国際人権【こくさいじんけん】

 人権の国際的保障の問題は,経験的に,第2次大戦における人権侵害(ナチス・ドイツによるユダヤ人迫害や,日本による南京大虐殺などに典型的にみられる)が契機となって生まれたものであり,国際連合憲章以前の国際法は,<人間の基本的権利><不可譲の権利>,または<自然権>としばしば表現されるものを認めていなかった。このことは内外の多くの国際法学者が指摘するところである。言い換えれば,人権の国際的保障の必要は,人権の国内的保障、つまり憲法的保障だけでは十分でないという大戦の経験に基づいている。したがって,人権の国際的保障の意義は,少数民族や先住民族の保護,難民の保護,人道的労働条件の設定などについて国際基準を強めるだけでなく,伝統的な外国人・内国民という分類に基づく保護を止揚して,国内の自国民および外国人などその他すべての個人の人権を保護する国際法上の義務を負うという点にある。

 伝統的分類のうえに立てば自国内の国民の人権の保障を主眼目とするが,戦後の人権保障の特色は,外国人・内国民という区別をやめ,すべて<人間>として取り扱おうとする。国際連盟による少数者保護が,人権の内容においても,また適用される地域においても限定的であったのに対し,戦後の国際的保障は,双方において一般的となった。その意味で,戦前が部分的人権保障または少数者保護の時代と位置づけられるのに対し,第2次大戦後は一般的人権保障または基本的人権保障の時代として位置づけることができるであろう。

 人権の国際的保障は,人権保障の担保を,一国の国内法制とその価値・思想の担い手たる国民の監視とにまかせることをせず,これを積極的に国際連帯のもとにおいた。また,人権と平和とは密接不可分な関係にあることが認識され,人権保障は諸国に共通の,国際関係の基本的なものと考えられるようになったのである。そこで,人権の国際的保障は,人権の国際標準設定の意味と,国家的保障の国際的チェックの意味をもつことになる。1948年の*世界人権宣言,66年の*国際人権規約を中心に,地域的には50年の*ヨーロッパ人権条約,69年の*米州人権条約,81年の*バンジュール憲章(アフリカ人権憲章)など,世界的には,65年の*人種差別撤廃条約,79年の*女性差別撤廃条約などの人権諸条約のほか,*ILO*ユネスコが採択した人権文書など,人権関係諸条約によって,人権の国際的保障は飛躍的に確保され発展している。

(芹田健太郎、金 東勲)

トップ   差分 リロード   一覧 単語検索 最終更新   ヘルプ   最終更新のRSS
Last-modified: 2015-12-03 (木) 21:09:40 (1300d)