国際連合【こくさいれんごう】 the United Nations

〈国連結成の意義〉

 現在存在している唯一の普遍的な国家間機構。第2次大戦中の1945年6月26日に,サンフランシスコに集まっていた連合国の代表たちが国連憲章【こくれんけんしょう】に署名したときに生まれたもので,当時の国際社会の平和と人権への強い関心によって支えられているという特徴を備えている。平和について,憲章の前文の中に,〈われらの一生のうちに二度までも言語に絶する悲哀を人類に与えた戦争の惨害から将来の世代を救い,基本的人権と人間の尊厳及び価値と男女及び大小各国の同権とに関する信念をあらためて確認…〉と記されている。しかし今日も平和への関心は,国家の力に依存することによる国際平和と安全保障の体制をつくる形をとっている。そのために,大国一致の原則に基づく安全保障理事会,集団的自衛権原則を認めたうえでの〈平和に対する脅威,平和の破壊及び侵略行為〉に対する共同行動を,紛争の平和的解決とともに想定している。一方,人権への関心は,〈人権の無視および軽侮が,人類の良心を踏みにじった野蛮行為をもたらし〉(世界人権宣言・前文)た第2次大戦のきっかけとなった、ファシズムによる人種主義に基づく*ジェノサイド(大量殺戮)への反省に基づいている。その意味で,差別や人種主義と闘う姿勢をもつ国際機構である。人権問題についても人権委員会を中心とする小委員会,特別報告者,作業部会の制度の確立は,国連を単なる国家間機関でなく国際市民社会に開かれた機関にしている。

〈冷戦後の国連〉

 国連は,1950年代から80年代にかけての東西冷戦のなかで,とくに総会において,新国際経済秩序・発展権などをめぐる南北国家間の対話の場となり,また開発・環境・人権問題については,*NGO(非政府組織=民間運動)の発言と提案活動の機会を提供するようになっていった。冷戦中,安全保障理事会が米ソ両国の拒否権の行使によって機能停止したことが,総会における南の中小諸国の活躍をもたらし,またNGOも参加して地球的諸問題を討議する特別総会の制度の確立を可能にした。このようにして,冷戦中の国連は,内側では開発途上諸国,外側からはNGOの支持を得て,米ソ両ブロックの対立を外れた諸問題に対処することになったが,その結果,先進工業諸大国の国連離れが起こった。たとえば,米英両国のユネスコからの脱退(1984・85)はこの傾向を象徴する事態だったといえよう。

 80年代の冷戦終了以降,二つの新傾向が現れている。まず,先に触れた安保理事会での拒否権合戦がソ連の崩壊によって消滅した結果,米国を中心とする同理事会の活動が自由に行なわれるようになり,同理事会を中心にした国連の平和維持・平和強制の活動が,開発途上諸国ないしは旧社会主義圏諸国の紛争に対して進められるようになった。しかし,最初に取り上げたケースでは,ソマリア紛争(1992〜95)の解決ができないまま米国軍に犠牲者が出てしまい,その後取り上げた旧ユーゴスラビア紛争(1991〜95)では,軍事介入を回避した結果,介入の指導権を北大西洋条約機構(NATO)に奪われるなどしたため,最初国連を利用することに関心を示していた米国も,再び国連離れに戻ってしまった。その分担金の不払い問題は,今日に至るまで,国連の正常な活動を不可能にしている。

 一方,地球的諸課題に関する一連の会議が開かれ,NGOの協力のもとで,国連加盟諸国がこれらの問題について協力してあたる体制づくりが進められた。環境問題については92年にリオデジャネイロで環境サミット,人権問題については93年にウィーンで*世界人権会議【せかいじんけんかいぎ】,社会開発問題については94年6月にコペンハーゲンで社会開発サミット,人口問題については同年9月にカイロで世界人口会議【せかいじんこうかいぎ】,ジェンダー問題については95年に北京で第4回世界女性会議【せかいじょせいかいぎ】が,居住問題については96年にイスタンブールでいわゆるハビタット(*HABITAT)兇開かれた。これらの諸会議では,政府間の本会議に並行して,世界中の市民運動が集まってNGOフォーラムが開かれて国際市民社会の意見を政府間会議に反映させようとロビー活動を展開した。そして,各会議は取り上げている問題の解決について,国連加盟諸国が自ら担おうとする責任を明確にする行動計画が採択された。この一連の会議によって,国連は,NGOコミュニティという国際市民社会の圧力のもとで,地球的な諸課題に対処する加盟諸国間の合意を形成する役割を果たしている。

〈人権保障と国連〉

 国連は,このように,加盟諸国の国益の調整機関であることに満足する立場から,次第に市民社会との協力のなかで人道と人権を保障する役割を重視する機関としての側面を強調するようになっている。このことは,コフィー・アナン事務総長が97年7月に公表した国連改革に関する報告書からも読みとれる。たとえば,平和と安全保障関係について,平和維持活動の強化のなかでも,紛争後の平和建設能力,また人道上のニーズに応える能力の強化を重視する一方,地球環境・海洋・大気圏・宇宙など共有領域における集団的信託統治についての加盟国間の合意形成の場として,有名無実の存在になっていた信託統治理事会を活用し,国連と市民社会とを結びつけようとしている。さらに,〈持続可能な開発〉を優先課題とするとともに,人権を国連の四つの活動分野,平和と安全保障,経済・社会問題,開発協力および人道問題のすべてに関係するとして,あらゆる国連活動の人権的側面についての人権高等弁務官が指導する権限をあたえようとしている。

 このようにして,その活動に制約を加えようとし国連を軽視する米国など先進工業諸国や,その覇権的国連支配を嫌う開発途上諸国の妨害に抗して,国連が市民社会と連携して人権の伸長のために貢献しうる可能性を大切にする必要があろう。

(武者小路公秀)
国連が中心となって作成した人権関係諸条約

添付ファイル: filekokusai_rengou.jpg 1052件 [詳細]

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Last-modified: 2015-12-03 (木) 21:09:41 (1388d)