自決権【じけつけん】

 第1次大戦の戦後処理過程における米国大統領W.ウィルソンおよびソビエト革命(1917)後のレーニンによって提唱された<自決>は,少数民族もしくは弱少民族がその政治的地位を自己の意思によって決定できるとする政治的原則として主張され,理解された。そして,第2次大戦後も国連憲章において<人民の同権及び自決の原則の尊重に基礎をおく諸国間の友好関係を発展させること>(1条2項)を国連の目的としているが,ここでの<自決>は政治的原則にとどまっている。

 第2次大戦後、国連が進めた非植民地化の過程で,植民地主義【しょくみんちしゅぎ】を違法とし,植民地の独立を合法化した<自決>は,すべての人民が享有する法的権利へと発展した。この発展を確実にしたのは,1960年12月14日国連総会において採択された〈植民地独立付与宣言【しょくみんちどくりつふよせんげん】〉である。<宣言>は植民地主義を違法であると断定し,<すべての人民は,自決の権利を有する。この権利に基づき,すべての人民は,その政治的地位を自由に決定し並びにその経済的,社会的及び文化的発展を自由に追求する>とうたった。さらに,こうした<自決>の権利は,*国際人権規約のA・B両規約ともに,その1条において規定され,<自決>はすべての人民に帰属する集団的権利として確立した。

 非植民地化の過程で法的な権利へと発展した<自決>は,政治的自決という歴史的内容に加えて,経済的,社会的および文化的発展を自由に追求する権利を包含するようになった。つまり,経済的自決および文化的自決を含み,人民が政治的に独立または自治を達成する権利だけでなく,天然資源の利用または自己の文化を発展させる権利にまでその範囲を広げた。そして,人民の主権に基づく民主主義の発展を国際法的に支える内的自決権として確立させるとともに,先住民族【せんじゅうみんぞく】と少数民族【しょうすうみんぞく】の政治的文化的発展を支える権利として発展させることが今後の課題である。

(金 東勲)

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Last-modified: 2015-12-03 (木) 21:09:44 (1295d)