神戸市【こうべし】

 神戸市内の部落は29地区が確認されるが,*同和対策事業の対象地区は26地区となっている。1981年(昭和56)の神戸市住民生活総合調査によると,同和地区に居住している世帯数は1万0414世帯,人口は3万0663人,91年(平成3)の同調査では,世帯数は9650世帯,人口は2万4311人となっており,世帯数,人口とも減少している。

 戦後の神戸市の部落に対する施策は,49年に番町地区改善対策委員会を県,地元とともに発足させて以降,順次取り組まれてきた。52年に番町地区,57年に生田川地区などで住宅建設に着手,54年には,生田川地区に厚生館を建設,60年代に入って,上池、生田川、住吉の各地区で厚生館が建設された。

 69年に*同和対策事業特別措置法が制定されて以降,神戸市は70年に同和対策室を設置,翌71年に同和地区実態調査を実施し,72年に同和対策協議会を発足させ,その答申を受けて73年8月,〈同和対策事業長期計画〉を策定。これにより,住宅対策,道路整備などの環境改善,市街地域での厚生館,農村地域での集会所の建設などに取り組んだ。その後,神戸市の施策は,国の法律が同対法の3年延長を経て,地対法,地対財特法と変遷するなかで,〈神戸市同和対策事業長期計画(公共施設等整備計画)見直し年度別整備計画〉(1979-81年度),〈残事業整備計画〉(1982-86年度),〈確認残事業推進計画〉(1987-91年度)と移り変わる一方,79年3月には,〈個人給付的事業の今後の方向について〉を策定,個人施策の全面的な見直しを行なうとした。また,番町,都賀地区の環境整備に重点を置き,同時に住宅家賃の〈適正化〉,出産見舞金支給・就学援助特別措置・水洗化促進対策の廃止や諸事業の一般施策への移行の方向を打ち出した。

 さらに92年3月には,地対財特法の5年延長をにらんで,同対協答申〈今後の同和行政のあり方について〉が出され,次いで96年12月には,同法の期限切れを控えて,〈平成9年度以後の同和行政のあり方について〉の答申が出されるが,ここでは,長期計画上の物的な残事業の早期完全実施をはかるとともに,個人給付的事業については〈必要な見直しを継続〉することとし,当面必要な事業については〈一般施策に移行又は廃止を目指し,激変緩和的な措置を講じながら実施すべきである〉としている。

 この間,95年1月17日に神戸市を直撃した*阪神・淡路大震災【はんしんあわじだいしんさい】では,生田川地区で2棟281戸,宇治川地区で1棟98戸,番町地区で6棟505戸の改良住宅が被害を受けた。そのため,同年3月,神戸市同和地区復興検討委員会より神戸市に対して〈既設改良住宅の解体・撤去に伴う居住先確保に関する緊急提言〉が出され,次いで5月には,〈震災後の住宅の緊急確保に関する提言〉が出され,住宅の緊急確保対策として,応急仮設住宅の建設,自力による住宅確保の促進,既設改良住宅等の復旧・建て替え,改良住宅建設事業の継続実施の提言とともに,〈協働によるまちづくりの推進〉に関して,まちづくり協議会の結成,まちづくりへの支援,生活文化会館の役割についての提言が行なわれた。

(小林 茂,安保則夫)

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Last-modified: 2015-12-03 (木) 21:09:47 (1294d)