高齢者の人権【こうれいしゃのじんけん】

[高齢社会と福祉]

〈高齢社会とは〉

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 1950年(昭和25)の死亡統計によると,この年の死亡者は90万5000人。しかしそのうち65歳以上で亡くなった者はわずか3割にすぎない。つまり年間の死亡者のうち7割が65歳未満で、乳幼児も20万人以上亡くなっている(図1)。つまりこのころまでは,高齢者になれるのは少数の〈運のよい人〉とみなされていた。だから70歳になると,〈古希〉(古来稀なり)の祝いをした。そういう〈運のよい人〉に,人権がらみの問題があるなどということは,だれも思い及ばなかった。今日的な観点からみれば,高齢者にも深刻な問題は数多くあったはずだが,社会全体が貧しかったがゆえに、少なくとも社会的問題にはならなかった。

 現代の日本社会ではしばしば〈高齢者の人権〉が問題視されているが,そのきっかけは高齢社会【こうれいしゃかい】が進むなかでの,いわゆる〈寝たきり老人〉――要介護老人をめぐる虐待事件である。障害をもつ高齢者の介護にとって最良の環境といわれていた家庭内でも,じつは介護をめぐる虐待事例が予想をはるかに超える規模で多発していることが,いくつかの調査で明らかになった。

 このような状況はずいぶん以前からあったが,家という一種の密室構造の中に閉じこめられ表面化することがなかった。近年*ホームヘルパーや*デイサービスなどの社会福祉サービスが普及し,第三者が家庭内の介護の世界にかかわるようになって,ようやくその実態が明らかになってきた。今や年間死亡者の8割が65歳以上となっている。

 〈寝たきり老人〉の介護問題とは,長寿社会の進展と少子化に伴う社会の高齢化によって1970年代以降急速にクローズアップされてきた新しい深刻な問題なのであり,極度に貧しい社会的な介護体制と,行政府側の人権意識の希薄さがその根底にある。

〈医療と福祉――寝たきり老人の大量発生〉

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 70年代以降,生活水準の向上と国民皆保険制度の普及によって,急性期の治療が終了しても重い障害が残った高齢者(高齢障害者)が急速に増え(図2),病院のベッドをふさぐようになる。いわゆる〈社会的入院〉の急増であり,病院にとっても急性期疾患の患者を入院させられなくなるという医療機能の低下,看護婦の労働過重,経済上の不利益をもたらすようになった。このような老人患者が家へ帰れない理由としては,適当な家族介護者がいなかったり,家が狭すぎたり,この当時では在宅での医療や福祉サービスが皆無に等しかったというような事情がほとんどだった。なんとか自宅へ帰ることができたとしても,重い障害をもつ老人の介護のために,家族がはなはだしい犠牲を強いられるようになった。

 70年代から80年代にかけてこのような事態が進行したにもかかわらず,行政の対応は鈍く,公的な介護サービス資源は一向に増やされなかった。そこで医療レベルの低い民間病院や精神病院がこのような病弱老人の入院施設として施設機能を転換したり,あるいは続々と新設されるようになる。そして過重な介護負担に耐えられない家庭は,治療的必要はなくても介護の必要な高齢者を老人病院へ入院させることが非常に多くなった。この結果、多数の老人が人手の少ない低レベルの病院で劣悪なケアを受け,ときにはベッドに縛りつけられるなどの虐待行為さえ受けるようになる。さらには老人自身のこのような被害的状況だけでなく,ときには介護負担に耐えられなくなった家族が介護している老人を殺してしまう,あるいは家族もともに自殺するという,日本特有の〈心中事件〉が絶えず報道されるようになった。こうしていわゆる〈寝たきり老人〉の介護負担が,家族崩壊の要因として社会的関心を集めるようになったのである。

 80年代に入ると,公的責任において医療と福祉の連携をはかる北欧型福祉国家が広く紹介され始めたことから、日本の貧しい医療・福祉の実態が浮き彫りにされ、そのなかで〈寝たきり老人とは寝かせきり老人のことだ〉ということが社会通念になっていった。厚生省も,〈寝たきり老人〉問題は長期入院対策など医療の場での締め付け策では解決できないことに気づき,リハビリテーション体制など医療面での整備も必要だが,それ以上に障害をもった高齢者への施設・在宅での援助〈生活援助・福祉の充実〉を重視するようになった。つまり医療と福祉の総合的対策を講じなければ問題は解決しないということに,ようやく気づいたのである。

〈高齢福祉政策の歴史と特別養護老人ホーム〉

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 行政的にいうならば,老人福祉法【ろうじんふくしほう】が制定される63年までわが国の社会には,高齢者福祉サービスはいっさいなかったといえる。唯一あったのは貧困者一般の救済策である〈生活保護〉で,収入の低い,またはない高齢者に最低限の生活資金を提供するにとどまっていた。この当時年金を受けられる人は限られており,高齢者の貧困化が最大の問題だった。当時行政が用意した制度は,貧困化した老人が雨露をしのぐことができ,食事と寝床を提供できる施設としての〈養老院〉のみで,貧困者救済施策の一部として,生活できなくなった高齢者を〈生活保護者〉として〈養老院〉へ収容することしか考えていなかった。

