同火共食【どうかきょうしょく】

 有史以前のアニミズムの時代から、太陽と火は同じ根源をもつ神聖なものと考えられ,火の神は日の神(太陽神)の分身とみなされていた。火はすべての物を焼き尽くす恐ろしい力を潜めているが、同時にまた日常生活に欠かせぬものであった。このような呪力=霊力をもった火を,共同体の守り神として祀る慣習は古い時代からみられた。家の炉や竃【かまど】を神聖視し,それを守護神として祓いや清めの行事が盛んに行なわれたのである。このような民間信仰の中から,穢れとされたものは火に近づけないという禁忌【きんき】が生まれたのである。

 共食【きょうしょく】の習慣は,その共同体の神々を祀る宮座に結集した、氏神と氏子による神人共食【しんじんきょうしょく】の行事から生まれた。血縁・地縁のある人々が祭りの日に集まり,神に食物と酒を捧げて,ハレ【はれ】の日を祝い共同体の結束を固める儀式を行なった。神前での共食は火を同じくすることを意味したから,身を清めて穢れた忌火を厳重に避け,縁のない他者の参会を禁じた。つまり同火共食をめぐって,清浄【せいじょう】と穢れ【けがれ】という二項対立が民俗行事のなかにはっきり表われていたのである。その根拠になったのは,*神道と仏教にみられた穢れ観念である。穢れは伝染するという誤った思想が広がり、被差別民との通婚【つうこん】を避けるとともに,同火共食の拒否が差別のもっともはっきりした指標として表われ、それが近世に入って、服忌令や宗門改における賤民の別帳化などを通じて広まっていった。その思想史的な起源の一つは、密教を通じてヒンドゥー教の穢れ観念が9世紀頃からこの列島に入ってきたことにあると考えられる。このようにして、異なる種姓(血筋・家柄)との同火同食を厳しく禁じたカースト制に類似した差別が、近代まで持ち越されたのであった。

*穢れ

参考文献

  • 柳田国男「火の昔」(『定本柳田国男全集』21巻、筑摩書房,1970)
  • 宮田登『ケガレの民俗誌』(人文書院、1996)
  • 沖浦和光・宮田登『ケガレ――差別思想の深層』(解放出版社、1999)
(沖浦和光)

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Last-modified: 2015-12-03 (木) 21:09:52 (1468d)