寿町【ことぶきちょう】

 横浜市内にある*ドヤ街。大阪の*釜ヶ崎,東京の*山谷と並び,日本三大*寄せ場の一つとされる。横浜港開港後,調整池の埋め立てによって造成された地域が戦災で焼け野原となり,朝鮮戦争(1950〜53)や高度経済成長を背景に在日朝鮮人の資本投下でドヤ街が作られ,生活の場と労働市場がリンクした寄せ場<寿町>が生まれた。

 現在,250m四方に約100軒の簡易宿泊所があり,階層的には,現役層,不安定就労層,生活保護層,窮乏層,外国人層などが挙げられ,約6700人強が居住している。ここ数年の傾向としては,<市民社会の下層>からの流入者の増加と外国人層が定着しつつあることが挙げられる。とりわけ顕著なのが,仕事のない窮乏層の増大による生活保護受給者の増加と高齢化である。 生活保護受給者は1992年(平成4)の2600人が,99年には5200人へと倍増。60歳以上人口は98年現在,6700人強のうち2200人強を占めているが,このままいけば5年後には3200人を突破する勢いである。

 寄せ場<寿町>とは,重層的下請け構造のもとでの日雇い労働力の貯水池であり,選別雇用に基づく使い捨て,切り捨ての結果,<アブレ(失業)地獄→劣悪なる労働現場→福祉(切り捨て)→野宿(アオカン)→精神病院→監獄→寄せ場→無縁仏>といった連鎖で,黙って〈野垂れ死に〉を強制されている。

 同様に<市民社会防衛思想>に基づく階級支配としての地域的な保安処分施設機能としてのみ存在が認められ,かつ治安的には<何をするかわからない>という偏見・差別のもとで,〈むき出しの暴力〉が必然化される街である。

 これらの問題に等身大で向き合おうと,識字学級,学童保育,寿医療班,福祉作業所,老人クラブ,寿地区住民懇談会,労働組合,アルクディアセンター(アルコール依存症の人たちをケアする場),*野宿者との共生を求めるパトロール,外国人との連帯を求めるカラバオの会,年末年始の越冬闘争,盆の夏祭り,無縁仏を供養する千秋の丘など,<寿町>にはさまざまな運動体がある。他の寄せ場と比較して子ども,女性,障害者,高齢者等が大事にされること,ドヤが狭い地域に集中し,日常的なネットワークがあることなどにより,地域運動として生活や運動を展開できるのが,<寿町>の特徴といえる。

参考文献

  • 横浜市中区役所『寿のまち――寿地区の概況』(1995)
  • 青木秀男「都市下層の構造と動態――横浜・寿地区を事例として」(『日本都市社会学年報』14号、1996)
  • 同編著『場所をあけろ・――寄せ場/ホームレスの社会学』(松籟社、1999)
(鹿児島正明)

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Last-modified: 2015-12-03 (木) 21:09:46 (1468d)