ユネスコ【UNESCO】

 国連教育科学文化機関United Nations Educational,Scientific and Cultural Organizationの略称。1946年に国連の専門機関として創設され,97年現在,加盟国は186カ国。日本のユネスコ加盟は、51年6月21日(日本の国連加盟は1956年12月)、第6回ユネスコ総会において承認された。60番目の加盟国。政府間組織であるから,加盟者は国であり,国を代表する政府が分担金を負担し,政府内にユネスコ国内委員会を置いて,ユネスコと協力して活動を行なっている。最高の意志決定機関である総会と,執行委員会,事務局によって構成され,事務局本部はパリにある。教育,科学,文化,コミュニケーションの分野を通じて国家間の協力を推進し,世界の平和に寄与することを目的とし,<戦争は人の心の中で生まれるものであるから,人の心の中に平和のとりでを築かねばならない。よって平和は,失われないためには,人類の知的および精神的連帯のうえに築かなければならない>という憲章の前文のユネスコ精神にのっとり,国際的知的協力,開発援助・協力,倫理的行動の三つの主要な機能に即して活動が展開されてきた。憲章はまた,そのめざす目的を達成するため,民間の参加と協力の必要性を強調しており,そのため政府間機関でありながらも,その政策決定にもっとも多く*NGO(民間組織)の声を反映させてきた。現在ユネスコとかかわりをもつNGOは600近くを数えている。また,各国の国内委員会にも民間の代表を参加させるとともに,さらに各国には民間レベルの組織もつくられ(日本では,全国約270の協会が日本ユネスコ協会連盟を組織),こうした各国の民間の組織が<世界ユネスコ協会クラブ・センター連盟>(WFUCA)という世界的なネットワークをつくり,ユネスコともっとも深くかかわるNGOとして活動している。

 しかし,ユネスコの50年を超える歴史はけっして平坦ではなかった。1970年代における途上国の多数の参加は,開発援助・協力のウエートを増大させ,東西対立や南北対立もからんで<政治化>傾向を強めた。これに反対した米国,英国,シンガポールは80年代半ばに脱退し,英国は97年に復帰したが,他はいまだ復帰を果たしていない。こうしたこともあって恒常的な財政難に悩み,それは今日にも至っている。しかし,冷戦終焉後,政治的対立は影をひそめ,イデオロギーの対立に根ざした活動もほぼ姿を消し,非識字の克服,地球環境問題の科学的解明への貢献,文化遺産の保存等,現在,人類が直面する緊急の課題の解決に活動の重点を移しつつある。また,近年は,戦争や暴力だけでなく,人権,民主主義,正義,寛容,異文化理解等をキーワードにした<平和の文化>の創造を提唱。ユネスコの提案で,国連は2000年を<平和の文化年【へいわのぶんかねん】>とし、同年より10年間を<平和の文化と非暴力の10年【へいわのぶんかとひぼうりょくのじゅうねん】>とすることを決議している。国際的相互依存の関係が進展し,また,平和,人権,開発,環境等の人類共通の課題がいっそう深刻化しつつある現在,ユネスコは,その創設の理念と目的を踏まえ,さらに,NGO,市民との連携を持っているという特色を存分に生かして,長期的視野に立ったユネスコならではの活動が大いに期待されるところである。

(米田伸次)

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Last-modified: 2015-12-03 (木) 21:09:34 (1449d)