教育の不平等【きょういくのふびょうどう】

 教育の不平等は,教育にかかわる差別や不均等や格差など多様な側面を持ち,社会的経済的文化的不平等と密接に関連しているために,その内実と相互関係の解明が急がれる。戦後教育改革では,とりわけ*教育の機会均等の実現が意図され,それが福祉や民主主義の尺度とされていた。こうした教育機会の拡充が階級間格差の是正かつ経済成長の条件とする自由主義的進歩観に続いて,*教育投資による社会的収益への参与という人的能力開発論と,階層可動の中産階級幻想に基づく能力主義が登場した。1960年代後半から,爆発的な社会運動や教育運動によって,社会的不合理・矛盾が暴露・顕在化され,平等原理の欺瞞性が指摘され,実質的平等化が焦眉の問題となってきた。たとえばアメリカでは,ハンディキャップを持ったマイノリティや下層階級の子どもを対象として教育内容・方法の個別化や教育優先地区の指定・財源援助など,教育改善を明文化した初等中等教育法【しょとうちゅうとうきょういくほう】(1965)や就学前期のヘッドスタートや継続教育計画など,一連の改良主義的〈*補償教育〉が組まれた。しかしその実質は,支配的な中産階級の価値体系を標準とした上からの矯正であり,子どもの学業不振の状況を白人中産階級の生活・文化・価値・意識のモデルからの〈欠落〉ないし〈収奪〉の結果ととらえ,その不足を補い水準を引き上げようという発想に基づいていた。

 その他にも実施上,軽視しえぬ問題が内包されているとはいえ,社会権の範疇たる人権の確立と連動しつつ,教育の実質的平等化の普遍的根拠が確認されたのである。しかし、速やかに社会の平等化が実現できないとすれば,就労や教育においてより直接的積極的な平等化が追求されなければならない。そこでマイノリティの優先入学【ゆうせんにゅうがく】や優先雇用など,積極的差別解消や建設的優先権が広く確認・措置されてきている。そこには,現代の教育過程が,社会的再生産過程の要件であり,労働過程――教育・文化過程――分配・階級関係という,ヒエラルキー構造を持つ資本蓄積・配分と不可分であることへの認識が働いている。

 そして,〈平等〉という建前と他方における〈業績〉という実態との不均衡において,階級矛盾,上昇志向の可動〈信仰〉,学校における不成功,〈貧困者〉や〈低位者〉における世代的悪循環・〈累積〉など,教育の形式主義的平等が告発されている。「プラウデン報告」(イギリス,1967),ジェンクスらの『不平等』(1972)などは,教育条件・過程や教育効果などの影響要因に対する配慮を要請している。とくに1964年公民権法に基づいて、教育の機会均等に関して,分離・統合教育や学力の実態を全米的に調査した「コールマン報告」が,入口(子どもの能力や家庭背景など)だけでなく,教育過程や教育条件など手厚い〈処遇の平等〉による教育保障を通じて,結果の平等(学業成績や態度,卒業後の進路)という機会均等の実質化のための検証軸を提起したことは画期的である。また,ボールズらは,総生産,就労市場の分業=序列化など,社会階級・階層にかかわる配分や支配の構造、イデオロギー、権力関係が,教育機関を通して社会的選抜=振り分けに作用する位相の追究が教育の平等の解明に不可欠な作業であることを指摘している。

 教育の不平等研究の進展によって,不平等の契機として次のような諸側面が析出され,そこでの問題が解明されてきている。\呼静能力と学業達成と進路との関連性の追跡から,個人や階層、グループにおける能力や知能、学力の遺伝性という偏見が吟味・否認されるだけでなく、そうした知的能力の尺度基準そのものも問題視される。∋劼匹發寮・生活や文化や言語習慣など,生育史に刻まれた態度や意欲やレディネス(学習する心身の状態になっていること)といった個人的側面や子どもに内在化された価値観や将来展望は,学校文化への適応性や動機づけと関連している。3惷斑成や獲得される諸能力・特性など,学業成績の不平等を引き起こす諸要因の関連が重視されている。こ惱に影響する個人の社会的背景としての所得や職業・地位など,家庭の経済的文化的状態,家族の教育機会・経験の質と量、家族構成や教育・文化志向,地域性や民族性など、社会的再生産の循環の構造が分析されている。テ睇瑤不明確な学校の教育慣行,風土,(顕在的・潜在的な)教育内容や教育条件,教師(集団)の教育姿勢や実践的力量,さらに級友の社会的特性など,学校環境の諸相が検証されている。Τ慘鬚篏学年数、教育達成とかかわって,卒業後の職業や地位や所得など,社会的達成や地位の形成過程・要因が追究されている。Ъ匆馘ヒエラルキーの水平化をめざす主体形成という学校教育力の再生も再認識され,学校の取り組みを通じた社会の平等化実現の可能性と方途も追求されている。

 以上のように,教育の不平等の克服は,〈学校無力論【がっこうむりょくろん】〉を超えて,通・就学や学力、進路の保障という,すぐれて現代教育の課題に連なっており,民主主義の内実を問うテーマであるといえよう。わが国では,部落解放教育運動が展開され,補償教育の一つとみなされる*同和教育行政が進められてきた。しかし,結果の平等という観点に立ち,部落問題の独自性を踏まえた広い視野からの教育保障の理論化や政策立案が求められている。また諸外国においても、民族・人種間の差別や偏見や不平等を克服する教育上の取り組みとして、多文化ないし反民族差別・反人種差別主義教育が模索され展開されている。

参考文献

  • 辻功・木下繁弥編『教育学講座20 教育機会の拡充』(学習研究社,1979)
  • ジェンクス他『不平等』(橋爪貞雄・高木正太郎訳,黎明書房,1978)
  • 青木昌彦編著『ラジカル・エコノミックス』(中央公論社,1973)
  • J.カラベル他編『教育と社会変動』上・下(潮木守一他編訳,東京大学出版会,1980)
(山根祥雄)

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Last-modified: 2015-12-03 (木) 21:09:38 (1469d)