競争原理【きょうそうげんり】

 同一の獲得目標(物質的財貨,非物質的価値,地位・才能・能力など)に対して,複数の個人ないし集団が他よりも早く,多く,有利に到達するために競い合う社会行動や社会関係を〈競争〉と呼び,それを理想的な状態とするか,少なくともやむを得ず受容すべき状態とする価値観が,個人または集団をつき動かす支配的な行動原理として成立している場合,それを〈競争原理〉と呼ぶ。 一般に競争は,それが目標としている獲得物の有限性(たとえば良好な雇用機会の稀少性)によって規定されるから,一方の有利は他方の不利,一方の満足は他方の不満足を結果し,しかもその場合,有利と満足を求める側は,他方を目標達成への障害物とみなして排除(差別・排外も含まれる)するのが普通であるから,〈競争〉は元来,排他的なものとならざるを得ない。また被差別者はそもそも競争への参加機会が差別によって制限されている場合が少なくなく、仮に参加機会が平等化されたとしても、それ以前の世代累積的な社会的、文化的、経済的な格差のゆえに、実質的(結果的)平等を実現しにくい問題がある。

 〈競争〉を人間的本能とみなす立場から資本主義社会の〈競争原理(市場原理【しじょうげんり】)〉を擁護する見解もあるが,人間の競争性は本能ではなく,社会構造や文化に規定されたものであることは,文化人類学的にも証明されている。資本主義的自由競争原理は,資本主義それ自体の内在論理である無計画性・無統制性を反映して,弱肉強食,優勝劣敗を結果するのに対して,社会主義的競争は進んだものが遅れたものを援助して,一般的高揚をはかるものと理念型的には考えられてきた。ただし,獲得目標物の有限性は社会体制のいかんを問わず可変的であり,たとえば,経済の高度成長期にあっては,獲得機会が相対的に豊富であるから競争も相対的に緩和されるが,低成長期には逆に相対的に激化する。いわゆる〈ゼロ・サム社会〉はその極限であり,〈Aの得はBの損〉の状況下では,競争が死活をかけた苛烈なものとならざるを得ず,当然のことに,部落差別をはじめすべての差別も激化する。すなわち、自由競争は必然的に勝者(優者)と敗者(劣者)とを生み出すが、この〈優勝劣敗〉の結果をもって差別の原因とすりかえて差別を正当化する、いわゆる〈予定の自己成就〉の仕組みにも注目の要がある。

 〈競争原理〉は能力主義【のうりょくしゅぎ】思想や管理主義【かんりしゅぎ】思想などと親和性をもち,相互に相手の受け皿の役割を果たしつつ,教育・労働の場を中心に人間の全生活領域に浸透しており,一切の反差別的営為にとって,不利な情勢を強めている。能力主義は、労働現場にあっては、伝統的な〈年功序列〉制への一定の対抗性をもつ思想ではあったが、一方においてそれが生産性至上主義と結合する時、障害者差別(障害者間における差別を含む)を合理化する役割をもたざるをえない。結局、反差別・人権拡張のためには,対抗文化としての〈反競争原理【はんきょうそうげんり】〉の全面化以外になく,たとえば労働運動における〈労働者文化〉,部落解放運動や解放教育運動における〈部落解放文化〉,さらには障害者解放運動における〈アンチ社会ダーウィニズム〉の提起など,被差別・被抑圧民衆による自立および共同・自助および共済・自治・友愛を基軸とした文化体系確立の模索が行なわれつつある。

*社会ダーウィニズム

(八木晃介)

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Last-modified: 2015-12-03 (木) 21:09:38 (1388d)