子どもの人権【こどものじんけん】

[子どもの人権とは]

 人権は,人間が,だれしもかけがえのない価値と尊厳を持つ存在であることを前提とする。子どもも独立した人格を持つ一人の人間として,人権の主体である。他方で,子どもは発達可能態として,主に成長・発達にかかわる子ども固有の権利保障が必要になる。これら両方を含めて子どもの権利をとらえ保障していくことが肝要である。

 人権は与えられるものではなく獲得するものであり,その正当性が歴史的に確認されているものである。人権は立法や政策の基礎になるものであり,人々がそれらを要求していく根拠になる。そして,人権が侵害されたときには,裁判による救済を含め法的救済を受けられることになる。人権の主張や行使は<わがまま>とも<身勝手な行動>とも違うのである。このことは子どもの権利にも当然あてはまるのであって、上記のような権利観を確立することが重要になっている。

 日本では,1980年代半ばになって学校や家庭などで子どもの尊厳や市民的権利が侵害される事態が表面化し,子どもの人権問題が一気にクローズアップされた。国際的には,ユニセフが<静かな緊急事態>というほど深刻な子どもの状況や,欧米での<子どもの権利運動>などを背景に,国連で<子どもの権利条約>が制定され,子どもの権利保障を加速した。

〈子どもの権利条約の理念と内容〉

 1989年(平成1)11月に国連総会で採択された<*子どもの権利条約【こどものけんりじょうやく】>は,日本では94年5月に批准された。外務省訳では〈児童の権利に関する条約〉。

 条約は一般原則として,あらゆる差別の禁止(2条),子どもの最善の利益確保(3条),生命・生存・発達への権利(6条),意見の尊重(12条)を定め,そのうえで表現・思想の自由やプライバシーの保護などの市民的権利(13−17条など),子どものケアや家庭環境の権利(7−11、18−21条など),福祉や教育・文化の権利(24−31条)、法に抵触した子どもの権利(37、40条),難民の子どもや障害を持つ子どもの権利(22、23条)など,子どもが一人の人間として自立していくうえで必要な権利のほとんどを規定している。

 条約は,<心身ともに発達途上にあるから>という理由で子どもの市民的権利を制限することを認めていない。これらの権利を制限することは,子どもの成長や自立を妨げることであると考えている。条約はまた,<子どものためだから>といって,子どもにかかわることをおとなが勝手に決めて行動することも認めていない。子どもの意見を聞き,それを尊重しながら,その子どもにとって最善のものは何かを見つけ出し行動することが求められている。

 条約の要請に従って,日本での実施と普及をしようとすれば,いわゆる日本人の子ども(被差別部落の子ども,障害を持つ子どもなどマイノリティの視点が肝要),日本社会に生活する他民族・他国籍・無国籍の子ども,そして世界の子どもたち,それぞれの権利保障のために何をすべきか,という視点が大切である。また、子どもは法律・行政あるいは実際の権利保障の場面において、もっぱら保護の対象にされていたが、今後は子どもの実際の権利行使を保障していく法律・制度・行政などの整備あるいは権利行使能力形成のための啓発・教育などが求められている。その際、大人の社会のあり方や大人の人権保障状況が問われるし、大人の権利との〈衝突〉の問題、とりわけ子どもの権利の担い手たる親の監護・養育権や教師の教育権のあり方などが子どもの権利という視点から再検討されることになろう。

(荒牧重人)

[日本の子どもの人権状況]

 日本において子どもの人権が深刻な社会問題として注目されたのは,岐阜県岐陽高校の体罰事件や東京都中野区富士見中の*いじめ事件などが生じた1980年代の半ばである。その際,<子どもの人権>という考え方が強調され,とくに学校における子どもの人権を守る取り組みがなされた。最近子どもが引き起こす衝撃的な事件が相次いで起こり,子どもをめぐる状況が改めて社会問題になっている。1994年(平成6)の愛知県西尾市でのいじめ自殺事件,97年の神戸市での中学生による小学生連続殺傷事件,98年の栃木県での中学生による教師ナイフ刺殺事件など、とくに中学生による事件が発生している。また,文部省の統計(1997年度)によれば,ここ10年ほど校内暴力が増え続け,*不登校・登校拒否(年間30日以上の欠席者)も小・中高生合わせて約10万5000人と増加の一途にある。<普通の子>が突然<むかつき><キレて>凶暴になり,<新たな荒れ>のなかで<学級崩壊>が進行しているといわれる。さらに家庭においては,身体的,精神的,性的虐待や放任などが増加している。警視庁のまとめ(1997年度)では,殺人・強盗など凶悪犯罪で摘発された14歳以上20歳未満の子どもが急増し,覚せい剤や<援助交際>による中・高生の摘発数も増えている。また、被差別部落出身者,婚外子,アイヌ民族,在日コリアン,ニューカマーズ,あるいは障害を持つ子ども,女性などに対する差別の撤廃と*アイデンティティの確立という課題も依然としてある。

