解放の神学【かいほうのしんがく】

 キリスト教で〈神学【しんがく】〉ということばは〈信仰の論理〉というような意味である。〈解放の神学〉という場合,それは〈解放のたたかいの中にある信仰の論理〉といえるであろう。〈解放の神学〉という表現は1960年代頃から用いられるようになった。公文書の中で〈解放の神学〉という表現が表れたのは68年(昭和43)に行なわれたラテン・アメリカ全司教団の第2回声明文であったといわれている。北米においては黒人解放運動,女性解放運動その他の解放運動とのかかわりのなかで〈解放の神学〉という表題の著書や論文が70年代以降に多くみられるようになり,日本にも紹介されてきた。またアジアにおいては、幾世紀にもわたる搾取と圧迫の対象とされてきた民衆が、その苦難と闘いながら解放運動に参加することから、支配者や抑圧者の思想や言語ではなく、自らの思想や言語による信仰と生活の表明が〈民衆の神学【みんしゅうのしんがく】〉として、とくに韓国の民主化闘争のなかから生まれ、大きな影響力を与えている。

 〈解放の神学〉の特色は差別や抑圧の現実に身をおき,そこで学び,差別され,抑圧されている人々の側に立ち,その差別や抑圧を生み出している社会構造の暴力を告発して,経済・政治・社会・文化などを含む全人的救いの完成に向かって具体的実践に踏み出すことを,信仰の核心にあることがらとして強く主張するところにある。しかし,人間の救いの問題はこの世の諸問題を超越した次元にあると主張し,結果的には世界のただ中に起こっている差別や抑圧の現実や構造に目をつむり,現実の権力や支配的体制に迎合して護教と保身をはかる生きかたをする者からは危険な思想のように受けとられがちである。〈解放の神学〉が悪宣伝されたり,信仰とは無関係の社会運動の論理であるなどといわれるのはこのためである。

 〈解放の神学〉は世界の現実に神の真実がいかに生かされているかを鋭く分析する。そして,差別や抑圧が神の真実から離れた罪であることを指摘し,信仰の根源に回帰することを促し,現実に,支配と抑圧からの解放をめざして働いたイエス・キリストに目覚め,人間の尊厳と兄弟愛にあふれた社会建設をめざすことをさらに明確にする責任を強調する。

参考文献

  • 部落解放研究所編『宗教と部落問題』(解放出版社,1982)
  • R.アビド・山田経三『解放の神学と日本』(明石書店,1985)
(小野一郎)

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Last-modified: 2015-12-03 (木) 21:09:36 (1294d)