国際人権基準【こくさいじんけんきじゅん】

 第2次大戦後、諸国が守るべき人権基準を国際的に設定し、これを国際レベルと国内レベルの双方で実現する国際的人権保障(国際人権)制度が飛躍的に発展した。この制度の人権基準が〈国際人権基準〉と呼ばれる。

 1948年12月に国連総会で採択された*世界人権宣言【せかいじんけんせんげん】がその出発点である。この宣言で市民・政治的権利(自由権)と経済・社会・文化的権利(*社会権)の国際基準が初めて示された。66年には社会権規約・自由権規約・自由権規約第1選択議定書からなる*国際人権規約【こくさいじんけんきやく】が採択された。また、*人種差別撤廃条約(1965)、*アパルトヘイト禁止条約(1973)、*女性差別撤廃条約(1979)などが世界人権宣言2条の〈非差別原則〉の内容を具体化した。さらに、*ジェノサイド条約(1948)、*拷問等禁止条約(1984)、*難民条約(1951)、*子どもの権利条約(1989)などの人権条約も相次いで成立。こうして、国際人権基準は宣言から諸国を法的に拘束する条約へ、一般的規定から個別具体的規定へと発展しつつある。なお、国際人権基準は*ILO*ユネスコなどの専門機関による条約や、*ヨーロッパ人権条約*米州人権条約、アフリカ人権憲章(*バンジュール憲章)などの地域的人権条約によっても設定されている。また、〈国連被拘禁者処遇最低基準規則〉のように、国連総会が採択する決議によっても国際人権基準は形成されつつある。

 国際人権基準は本来世界のどこでも妥当する普遍的な基準であるが、93年のウィーンでの世界人権会議前後から、この基準の普遍性を疑問視する議論が盛んになった。しかし、同会議で採択された*ウィーン宣言は、人権の不可分性(自由権と社会権は密接不可分で、相互に優先関係はないこと)、非選択性(政府は国際人権基準を政治的な都合で選択的に適用してはならないこと)とともに、妥協的な表現ながらも、国際人権基準の普遍性を承認した。

参考文献

  • 阿部浩己・今井直『テキストブック国際人権法』(日本評論社、1996)
  • 山崎公士『国際人権 知る・調べる・考える』(解放出版社、1997)
(山崎公士)

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Last-modified: 2015-12-03 (木) 21:09:41 (1354d)