解放の自覚【かいほうのじかく】

 差別とかかわって、いろいろな意味で人生に制約を受け、ときには自己嫌悪に陥っていたりする状況がある。<解放の自覚>とは、そのような個人の課題が社会の仕組みに由来して生じていることを知り、両者に対して実感的にも理論的にも統一して取り組んでいこうとすることであり、〈社会的立場の自覚【しゃかいてきたちばのじかく】〉とほぼ同義である。反差別運動の文脈では、被差別者の解放主体としての意識変革をいう。自覚ということばは、部落解放運動のなかでは、〈部落民としての社会的立場の自覚〉という慣用的な用法で使われてきた。それは、労働者が階級意識に目覚めるのと同じような意味で、部落民が解放の主体【かいほうのしゅたい】として目覚めることを意味する。自覚【じかく】ということばが部落解放運動のなかで使われるようになったのは古く、たとえば(融和事業は)〈どれもこれも皆部落の反抗を押へ、自覚を眠らそうとする方法許りではないか〉〈(支配階級の懐柔政策は)即ち部落民の自覚と反抗を恐れるからなんだ〉(全国水平社第6回大会、1927)という文脈で使われている。1928年(昭和3)の府県代表者会議の運動方針では、部落差別により即自的にもたらされた〈卑下の感情〉を対自化し、〈社会的反抗の意識〉すなわち解放の主体自己形成の意味で〈自覚〉ということばが使われている。

 <解放の自覚>を必要とするのは、被差別者だけではない。獲得の論理に違いがあっても、加差別の側も同様である。このような意味で、<解放の自覚>は*部落解放教育がめざしてきた重要な目標の一つである。

 <解放の自覚>ということばは、教育の分野で中村拡三などにより1960年代に提起され、70年、解放教育読本*『にんげん』が大阪府内の小・中学校で無償配布された時期に定着した。『にんげん』の編集にあたって、めざすべき学力が整理され、そのなかに〈解放の自覚〉が位置づけられたのである。それ以前から、教育を通じて解放の主体を育てる必要性は認識されており、〈抵抗感〉〈解放への意欲〉などのことばによって、〈解放の自覚〉と同様の内容が語られていたが、それらは十分に整理されたものではなかった。『にんげん』編集の過程で、〈解放の自覚〉ということばに解放教育の目標としての明確な位置が与えられるようになった。その後、第1次*解放教育計画検討委員会【かいほうきょういくけいかくけんとういいんかい】が、75年の第1次報告において〈解放教育の原則〉の一つとして〈自己の社会的立場の自覚〉を挙げ、すべての子どもの解放とかかわらせてこの問題を整理した。同委員会によれば、〈自己の社会的立場〉を自覚するためには、仝渋綣匆颪虜絞鵡渋い魏奮愿に認識しうるような力を系統的に高めていくこと、∈絞未汎う集団づくりを通して自分自身、親、なかまの生いたちや生活をとらえかえしていくことが不可欠である、としている。

 国際的にも同様の概念が提起されている。P・フレイレは、南米における自らの識字運動の実践を踏まえて、〈被抑圧者の教育学【ひよくあつしゃのきょういくがく】〉の中心的な概念として〈意識化【いしきか】conscientization〉を提起した。〈意識化〉とは、被抑圧者自身が対話や学習を通して被抑圧状況を対象化し、その状況を変革する自己解放と相互解放の実践に取り組むようになる過程を指している。識字教育は、これを目標にすべきだというのである。また、E・エリクソンの提唱した*アイデンティティや、女性解放運動のなかで提起された意識高揚という概念にも、〈解放の自覚〉との共通点がみられる。〈解放の自覚〉を育てるうえで、指導者や教師自身の社会的立場の自覚は重要な意味を持っている。なぜ、自分が解放教育に取り組んでいるのかを明らかにし、科学的な方針をもって望まないかぎり、確固とした自覚を育てることはできない。

*解放の学力、*アイデンティティ

参考文献

  • 横田三郎『教育反動との闘いと解放教育』(明治図書、1976)
  • 中村拡三「『にんげん』の構想と内容」(『解放教育著作集』3巻,明治図書、1973)
  • 解放教育計画検討委員会編「解放教育理論の豊かな創造をめざして――解放教育計画検討委員会第1次報告」(『部落解放』79号、1975)
(森 実)

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Last-modified: 2015-12-03 (木) 21:09:36 (1387d)