科学技術と人権【かがくぎじゅつとじんけん】

〈遺伝子差別【いでんしさべつ】〉

 科学技術の発達は、さまざまな分野で新しい人権侵害を引き起こしている。とくに医療【いりょう】の分野では、深刻な事態が広がっている。遺伝子レベルでの医療が可能になったことが、その原因の一つである。遺伝子の解読が進められ、解読した情報に基づいて遺伝子診断が始まった。ところが遺伝病【いでんびょう】の保因者だとわかると、さかのぼって家系調査が行なわれたり、かなり遠い親戚までもが遺伝管理の対象にされ始めた。その結果、プライバシーが侵害されたり、その家族への差別が起き始めた。遺伝子解読は、予断と偏見が先行する場合も多い。同性愛の遺伝子、*精神障害者の遺伝子、犯罪者の遺伝子探しにまで発展したケースもある。出生前にこの遺伝子診断が行なわれると、事前に発病するか否かがわかるため、中絶が当たり前に行なわれることになる。これは出生前淘汰であり、あらかじめさまざまな可能性をもっている人を、障害や病気を理由に産まないようにすることである。それは同時に、障害や病気をあってはならない存在と考える風潮をつくりだすことであり、生きている病者や障害者たちへの差別を広げていくことでもある。

 死にかかわる医療でも、新しい人権侵害が起きている。医療技術が発達して、生命維持装置による機械的延命を可能にしたことが、臓器移植を前提とした脳死問題を引き起こした。1997年(平成9)10月16日、臓器移植法が施行され,99年2月末から3月初めにかけて法施行後最初の脳死移植が行なわれた。医療現場ではそれ以前から、脳に強いダメージを受け瀕死の重傷を負った患者が、臓器移植【ぞうきいしょく】のために意図的に死を早められたり、臓器提供を強要されるといった人権侵害が広がっていた。そこでは、生きるに値しないと判断された人の命は切り捨てられ、臓器だけが大切に保存されている。今後、この傾向が強まるとともに,障害者や死刑囚などが、〈自主的〉という名目で意図的に死が早められたり、強制的な臓器摘出が行なわれる、といった事態が起きることも予想される。

〈情報化社会の人権〉

 医療と並んで人権侵害が広がっているのが、情報技術の分野である。情報化社会【じょうほうかしゃかい】とは、情報がもっとも価値のある商品になった社会のことである。その主役はコンピューター・ネットワークで、その上を電子化された大量の情報が光のスピードで飛び交う。情報が大量に売買され流通し始めると、新しい差別や人権侵害、犯罪が起こり始めた。94年4月21日、ある女性が、パソコン通信【ぱそこんつうしん】上で繰り返し誹謗中傷を受けたことに対して、パソコン通信大手企業と誹謗中傷した相手を訴えた。パソコン通信では本名で発言することはまれである。その匿名性があるため、このような差別事件が起きたり、公然と差別用語がまかり通っている。*インターネットでは、ネオナチのように人種差別発言をするケースがみられ、ポルノ画像が自由に流通している。日本でも部落の所在地リストや芸能人を名指しで出身を指摘するなどの差別が続発してきている。このような事態を受けて、法的に規制する動きが広がっている。ポルノ画像や差別用語のような人権を侵害するようなものが公然と流通すること自体問題であるが、それを口実に介入の幅を広げ、表現の自由そのものを抑制しようとする権力の動きはさらに問題である。

 これらに対抗して,差別や人権侵害などとたたかうパソコン市民ネットワークも広がっている。インターネットなどを活用した積極的な情報の提供とそのためのネットワークの構築,インターネットの利用にあたっての人権教育,苦情処理機関の設置などが求められる。

参考文献

  • 解放出版社編『コンピューター社会と人権』(1994)
  • 天笠啓祐『優生操作の悪夢』増補改訂版(社会評論社,1996)
(天笠啓祐)

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Last-modified: 2015-12-03 (木) 21:09:36 (1411d)