 このような事態に際して,行政は学校内への警察の立ち入りなど,管理的かつ対症療法的な対応をとろうとしている。また,少年法の改正問題も浮上し,検察官の審判関与や子どもの身柄拘束期間延長などを盛り込んだ〈少年法の一部を改正する法律案〉が国会に提出されている。さらに,マスコミなどを通して<子どもの人権バッシング>ともいえる現象も起こっており、厳罰主義や子ども世代に対する不信感をあおっている。他方で、国レベルでも例えば文部省が24時間の子ども電話相談の設置にむけて動き出すなど、子どもの権利救済に取り組み始めている。

(荒牧重人)

[被差別部落の子どもの人権]

 子どもの権利という観点から、被差別部落の子どもについては次のように指摘できる。〈生存の権利〉については、この数十年の間に大きな前進がみられる。環境改善以前の被差別部落においては、乳幼児死亡率が高かった。住環境の改善が進み、保育所などの施設が整えられたことによって、この面での状況は大幅に改善された。〈発達の権利〉についてもある程度の改善がみられるものの、*学力や*進学率など、現在でも大きな格差がみられる。

 たとえば大学進学率は、1996年(平成8)の場合、全国では35%であるのに対して、同和地区では17%にとどまっている。〈保護される権利〉については、部落問題に限らず、虐待問題などについて政府が全般的な状況に関する十分な調査・統計を行なっていないため、比較が不可能である。〈参加の権利〉については、同和教育における*生活綴方や集団づくり、*子ども会の設立など、部落解放運動では早くからその保障に努めてきた。その精神が現在どれほど生かされているかを改めて点検する必要があろう。いずれにせよ、〈子どもの権利条約〉の視点をもって部落の子どもたちの実態をとらえようとする努力は十分ではない。(森 実)

[日本における課題]

 〈子どもの権利条約〉は、批准後2年以内に1回、以後5年に1回国内の子どもの権利実態とその改善状況について国連子ども権利委員会に報告すべきことを定めている。日本政府もその規定に従って第1回報告を行なった。国連・子どもの権利委員会は、日本の第1回締約国報告書の審査や<総括所見>(1998年5〜6月)において,日本の子どもの人権状況について<懸念>を表明し<勧告>をしている。たとえば,マイノリティの子どもに対するさまざまな差別を問題にし,法的措置を含めた差別解消のための取り組みを求めた。

 とくに民族学校を卒業した在日コリアンの国立学校受験資格制度,婚外子差別,障害を持った子どもの隔離などは法的・制度的な差別であり,早急な対応が必要になる。子どもへの暴力や虐待をクローズアップし,とくに体罰・いじめをはじめとする学校における暴力と性的搾取について包括的な計画の策定・実施を具体的に勧告した。子どもの心身の健康に悪影響を及ぼしている競争主義的教育制度の現状を懸念し,その見直しも求めている。

 こうしたなかで,複雑で多様な子どもをめぐる状況を<子どもの人権>という観点から検討し,子どもの権利条約などを基準にして子どもの尊厳とアイデンティティの確立,子どもの人権を保障していこうとする市民・NGOの取り組みも増えてきている。CAP(子どもに対する暴力防止プログラム【こどもにたいするぼうりょくぼうしぷろぐらむ】)の取り組みや参加型学習による子どもの権利行使能力の形成などもすすめられている。自治体レベルでも,川崎市が総合的な<子どもの権利条例>づくりに取り組み,兵庫県川西市が条例で<子どもの権利オンブズパーソン>による救済制度を導入している。  また、子どもの意見表明・参加の点では、滋賀県近江八幡市での遊び場づくり、東京都杉並区の児童青少年センターづくり、あるいは東京都町田市の〈子ども憲章〉づくりなど、いくつかの場面で取り組みが進展している。(荒牧重人)