 老人福祉法2条には〈老人は,多年にわたり社会の進展に寄与してきた者として,かつ,豊富な知識と経験を有する者として敬愛されるとともに,生きがいを持てる健全で安らかな生活を保障されるものとする〉との理念が掲げられ,高齢者の人権保障が,少なくとも建前としては,日本の社会保障・社会福祉制度に初めて登場する。

 このころになるとすでに長寿化が進み,女性の半数が75歳まで生存できるようになるという事情があった。つまり高齢者が〈大衆化〉してきたのである。ここでようやく〈養老院〉という名称が廃止され,〈養護老人ホーム【ようごろうじんほーむ】〉に改められる。そして特筆すべきこととして〈*特別養護老人ホーム【とくべつようごろうじんほーむ】〉という施設が創設された。〈特別〉とは,単に寝床と食事を与えるだけでなく,身体の不自由な高齢者には〈介護〉サービスを提供することを意味した。つまりかつての〈養老院〉の中に,〈介護〉のための職員を置くことが初めて認められたのである。

 しかし特別養護老人ホームに入所するには,〈措置申請〉のための書類を何枚も提出したうえで,行政の〈措置判定委員会〉に認定されなければならないという仕組みになっており,どの施設に入所するかについても行政側が決めることになっている。また福祉サービスの利用を希望する者は,所得と家族の状況を調べられ,本当に家族の力では介護できないのかどうかを厳しくチェックされる。これでは,ただでさえ〈福祉の世話になるのは恥〉という観念をたたき込まれている人々,とくに高齢者は制度を利用しようにも心理的に強いブレーキがかかる。しかも申請しても施設に必ず入れるかどうかわからない。このようにこれまでの制度は,社会福祉サービスを二重三重に利用し難い仕組みにしていたといえよう。

〈ゴールドプランとは〉

 80年代後半より,厚生省内部にもそれまでの医療保険,年金中心の政策から高齢化を中心とした社会福祉サービスも含めた総合的な社会保障政策への転換が必要との認識が生まれた。その転換点を象徴するのが89年(平成1)12月に策定された〈高齢者保健福祉推進10か年戦略【こうれいしゃほけんふくしすいしんじゅっかねんけいかく】〉いわゆる〈ゴールドプラン〉である。

 〈ゴールドプラン〉においては,〈特別養護老人ホーム〉や〈*老人保健施設〉といった施設整備とともに,ホームヘルパー,デイサービス,*ショートステイといった高齢障害者の在宅生活支援【ざいたくせいかつしえん】に初めて本腰を入れるようになる。十分な裏付け調査もなく,慌ただしく策定された〈ゴールドプラン〉だったが,市民に新しいタイプの高齢者福祉サービスを示した効果は大きく,その後の全国の市町村による〈市町村老人保健福祉計画【しちょうそんろうじんほけんふくしけいかく】〉の策定へとつながっていく。さらにこの市町村が提出した計画を積み上げて,旧〈ゴールドプラン〉の目標を大幅に上方修正した〈新ゴールドプラン〉(1994)へと発展し,その後99年12月には,総合的な〈*ゴールドプラン21〉が策定された。

 わが国の高齢者医療と福祉問題の歴史のなかで,高齢者の人権問題が登場した背景を簡単にたどってみた。このような人権侵害は,社会的な介護体制が不十分で,家族が過重な介護の負担に精神的に追い詰められて起こるわけだから,ホームヘルパーの派遣や介護施設の整備など,そのための社会資源を充実させ,医療や社会福祉をうまく連携させ適切な制度を整備することによって解決可能である。現実的な施策で解決可能な問題が多いという意味では,比較的とりくみやすい人権問題ともいえる。

 2000年から公的*介護保険【かいごほけん】制度が実施されたことにより,高齢者の人権擁護についても,新しい社会的な解決の道筋がみえてきた。この制度を充実させていくことによって,弱い立場にある高齢者の人権問題が大きく改善されることが期待される。

〈高齢者とまちづくり〉

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 これからの社会福祉を考えるにあたって,理念的な面だけではなく,福祉の充実は実は経済成長に貢献するということを多くの経済専門家が主張しはじめている。たとえば今日の地方自治体の経済にとって,忘れてならないのは年金収入である。一例を挙げると、人口1万2000人余り(高齢化率23%)の山形県最上町の年金収入の総額は国民年金だけでも年間16億円に上る(これに対して同町の勤労世代が支払う同年金保険料は4億円)。

