宮城県【みやぎけん】

 県内には仙台市,白石市,塩釜市などに部落がある。しかし政府統計などには報告がなくて、同和行政も行なわれていない。仙台市の部落が最大で歴史的にも古い。仙台市には江戸時代の賤民層として穢多身分だけでなく〈じう〉と呼ばれた非人や猿引,河原者と呼ばれた芸能者などがいた。穢多身分は〈皮【 か】坊【ぼ】〉とも呼ばれた。元禄4-5年(1691-92)の城下絵図に居住が記されている。仙台藩時代の穢多身分の人口は,寛保2年(1742)に409人だったのが文政11年(1828)に831人,明治初年の『藩制一覧表』に1138人と,幕末になって急増し,近代を迎える。〈皮坊〉という呼び名が示すとおり江戸時代から藩領全域の斃牛馬処理権をもち,皮革関連業を独占的に行なった。ほかに警備役や,城下の居住地にある〈癩【らい】人小屋〉の保護・管理も行なった。江戸時代末期は旅芸人などの管理のため5里に1軒ずつ〈乞食小屋〉が置かれた。〈じう〉(非人)は穢多身分の支配下で斃牛馬処理などを直接行なった。

 近代以降,その歴史調査や実態調査はほとんど行なわれていない。しかし結婚差別などは根強く残っており,〈婚姻関係を結ぶにもはるか遠くの同輩を求める〉(『文芸東北』2巻8号)などの記述が残る。また〈他の町を訪れても家の敷居を跨ぐこともできませんでした〉という声もある。

参考文献

  • 原田伴彦・田中喜男編『東北・北越被差別部落史研究』(明石書店,1981)
  • 成沢栄寿「東北」(部落問題研究所編『部落の歴史・東日本篇』、1983)
(川元祥一)

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Last-modified: 2015-12-03 (木) 21:09:37 (1468d)