[第三世界の子どもの人権]

<子どもの権利に関する条約>の国連採択を受けて,1990年にアメリカ・ニューヨークで<子どものための世界サミット>が開催され,そこで採択された<1990年代における子どもの生存,保護および発達に関する世界宣言>および同宣言の実施のための行動計画に基づいて取り組みが進められてきたものの,第三世界の子どもたちは依然として困難な状況におかれたままである。

 第1に,飢餓,栄養不良,衛生的な環境や安全な水の欠如といった要因により,子どもたちの生存や発達が深刻に脅かされている。ユニセフ(国連児童基金)は『世界子供白書』(1998年版)で栄養不良を特集し,開発途上国では5歳未満児2億人以上が栄養不良にかかっているなどとして,これを<静かな緊急事態>と位置づけた。

 第2に,膨大な数の子どもたちが、さまざまな形態の搾取にさらされている。ユニセフ等によれば,有害で搾取的な労働に携わっている子どもは世界で約2億5000万人を下らない。このような子どもには,いわゆるストリート・チルドレン(路上で暮らし,かつ,または働いている子ども)も含まれる。子ども買春や子どもポルノグラフィーといった性的搾取,あるいはそれを目的とした人身売買の犠牲になっている子どもも少なくない。

 第3に,武力紛争によって深刻な影響を被る子どもたちがいまなお多数存在する。紛争によって子ども自身や家族が心身両面で傷を負ったり,国内避難民や難民になることを余儀なくされたりするほか,15歳未満であるにもかかわらず兵士として利用されている子ども(チャイルド・ソルジャー)は約20万人に上ると推定されている。

 第4に,子どもに対するさまざまな差別がいまなお十分なかたちで解決されていない。被差別カースト出身の子ども,先住民や民族的・言語的マイノリティに属する子ども,女子,障害をもった子ども,HIV・エイズの影響を受けている子どもなどが,とくに差別の対象になりやすいグループである。女子に対する女性器切除(FGM:female genital mutilation)をはじめとして,こうした子どもたちを対象とした有害慣行も依然はびこっている。

 こうしたさまざまな問題の重要な背景の一つに貧困や低開発という要因があることは歴然としているが,それを理由にこうした問題の解決を後回しにすることは許されない。 多くの問題は,すでに存在する資源を適切に配分すること,法律を厳密に実施することなどによってかなりの程度解決が可能だからである。

 ただし,このことは,国際協力の重要性をいささかも減ずるものではない。<子どもの権利に関する条約>も強調するように,さまざまな分野で効果的な国際協力を推進していくことが必要である。とりわけ,子どものための基本的サービスである保健,教育,生活水準といった社会部門での多国間・二国間援助にいっそうの努力が傾注されなければならない。児童労働,武力紛争,性的搾取などについては法的拘束力を持った新たな国際基準も起草されているところであり,そうした作業への積極的な貢献も重要な国際協力の一つである。

(平野裕二)

参考文献

  • S.ファウンテン『わたしの権利,みんなの権利』(ユニセフ,1993)
  • 永井憲一他編『解説 子どもの権利条約』第2版(日本評論社,1994)
  • 鈴木祥蔵他編『おとなのための子どもの権利条約』(解放出版社,1996)
  • 日本弁護士連合会編『子どもの権利マニュアル』(こうち書房,1995)
  • 子どもの人権連・反差別国際運動日本委員会編『子どもの権利条約 日本の課題95』(労働教育センター,1998)
  • 同『子どもの権利条約のこれから』(エイデル研究所,1999)
  • 子どもの権利条約フォーラム編『検証 子どもの権利条約』(日本評論社,1997)
  • 日本子どもを守る会『子ども白書』各年版(草土文化)
  • ユニセフ『世界子供白書』『国々の前進』各年版/ロン・オグレディ『アジアの子どもと買春』(エクパット・ジャパン監修、京都YMCAアプト訳、明石書店、1993)
  • 同『アジアの子どもとセックスツーリスト』(同前、1995)
  • 初岡昌一郎編『児童労働』(日本評論社、1997)

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Last-modified: 2015-12-03 (木) 21:09:43 (1358d)