世界人権宣言【せかいじんけんせんげん】 Universal Declaration of Human Rights

 1948年12月10日,*国際連合【こくさいれんごう】第3回総会で採択され,すべての人民とすべての国とが達成すべき共通の基準として公布された宣言。

〈成立の経緯〉

 満州事変から戦中の日本における人権抑圧,とくに37年の南京大虐殺事件やナチス・ドイツの暴虐・ユダヤ人迫害などに対して,連合国は,米国大統領・ルーズベルトの〈四つの自由〉,大西洋憲章,連合国共同宣言において,対独・対日戦争の目的として民主主義の擁護とともに人権尊重を掲げた。戦中から連合国は戦後の平和維持機構の構想を練り,大戦末期の45年6月26日に国際連合憲章【こくさいれんごうけんしょう】に署名。国連の設立条約である国連憲章の人権保障に関する規定は一般的なものにとどまったため,国連経済社会理事会の下部機関として設置が予定されていた人権委員会【じんけんいいんかい】Commission on Human Rightsが,最初の仕事として,世界人権宣言草案を準備した。その過程で,資本主義諸国は自由権を強調し,社会主義諸国は社会権に力点をおくなど,人権の考え方をめぐって両陣営間に大きな対立があった。またサウジアラビアと南アフリカはきわめて保守的な態度をとった。結局,この2国と社会主義諸国は棄権し,世界人権宣言は,賛成48,反対0,棄権8で採択された。

〈宣言の内容と効力〉

 世界人権宣言は,前文のほか30カ条から成り,内容的に三つの部分に分けられる。第1は,人間の自由平等・無差別の原則を定める一般規定である。まず1条で,すべての人間が生まれながらにして自由であり,かつ尊厳と権利とについて平等であることを宣言。2条ではすべての人が人種・皮膚の色・性別・言語・宗教・政治上その他の意見・民族的または社会的出身・財産・門地その他の地位,またはこれに類するいかなる理由による差別をも受けることなく,人権を享有できると定める。第2は,具体的な人権を定めた実体規定で,生命・自由・身体の安全,奴隷の禁止,非人道的取り扱いの禁止,法の前の平等,プライバシーの保護,居住の自由,集会・結社の自由,参政権等の市民的・政治的権利のほか,社会保障,労働権,休息・休暇の権利,生活保障,教育権,文化生活に参加する権利等の経済的・社会的権利を定めている。第3は,宣言の定める権利・自由が完全に実現される社会的国際的秩序を享有する権利のほか,社会に対する義務、権利・自由に対する破壊的活動の禁止を定める一般規定である。

 世界人権宣言はこのように広範な人権を定めるが,あくまで国連総会の決議であり,法的拘束力はもたない。しかしこの宣言は,国家に対する単なる勧告以上の意味をもっており,各国の国内判決や憲法のほか,対日平和条約・*難民条約・ILO諸条約・*ヨーロッパ人権条約*米州人権条約など多くの条約で言及されており,国家に対してきわめて高い道義的拘束力をもっている。また宣言が保障する規定のほとんどは国際人権法を構成しており,<宣言は国際慣習法になっている>とする見解が支配的である。 資料編A-1

参考文献

  • 部落解放研究所編『世界人権宣言ってなに?』(解放出版社、1999)
  • アムネスティ・インターナショナル日本支部編『わたしの訳世界人権宣言』(明石書店、1993)
(芹田健太郎、金 東勲)

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Last-modified: 2015-12-03 (木) 21:09:49 (1417d)