国際識字年【こくさいしきじねん】

 1987年12月7日,国連総会は,1990年を国際識字年International Literacy Yearとする決議を行ない,そのなかで〈*世界人権宣言*国際人権規約のなかで,教育への権利が何人からも奪うことのできない権利として承諾されていること〉〈《非識字》状態をなくすことが,教育への権利の第1条件をなすこと〉〈発展途上国を中心に広く見られる《非識字》が,経済・社会的発展と文化的・精神的進歩の過程を著しく遅らせていること〉などを指摘し,その〈克服に向けた世界戦略の綿密な策定と世界的規模で識字運動を展開する組織〉をつくるために設定したと述べている。国際識字年設定の原動力となった*ユネスコは、その事務局長報告で〈識字年はその後10年間を通して非識字と闘う行動をたてなおし,識字活動を再生させるためのたぐいまれな機会たりうる〉(第24回ユネスコ総会事務局長報告,1987.9)とし,それは、90年からの10年間を〈国際識字10年〉として国際的な取り組みが発展する契機となり,日本での動きも加速化する。

 89年9月,部落解放同盟中央本部は,部落解放第4回*全国識字経験交流集会を開催,90年の国際識字年に向け,部落内外の識字運動関係者にも参加と交流を呼びかけて実行委員会結成を提唱。これを受けて90年1月17日,国際識字年推進中央実行委員会【こくさいしきじねんすいしんちゅうおうじっこういいんかい】を結成,活動の中心となる。代表世話役に佐多稲子(*差別と闘う文化会議),*上杉佐一郎(部落解放同盟中央本部),*李仁夏(民族差別と闘う全国連絡協議会),稲田忠義(日本教職員組合),事務局長に浅野隆広(部落解放同盟中央本部)が就任,加盟26団体で〈政府を中心にして,国連決議を踏まえた国際識字年の取り組みの積極的推進と,10カ年の行動計画の策定を要請する〉などの活動計画を決定,90年1月17日付で首相あてに〈国際識字年の取り組みを求める要請書〉を提出している。これらの動きは,国際識字年推進大阪連絡会(1989.8.26結成)など,部落解放運動を中心に,各地で*夜間中学校,在日韓国・朝鮮人の識字学校,日本語読み書き教室など*識字運動のネットワークづくりに大きなインパクトを与えた。

→*識字運動

参考文献

  • 元木健・内山一雄『識字運動とは』改訂版(解放出版社,1992)
  • 日本社会教育学会編『国際識字10年と日本の識字問題』(東洋館出版社,1991)
(内山一雄)

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Last-modified: 2015-12-03 (木) 21:09:40 (1354d)