 また人口9万5000人(高齢化率21%)の広島県尾道市の年金収入の総額は約84億円(やはり国民年金のみ)である。加えてさらに給付額の高い厚生年金も入ってくる。これだけの年金が消費に回れば,地元経済にとって大変大きな購買力となることは容易に推測される。したがって介護保険制度の導入によって,将来必要となるかもしれない介護費用のための貯蓄をする必要が減るので,高齢者の消費支出が増加し内需が拡大し,経済成長に大いに貢献する。その他これからの地域経済の成長にとって,福祉政策はさまざまな貢献をすることは間違いない。

 あと1点,今の時代に大切なことは,権利の主張は必ずしも利害の衝突を意味しない,むしろ逆であるという理解である。たとえばエレベーターやスロープの設置など,障害者運動や反差別運動から,社会全体が普遍的に得たものも非常に多い。高齢者や障害者にとって安全で便利な*まちづくりは、多くの市民にとっても住みやすい環境である。また,介護保険制度の基本的かつ最大の理念の一つは高齢者の〈自立支援【じりつしえん】〉である。この理念がなければ,現物給付(お金ではなくサービスそのものを提供する)を大原則とする介護保険制度は成り立たない。この〈自立支援〉の理念は,障害者運動から提起されてきたものである。またこの制度実施に伴って,弱い立場の高齢者の権利をどうやって守ることができるのかも真剣に議論されている。

(岡本祐三)

[部落の高齢者]

 部落の高齢化は急速に進んでいる。1993年(平成5)総務庁調査によると、部落の高齢化率は15.5%であり、全国平均13.5%(総務庁統計局1993年10月1日現在推計)に比して2.0ポイント上回っている。部落の高齢者は差別の結果、早老・早死の傾向にあるといわれ、一般地区に比して高齢化率が低いと考えられてきたが、高齢化率は1970年代半ばに全国平均と肩を並べ、それ以降、全国平均を上回る勢いで高齢化が進んでいる。わが国の高齢化の要因は平均寿命の伸長と少子化にあるが、部落の特徴はそれに加えて、若年世代の地区外流出という社会的要因が大きく影響していると考えられる。部落の高齢化問題を考えるとき、〈すべての世代が生き生きと暮らせるまちづくり〉と連動させることが重要である。

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〈健康と介護不安〉

 部落の高齢者はかつての厳しい部落差別のなかを生き抜いてきた人たちであり、身体的にもその影響が深く刻印されている。93年の総務庁調査によると、入・通院している高齢者が多く、後期高齢者(75歳以上)になると、ほぼ70%となっている。また高齢化の進行に伴って要介護高齢者も急速に増えている。要介護高齢者の〈主な介護者〉では、配偶者・子・子の配偶者など同居親族が多く、ホームヘルパー等の公的サービス利用は10%に満たない。とくに〈65〜79歳〉の介護では配偶者の比重が重くなっており、〈健康に不安を抱えた高齢者が、高齢者を介護している〉なかで、重くのしかかる介護負担による〈共倒れ〉の危険性をはらんでいる。介護サービスの基盤整備を進めながら、公的介護サービスの利用拡大をはかっていく必要がある。

〈よろず相談〉

 部落の高齢者は厳しい差別のなかで基本的な市民的権利を奪われてきた。義務教育への就学機会さえ奪われてきた高齢者も多く、簡単な読み書きさえできない者も少なくない。高度情報化社会の中にあって、読み書き能力を奪われた部落の高齢者は社会生活を営むうえで、大きな困難を抱えている。利用可能な制度・施策や公的サービスの情報が届かなかったり、利用手続きができないなど、不利益は計り知れない。隣保館など身近な公的機関が、こうした部落の高齢者が気軽に相談できる〈よろず相談〉窓口として、高齢者の生活を支援していく必要がある。

〈部落の高齢者運動〉

 部落の高齢者運動は70年(昭和45)頃から組織され始めた。70年には大阪で各部落を単位とした老人組織の連絡組織として〈部落解放老人会連絡協議会【ぶらくかいほうろうじんかいれんらくきょうぎかい】〉(略称,老連協【ろうれんきょう】)が結成、同様の県組織は和歌山でも組織されている。現在、高齢者自身による運動の組織化と活性化をめざして、部落解放同盟中央本部主催による〈部落解放高齢者全国交流集会【ぶらくかいほうこうれいしゃぜんこくこうりゅうしゅうかい】〉が81年以降(当初は部落解放老人・障害者全国交流集会)毎年開催されている。

(東野正尚)

参考文献

  • 岡本祐三『医療と福祉の新時代』(日本評論社,1993)
  • 同他『福祉は投資である』(同前,1996)
  • 岡本祐三『高齢者医療と福祉』(岩波書店,1996)
  • 同『福祉で町がよみがえる』(日本評論社,1998)
  • 『知っていますか? 高齢化社会と人権一問一答』第2版(同編集委員会編,解放出版社,1998)

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Last-modified: 2015-12-03 (木) 21:09:40 (1469d)