ダリット解放運動【ダリットかいほううんどう】

 ダリットdalitとは、抑圧され、押しつぶされ、踏みにじられた人々を意味し、インドの不可触民【ふかしょくみん】(アンタッチャブル)出身の活動家や知識人たちが、自己規定のために自ら採用した言葉である。指定カースト(SC)とは、1935年イギリス植民地時代のインド統治法以来用いられてきた不可触民カーストを指す行政用語で、そのリストは数次の改正を経て現在に至っており、91年現在、国内総人口の16.48%(ジャム・カシミールを除く)を占めている。かれらSCは、先住民族である指定部族(ST)とともに、留保制度(リザベーション・システム)によって、中央・州議会、高等教育、公的雇用の面で特別措置を受けているが、その指定対象となるのは、ヒンドゥー教徒、シク教徒、仏教徒のみで、厳しい差別から逃れるために、その多くが改宗したといわれるキリスト教徒やイスラム教徒のダリットは排除されている。

 ネ−ル大学社会構造研究所のデータでは、バラモン7%、クシャトリア7%、ヴァイシャ6%、シュードラ55%、ダリット25%であるが、インド政府は正確なカースト調査を2001年に予定している。

 ダリット解放に大きな役割を果たした*アンベードカルらによって、1942年最初の本格的ダリット政党として結成された全インド指定カースト連合は、57年に発展的に解消してインド共和党(RPI)となったが、マハラシュトラ州を中心とするこのダリット政党の歴史は、分裂と内紛の歴史であり、そのなかで71年の総選挙では議席数、得票数ともほぼ壊滅状態となった。これを批判的に継承したのがダリット・パンサーの運動であったが、これも70年代後半には10以上の分派に分裂して、対立を繰り返し衰退していった。一部は91年インド共和党に流れた。98年下院(ロク・サバ)総選挙では、元ダリット・パンサー書記長で州の厚相も経験し、国民会議派との関係が深いラムダス・アタヴァレ(アタヴァレ派)の主導の下で、インド共和党は会議派と連合し前回(96年)のゼロに対して4議席を獲得した。

 もう一つのダリット政党・多数派社会党(大衆社会党とも訳。BSP)は、84年カンシ・ラム(パンジャブ州のダリット)によって創設された。彼は62〜63年インド共和党で活動の後、その内部抗争に嫌気がさしてたもとを分かち、やがて78年全インド後進・少数コミュニティ被雇用者連合【ぜんいんどこうしんしょうすうこみゅにてぃひこようしゃれんごう】(連邦および州政府のSC,ST出身の公務員を主体とする活動資金団体。BAMCEF)を組織した。さらに82年には、大衆に自覚をつくり出すためのアジテーション組織である被抑圧者社会闘争委員会(DS-4)を発足させた。こうした活動を基盤として多数派社会党が結成されたが、その結成の経緯からもこの政党はカンシ・ラムの個人政党の色彩が強く、また彼も自認するように、インドで一番のオポチュニストとして、ウッタル・プラデシュ州での権力獲得、維持のありかたにもみられたように、無原則な連合政策が特徴的である。96年総選挙では11議席を獲得したうえ、〈全国政党〉としても承認されたが、98年選挙では5議席に後退した。

 近年新しい社会的動きとして注目されるのは、92年12月に結成されたダリット連帯プログラム(Dalit Solidarity Programme=DSP)の積極的な活動である。その全国活動委員会のメンバーは、22人のキリスト教徒、13人のヒンドゥー教徒、12人の仏教徒、2人のイスラム教徒、2人のシク教徒という諸宗教を超えた構成をとっている。代表はバグワン・ダス、幹事はジェームズ・マッセィ博士である。ダリット連帯プログラムは、全インドの異なった宗教、異なったジャーティ(カースト)を超えてすべてのダリットを一つの旗の下に統一し、さらにすべての被抑圧者に連帯を広げ、また全世界の被抑圧者との連帯を希求している。その結成目的は、.ぅ鵐匹離瀬螢奪箸髻⊇ゞ気簔楼茲筝生譴筌ーストあるいはサブ・カーストという相違を横断して統一すること(ダリットの統一)、▲瀬螢奪箸了瓦瓩幣態を拡大かつ永続化するような現行の教育システムを変革すること(教育の解放)、インドの先住民(指定部族)と密接な活動を行なうこと(STとの共闘)、ぅ瀬螢奪抜愀犬量簑蠅鮃餾櫺修垢襪海函淵瀬螢奪般簑蠅旅餾櫺宗砲任△辰拭A換餝特呂如▲札潺福次⊇顕顱▲ャンプなどさまざまなプログラムを展開中である。

 DSP指導者と日本の部落解放運動関係者とは相互訪問を通じて交流・連帯を深めている。

 なお、近年、ダリット連帯プログラムは、ダリット連帯諸国民(Dalit Solidarity Peoples)に名称変更して、その国際的連帯をいっそう強化するとともに、DSPの理念、目的の実現をめざし、ダリット政治指導者に対しその統一を働きかけ、それが実らない場合には、5年後(2003年)に独自の政党結成に踏み切ることを決定した。

 さらに注目されるものとして、ダリット国際組織(Dalit International Organization=DIO)がある。DIOは、1997年8月インドのニューデリーで結成された。全世界に散在しているダリットに対する差別を撤廃することを目的とした国際組織で、代表はマレーシアの上院議員のM.G.パンディサン。98年10月、クアラルンプールで〈第1回カースト差別撤廃世界会議〉が開催された。この会合には、部落解放同盟中央本部から組坂繁之委員長などが参加した。

*賤民*アンベードカル

参考文献

  • 『叢書 カースト制度と被差別民』全5巻(明石書店、1994〜95)
  • 堀本武功『インド現代政治史』(刀水書房、1997)
  • 桐村彰郎「インドの政治システムと政党」(『奈良法学会雑誌』9巻3・4号)
  • 桐村彰郎訳「ダリット連帯プログラム報告」(1)〜(4)(同11巻1〜4号)
  • DIO「第1回世界大会報告書」
(桐村彰郎)

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Last-modified: 2015-12-03 (木) 21:09:32 (1411d)