愛知県【あいちけん】

[現状]

 1935年(昭和10)の*中央融和事業協会の調査では,35地区,2731世帯,人口1万3593人だが,93年(平成5)総務庁地区概況調査によると9地区,3311世帯,人口8922人。地区規模では500世帯以上が3地区,300-499世帯が2地区,100-299世帯が1地区,50-99世帯が3地区,関係市町村数3市2町9地区。9地区中8地区で住環境整備が進められているが,*地方改善施設整備事業の不備のため,甚目寺町では暗礁に乗り上げている。未指定地区は,放置されたままである。生活保護率は,33.2‰であり,市町村全体3.4‰と比較すると10倍である。高校進学率は,統計を取り始めた78年が72.0%(愛知県91.7%)、以降90年までは70%台であった。91年に80%台,95年には90%台になったが,依然数%の格差がある。高等教育修了者は同和地区全体で5.7%,20-24歳代でも12.6%と低く,今後の課題である(1990年国勢調査では高等教育程度は全体で21.2%)。就労状況では,技能工・採掘・製造・建設作業者および労務作業従事者が41.5%を占め,年収200万円未満が38.7%に達している。収入は,年齢別,学歴別,就業形態,職業別,読み書き能力などで差がある。産業面では,食肉,皮革関連を中心にした産業が地域の生活を支えてきたが,靴製造では住環境整備に伴い,転・廃業する業者が続出しており,地域での中高年齢者の雇用とも関連し,今日的課題となっている。

 県民意識では,結婚に対する態度をみると,〈子どもの意志を尊重〉22.0%,〈反対〉63.2%,未婚者への質問では〈自分の意志を貫いて結婚する〉73.6%,〈反対があれば結婚しない〉26.4%という調査結果もあり,〈聞き合わせ〉という形態で行なわれている身元調査(1990年に実施した愛知県地域啓発等実態調査によると41.9%が身元調査に対して差別でないと回答)と合わせて今後の課題である。名古屋市内の中心地で〈同和部落民はバイ菌だ〉と差別煽動している事件が91年10月から継続しており,いまだ解決の糸口すらみつかっていない(数字は1993年総務庁地区概況調査による)。

[前近代]

 愛知県は,西日本と東日本の部落の特徴をあわせ持ち,尾張は西,三河は東日本の影響を色濃く持っている。個々の部落の形成史が解明されているわけではないが,さまざまな資料の断片ならびに伝承とあわせて少しずつ明らかになってきている。甚目寺は織田信長が清洲城に入ったとき,*下駄,足袋,*草履の類の製造と肉類料理のため5人を兵庫から招いたことに始まるといわれている。天保7年(1836)には,堀田萬兵衛により,皮革業が営まれている。津島市内の部落は,700年前、*親鸞の供をして陸奥の国から来た6人が,親鸞の指示により,藁仕事をするようになったとの伝承がある。名古屋市西区平野町は,慶長15年(1610),尾張藩主徳川義直が,名古屋城天守閣を築き,居住を清洲城から名古屋城に移転した際,7戸が移り住んだ。当時の庄屋を平野小市といい,剥皮を家業としていたが,のちに軍用太鼓,革具の用達を命じられ,名字帯刀を許されたとの言い伝えがある。

[解放運動]

 愛知県水平社【あいちけんすいへいしゃ】創立大会は,1922年(大正11)11月10日,名古屋市西区志摩町の寿座で開かれた。『名古屋新聞』,『新愛知新聞』(現中日新聞)によると1000余人が参加したとある。委員長・小西吉之助【こにしきちのすけ】,執行委員に生駒惣兵衛,*生駒長一【いこまちょういち】,小川甚兵衛らを選出。終了後,〈愛知県水平社〉の大旗を先頭に500人余りで平野町の本部にむけ行進を行なっていく途中,西区上畠町角で,同町郵便局長横井俊太郎が〈エタ共の行列〉という差別発言を行ない,発言取り消しを要求,さらにその最中,江川警察署巡査2人が,同様の差別発言をし,江川署に糾弾行動を行なっている。創立大会に先立ち,10月16日,水平社名古屋支部は,差別撤廃講演会を平野町説教所で380人が参加して開催,講師として*西光万吉が来名している。創立大会を境に、県内で現在わかっているだけで,23年4月までに11件の差別事件に対する糾弾行動が取り組まれている。県内の水平社の組織は,名古屋,犬山,海部郡(1924.10.6 津島市巴座で創立大会),成岩【ならわ】,小牧,葉栗郡,新舞子で確認されている。24年4月,名古屋市中区御園座で,東海水平社【とうかいすいへいしゃ】創立大会を開き,岐阜,静岡の水平社との結束を強めた。30年(昭和5)の*豊橋18連隊差別事件では,静岡県水平社とともに糾弾闘争に取り組んでいる。*全国水平社青年同盟や*全国水平社無産者同盟が,共産派の指導下におくことを目的につくられたのに対し,全国水平社内の無政府主義者は,26年9月に*全国水平社解放連盟を結成,本部を名古屋市に置き,県水平社は拠点となり生駒長一,*鈴木信【すずきしん】らが主要メンバーとなった。29年11月4日,全水第8回大会が名古屋市中区御園座で開かれ,対立に終止符を打ち,組織の統一と団結を固めた。31年3月31日,名古屋靴工労働組合【なごやくつこうろうどうくみあい】,平野町南部表編子業者組合が平野町幼稚園で発会式。全水左派の生駒長一(全水中央委員)は*部落厚生皇民運動に参加。40年8月25日夜、水野竹造らの反対を押し切り,県水平社の解散式を挙行,平野町説教所で県内から集めた荊冠旗を焼却後,*北原泰作が講演した。

