようになった。それを支援する民間開発団体(NGO)とともに,住民の改善意欲を支えるような居住政策を採用する政府もしだいに増えてきている。

 なお狭義でのスラムは,*スクォッター居住区を含まない。つまり適法的権利関係にある不良住宅地を指す。これらの人口比は都市により大きく異なる。たとえばバンコクにおける約100万人の密住地区住民の85%はなにがしかの借地契約をもち,純粋のスクォッターは少数である。コロンボでは市内総人口65万のうち,狭義のスラム人口が27%,スクォッターであるシャンティ(掘立て小屋地区)居住者が23%といわれている。

(穂坂光彦)

[日本]

 スラムは英語であるが,すでに仮名文字の日本語として通用している。一般的には〈*不良住宅地区〉といわれ、近世末から近代にかけて発生した。とくに明治期、松方デフレを契機として急増をみた。明治期には貧民窟【ひんみんくつ】,明治末期から大正期には細民地区【さいみんちく】と呼ばれ、低所得者等の密集地域を意味した。スラムは大都市における日本の貧困問題の噴出した地域である。人間の生活の窮乏化はまずはじめに住居に現れ、次いで衣服・食物に及ぶ。

 スラムは大都市の遷移地帯zone of transitionといわれる地域に生まれる。地域として性格の明らかでない埋立地や河川の敷地,市民の好んで住む所でない土地,地価の安いところであり、土地利用も不完全,管理も不十分で,ある面で隔離・疎外された性格をもつ地区である。また、都市化の進展とともに、都市の中心部にあったスラムは消滅し、都市の縁辺部に新しいスラムが発生する傾向がある。

 スラムは貧困者,低所得者の集団といわれる。収入の不安定性,その日暮らし的性格である。しかし,それゆえに生活の相互依存・相互扶助的性格は強いものがあり,日本社会が失った共同体【きょうどうたい】的あたたかさをなお有していることも多い。共同性は連帯性を生み,連帯的関係のうちに支配・被支配の関係と,さらには経済的搾取関係が容易に形成されてくる。スラムの住民の中には,若い時代に移り住み,一定の生活水準を得て再び移動する世帯や,長年そこに住む両親のもとを離れて移住する人々がある。

 また,大都市へのスタートラインとして移り住んでくる者もいる。それらの結果として,スラムは沈澱的な低所得者層を中心としての性格を基盤として持つことになる。スラムは,大都市の繁華街・中心部や商工業地区,住宅地帯と異なって,これまで行政的疎外を受けてきた。戦前の*不良住宅地区改良法,戦後の*住宅地区改良法は,*スラム・クリアランスの法律として少なからぬ威力を発揮した。しかし,スラムの抱える根本的な*失業・半失業問題には触れず,貧しい人々が寄り合ってつくりあげてきた生活の相互依存性が切断されたにすぎない,という点も指摘されている。

 スラムの類語に〈*ドヤ〉(宿の逆語)がある。かつて日本のスラムといえば,東京の*山谷,大阪の*釜ヶ崎等が挙げられた。しかしこれらは,むしろ〈ドヤ地区〉であり、主として単身労働者の宿があるところである。また,東南アジア等にみられる〈スクォッターsquatter〉(不法占拠者)とも同じものではない。

 また、社会的、経済的要因によって都市活動が停滞し、都市機能、都市活動の荒廃化がみられる地区は荒廃地区【こうはいちく】(ブライテッド・エリア)と呼ばれる。スラムに至る過程にある不良住宅地区を指すこともある。老朽化した長屋地区や木賃アパートの密集地区が荒廃地区と呼ばれることが多い。

 部落民の居住地である*都市部落は、近世末から近代にかけて発生したスラムとは歴史的、社会的に明らかに異なる存在である。しかし、都市部落は不良住宅地区が多く、その形態は重なりあう点が多い。京都や大阪の都市部落の場合、部落に隣接するかたちでスラムや在日韓国・朝鮮人の居住地が立地し、部落内での混住もみられる。また、部落とスラムが部分的に一体化して存在するケースもみられる。

(磯村英一、内田雄造)

参考文献

  • 穂坂光彦『アジアの街 わたしの住まい』(明石書店,1994)
  • 同「アジアの居住運動」(内田勝一・平山洋介編『講座現代居住』5、東京大学出版会,1996)
  • J.アンソレーナ・伊従直子・内田雄造・穂坂光彦編著『居住へのたたかい』(明石書店、1987)
  • J.アンソレーナ・伊従直子『スラムの環境・開発・生活誌』(明石書店、1992)
  • 幡谷則子編著『発展途上国の都市住民組織』(アジア経済研究所、1999)
  • 磯村英一編著『日本のスラム』(誠信書房,1962)
  • 同『スラム』(講談社,1958)
  • 磯村英一他編『釜ケ崎』(ミネルヴァ書房,1961)

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Last-modified: 2015-12-03 (木) 21:09:31 (1417d)