忌避【きひ】

 困難な事態や不快な刺激に直面したとき,人は心理的に距離をとったり,身を引いたりして自らをその事象から遠ざけることで,心や存在の安定をはかろうとすることがある。この行動様式は,回避【かいひ】,逃避【とうひ】などと呼ばれるが,忌避は,遠ざかる行動様式に,人間が抱く,より根源的な情緒が分かちがたく結びついたものである。嫌悪の情が,ある人間を,別の人間や対象から積極的に遠ざけてしまう場合もあるし,*偏見【へんけん】や差別的知識から喚起される否定的感情が,差別する対象を自らの日常生活世界から全体として排除してしまう場合もある。

 差別問題との関連で言えば,さまざまな啓発や運動的実践を通して,差別することを正当化する客観的知識・情報の歪みを糺【ただ】し,それを変革することは可能であるが,もっとも変革が困難なのが,人々の情緒であり外から説明がつきがたい<思い>の領域である。そして,この<情緒><思い>からわきあがる,ある対象に<触れたくない>という恐れを含んだ否定する力が,具体的な忌避する行為をつくりだす。<恐いから恐い><嫌だから嫌だ>というふうに,忌避する理由と現実が果てしない循環に陥ってしまうとき,それは典型的な差別行為として現象する。 たとえば*結婚差別【けっこんさべつ】において,差別する側がこうした循環に囚われ<出口のない穴>に落ち込んでしまう場合がある。このとき,忌避することがもつ否定性の力が,いかにその人自身の存在や生活自体をも否定してしまっているのかを,差別する側に対していかに覚醒させるかが<出口を見いだす>重要な契機となる。

(好井裕明)

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Last-modified: 2015-12-03 (木) 21:09:37 (1358d)