 戦後,48年鬼丸参議院議員(弁護士)の法廷での〈被告はエタ部落出身〉との差別発言,52年には『中部日本新聞』『名古屋タイムス』が差別記事を掲載。62年には*白山中学校差別事件などが起きたが運動は空白期間であった。再建に寄与したのは,生駒秋次郎,関武雄【せきたけお】らで,72年7月,部落解放国民大行動隊により,県,名古屋市との交渉において,はじめて〈部落差別の存在〉を認めて以降,行政が同和対策に取り組むことになった。74年に共産党系同盟員が正常化連に加盟,同年8月に部落解放第18回全国青年集会を名古屋市で開催,75年11月30日,県連結成大会を県産業貿易館で開催するに至った。76年9月28日,部落解放愛知県共闘会議結成,85年5月24日,世界人権宣言県実行委,85年10月9日には,部落解放基本法制定要求県実行委を結成。県内での部落差別をはじめとする差別撤廃・人権確立の運動の中心的役割を果たしている。〈愛知同和問題企業連絡会〉は81年2月24日,〈同和問題に取り組む愛知県宗教教団連絡協議会〉は86年7月3日に結成されている。県連は現在5支部,『解放新聞愛知版』を月1回発行。

[教育]

 学区編成をめぐり,戦前から差別事件がたびたび起きている。1917年(大正6)西区南押切小学校の開校にあたり平野町と同一学区になることに反対した南押切町民が同盟休校を決行したところ校長代理として赴任した川島眞志知が解決したと*『融和事業功労者事蹟』にある。38年(昭和13)には,津島学区制変更に伴い,部落の子どもと同一学区に通学することを拒否し,反対運動が起きている。同年葉栗郡北方村で小学校児童の差別事件がおき,校長,訓導を糾弾したが,居直ったので,児童の同盟休校で闘いに勝利している。戦後,62年に〈白山中学校事件〉が起きたが同和教育の営みには結びつかなかった。77年4月から,同和教育加配制度,82年2月には,県〈同和教育基本方針〉が策定されたが,本格的な取り組みには至らなかった。*全国同和教育研究協議会のオルグにより,91年(平成3)5月に,津島市,甚目寺町,知立市,小坂井町で地区小中学校同和教育研究会が結成され,同年11月,愛知県同和教育研究会が発足した。しかしこれは地区指定されている市町に限定されており,全県的な取り組みにしていくことがこれからの課題である。

[行政]

 水平社が結成された1922年(大正11)以来毎年,県費6000円から2万円を計上,児童保護,移民就励,隣保事業,トラホーム治療所,公会堂建設などに助成している。愛知県社会事業協会により24年3月平野町共存園,26年9月には津島共存園の落成式を行なっている。同年7月1日,愛知県社会事業協会融和部【あいちけんしゃかいじぎょうきょうかいゆうわぶ】が県庁内を所在地として設立され,県知事が代表者となり,機関紙『共存』【きょうぞん】を発行した。名古屋市中区の部落で,28年(昭和3)3月〈不良住宅地区改良法〉の適用を受け,住宅が建設されている。県内の融和政策は,警察官が積極的な役割を果たしている。名古屋市熱田区の部落では警察署長,警部補が生活改善指導,津島の錦湯(共同浴場)は、経営者が警察署長,町の共有財産となっても後見役となって監督,中区では巡査が〈御大典紀念幼児保育会〉を設立している。平野町では,荒木徳次郎という巡査が信徳夜学校(〈信〉は江川署長の田中信夫,〈徳〉は荒木徳次郎からとる)をおこし,中心的役割を果たしていた。荒木徳次郎は,名古屋新聞では,〈荒木巡査は神仏〉と報じられているが,実際には部落の女性に子どもを生ませながら、生涯認知すらしないという悪質極まりないことを平野町で行なっている。

 戦後は、69年7月10日の同和対策事業特別措置法施行とともに,津島2,甚目寺1,小坂井2の5地区を地区指定したが,同和行政としては空白であった。72年7月、県,名古屋市交渉において,部落差別の存在を初めて認め,73年4月には甚目寺町に隣保館を開設した。75年4月,県に同和対策室が設置され,現在,名古屋市内3(1978.6.14),知立1(1980.6.27)が,新たに地区指定され,3市2町9地区で同和対策事業が行なわれている。

参考文献

  • 部落解放同盟愛知県連合会編『愛知県の部落解放運動』(解放出版社、1995)
(山崎鈴子)

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Last-modified: 2015-12-03 (木) 21:09:34 (1411d)