人種差別【じんしゅさべつ】

 〈人種差別〉について考えるには,まず〈人種〉と〈差別〉という基本的な概念について検討しておかねばならない。さらに論を進めるためには,〈*偏見【へんけん】〉という概念も検討しておく必要がある。なぜなら,〈差別〉と〈偏見〉とは深く関連しているからである。

 〈人種〉を英語ではraceという。〈レース〉という言葉には、\己学的定義,◆區洋燹啻竿未鮖悗考冕 きナチが鼓吹したような(ユダヤ)〈民族〉という意味,ぜ匆餡奮惻圓忙抻されている概念規定が含まれる。社会科学者は〈人種〉を社会的定義の一つだという。これは生物学的定義のように〈人種〉を固定して考えない点に特色がある。つまり〈人種〉の定義は社会によって変わる。また同一社会でも時間の経過に伴って修正される。〈人種〉の概念は流動的なのである。一例を挙げると,米国では〈黒人【こくじん】〉を生物学的定義では規定していない。たとえ肌の色は白くても,一滴でも黒人の血が混じっている人は〈黒人〉とされた。第2次世界大戦前の南部では,〈白人の仕事〉に〈肌の白い黒人〉が従事したらリンチによって虐殺された。戦後,黒人の社会的地位は向上した。現在では,白人と黒人とは同じ職場で働いている。ちなみに,今日,生物学者でさえ〈人種は科学的に定義できない〉という見解に落ちついている。

 では,現在の世界で,白人は黒人を対等な人間と考えているのだろうか。けっしてそうではない。以下は調査に基づく報告の多い米国を例にとる。このことは,米国だけに人種的偏見や差別が存在するという意味ではけっしてない。社会的経済的な次元を問題にするかぎり,米国では戦前に比べて黒人をより平等に扱うようになった。たとえば,同一労働に対する黒人の平均賃金は,戦前の米国では白人の約3分の1だった。戦後,ことに1960年代以降は,その格差が約3分の2に縮小した。だが完全に同等ではない。これは人種に基づく差別だから,〈人種差別〉である。

 〈差別【さべつ】〉という概念の定義はきわめて明快である。〈同一カテゴリーに属する人々を違うように扱う行為〉のことである。その〈同一カテゴリー〉が女性である場合は〈女性差別〉,外国人労働者である場合は〈外国人労働者差別〉,人種集団である場合は〈人種差別〉である,という具合である。ではどうして差別が生じるのか。この問いに対する答えは一つではない。だが,重要な要因の一つとして,差別する側の〈偏見〉を指摘するのは正鵠を射ているのである。そこで,〈偏見〉という概念の検討が迫られる。〈偏見〉を英語ではprejudiceという。〈プレ〉というのは〈前に〉〈以前から〉という意味の接頭語で,〈ジュディス〉というのは〈判断〉〈規定〉というような意味である。これを続けると,偏見という言葉は〈前からもっていた判断,あるいは思い込み〉というような意味になる。特定の人種(たとえば,白人の立場から見た〈黒人〉)に関して幼いときからもっている思い込みは〈人種的偏見〉ということになろう。

 上に紹介した差別と偏見の定義に特徴的なのは,いっさい〈評価〉を含んでいないということである。たとえば,〈恋人〉を特別扱いにするのは差別の一種であり,〈あばたもえくぼ〉という思い込みは偏見の一種である。つまり,差別にも偏見にも〈方向性〉がある。この方向を〈プラス〉と〈マイナス〉で表すなら,恋人に対する差別や偏見はプラスの方向をもつが,人種的差別や人種的偏見はつねにマイナスの方向をもつのである。

 では,差別と偏見とはどのように違い,どのように関連するのか。差別は〈行為〉である。それに対して,偏見は方向性をもった心の状態だから,〈態度〉である。ところで,周知のように人間の態度は簡単には変わらない。再び米国の黒人問題に例をとってみよう。戦前に比べて黒人の社会的経済的地位は向上した。すなわち,差別は少なくなった。そのぶん黒人に対する偏見は低減したのであろうか。そうではない。人種的差別を正当化しようとする人々は,人種間の知能の差を問題にする。70年代に,カリフォルニア大学のある心理学者は,自分が設計した心理学的実験データを足がかりに人種主義的な主張を掲げて物議を醸した。彼は,/祐屬涼稜修70%くらいは遺伝子によって規制され,⊃祐屬涼稜修録夕錣帆蟯悗垢襪伴臘イ靴燭里任△襦この事件は二つの意味で重要である。,海亮錣痢匕Φ罅咾剖發鯆鷆,垢訝賃里存在すること,△海亮錣亮臘イ後を絶たないことである。社会の底流には人種的偏見は存続しているのである。

 ここで二つの問題が浮上する。〈人種主義【じんしゅしゅぎ】racism〉とは何かという問題と,なぜ物議を醸したのかという問題である。以下,順を追って簡単に解説する。

 〈人種主義〉というのは,人種が異なると文化の水準,したがって人間としての価値が異なるという主張である。この考え方は,19世紀の半ばにダーウィンが『種の起源』を発表したとき,ただちに一部欧米の〈学者〉が進化論を人間に適用して白人優位を〈理論化〉したことに始まる。この理論は〈単一因子論mono-factor theory〉といわれ,科学的価値は認められていない。しかし素人にわかりやすいので,政治的経済的指導者によって,植民地支配の正当化と国内の労働運動の慰撫に利用された。

 なぜ〈人種主義〉が米国で物議を醸したのか。第2次大戦はナチの人種主義打倒のための戦いだった。それが戦後も国内で人種主義を実施するのは矛盾するからである。こうして米国には人種主義反対の社会的規範が成立した。そのため規範に抵触する主張は物議を醸すのである。結論として,偏見が存在しているにもかかわらず差別がかたちを潜める場合がありうるのである。

参考文献

  • 新保満『人種的差別と偏見』(岩波書店,1972)
  • 梅棹忠夫監修『世界民族問題事典』(平凡社,1995)
(新保 満)

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Last-modified: 2015-12-03 (木) 21:09:48 (1300d)