差別表現【さべつひょうげん】

 言葉・文字をはじめ表情,身ぶり手ぶりなど一切の差別的言動を含む。*差別語は,言葉・文字の単語である場合が多いが,男尊女卑・身分上下の社会意識がなお根強いこの国にあっては,文章あるいは,もののたとえとしての形容詞の形で差別表現が行なわれる。単語としての差別語が文中に使われていても,文脈として読みとれば,差別表現ではないことがある。逆に差別語がまったく使われていなくても,差別表現となる場合もある。

 1922年(大正11)3月3日,京都・岡崎公会堂で発せられた全国水平社の創立宣言は,<全国に散在する吾が特殊部落民よ団結せよ><吾々がエタである事を誇り得る時が来たのだ>と<特殊部落民><エタ>の差別語をむしろ逆手にとって決然たる人権宣言としている。その一方で,<兄弟よ>という呼びかけや<男らしき産業的殉教者>という表現もあり,現代の女性から疑問が呈されている。

 69年(昭和44)に大阪で起きた*矢田教育差別事件【やたきょういくさべつじけん】の発端は,差別表現と差別の意図ということを考えるうえで大きな問題提起であった。教職員組合の役員立候補のあいさつ状などに<労働時間は守られていますか。…同和のことなどで,どうしても遅くなること…はあきらめなければならないのでしょうか>という問いかけである。同和という言葉は昭和天皇の詔書の中で<同胞一和>として使われた官製のものだが,同和行政,同和教育,同和対策審議会答申などのように一般的に広く使われており,言葉自体に問題はない。しかし,同和のこと→遅くなる→あきらめ…という文脈は,労働組合として長時間労働をはね返す増員要求や行政の締めつけに対峙しておらず,同和教育に矛先を向けた意図が透けて見えてくる。差別語を使わずとも,文脈から差別表現といえる一例である。

 93年(平成5)の作家・筒井康隆の断筆宣言【つついやすたかのだんぴつせんげん】(『断筆宣言への軌跡』光文社,1993)は,差別表現をめぐる問題に一石を投じた。てんかんに関する記述のある作品「無人警察」を角川版高校現代国語教科書に掲載する件について,日本てんかん協会の抗議に端を発した〈てんかん差別〉の問題は,<言葉狩りに対するジャーナリズムの思想的脆弱性>の攻撃に論点がずらされ,<差別表現糾弾への抗議>という展開となった。

 『週刊文春』は94年2月から3月にかけて「言葉狩りと差別」を連載した。そこにはマスメディア側が社内用に作った*言い換え集【いいかえしゅう】および禁句集が例示されている。言われた側の立場に立って,痛み,悲しみ,憤りを思いやることは,最少限度の配慮として望ましいが,言葉の言い換えをいくら繰り返しても,差別の実態が撤廃されないかぎり,それはきわめて安易なすりかえにすぎない。*表現の自由【ひょうげんのじゆう】は,権力の抑圧に抗しての人権である。意図的な差別の言動は,守るべき自由の外である。被差別者は抗議し抵抗する権利をもつ。

*差別語

参考文献

  • 部落解放同盟中央本部編『差別表現と糾弾』(解放出版社,1988)
  • 部落解放研究所編『差別と人権』(同前,1995)
  • 田宮武『マスコミと差別表現論』(明石書店,1995)

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Last-modified: 2015-12-03 (木) 21:09:42 (1468d)