栃木県【とちぎけん】

[現状]

 1975年(昭和50)全国同和地区実態調査によると,部落数は32市町村に108,世帯数4429,人口2万0956人(男1万0316人,女1万0640人)。県南部に17市町村,86地区,4023世帯,1万9113人と,90%が集中している。なかでも小山市に29地区,1491世帯が集まっている。県央・県北では1市町村に1地区10世帯以下という状況にあり、厳しい差別のなかで孤立している。県内の部落は少数点在型で,100世帯以下がほとんど。規模的にも10-40世帯(46.3%)が中心で,100世帯以上は7地区(6.5%)にすぎない。多くは農村にあり,農地所有平均面積50aで第2種兼業,農業外収入は不安定雇用労働に依存している。親世代の学歴状況は同世代の10年前の状態にあり,子どもの教育環境に影響を与えている。部落外との結婚は若い年齢層ほど増加しており,1993年(平成5)調査では40歳未満で64.3%に達している。しかし,部落外からの流入はほとんどが女性で,県外からの流入が多く,同一市町村は極端に少ない。双方の親の合意のない場合なども多く,依然として差別の状況は存在している。

(和田献一)

[前近代]

 本県の部落の成立は,口碑伝承によると,近世以前に成立したものはわずかに2例にすぎず,そのほとんどは近世中期以後で,明治期に成立した例もかなりある。部落の立地は河川敷地や街道の出入り口などに多く,穢多頭浅草*弾左衛門の支配を受け,実質的には彼の配下である在方の長吏小頭が統率した。役目は牢番・仕置・掃除などがあった。佐野の長吏小頭太郎兵衛は在方小頭の筆頭小頭にあたり,支配地である職場は109カ村・捨て場174カ所で500人を超える長吏を支配した。また稼ぎ場といわれる場中は33カ村,斃牛馬捨て場52カ所をとりしきっている。主たる生業は斃牛馬取得権・勧進場権・農業経営・皮の剥ぎ取り・竹皮藁草履の生産・竹細工・足利地方の*筬【おさ】づくり・*砥【 と】石【いし】の製造販売・河川漁●などであったが,これらが生活を支えるに足りない所では小作農耕や雑業に頼った。太郎兵衛の佐野場では,上田・上畑を含め、ある程度の田畑を所有していたとする史料が存在している。なお文久年間(1861-64)の口粟野穢多家作一件書類【くちあわのえたかさくいっけんしょるい】は江戸期の部落差別とこれに対抗した部落民の姿をいかんなく伝えている。

(尾島利雄・和田献一)

[融和運動]

 町村を単位とする部落改善団体や融和団体は,壬生町,佐野町,水代村,旗川町などに組織されていた。27年(昭和2)下野昭和会【しもつけしょうわかい】がつくられた。会の組織は,会長には、知事,副会長には県学務課長があたり,事務局は県社会課内におき,県内の部落に影響力をもつ融和運動を展開した。実施した事業は,会報『社会と人生』【しゃかいとじんせい】の発刊,講習会,映画会を通しての教化・宣伝,融和事業団体への助成,育英奨励,補習教育,職業紹介,生産資金の貸し付け等である。昭和会では初期のころ,優良地方の視察などの申し出を行ない,県水平社幹部も取り込んだ施策を行なった。また,昭和期には,融和教育に力を入れ融和教育研究校などを指定して,修身教科書を中心に実践を行なった。41年翼賛運動のなかで*同和奉公会へ統合された。

(和田献一)

[解放運動]

 1923年(大正12)3月23日群馬県太田町で,*関東水平社創立大会が開催されたおり,帝国公道会の会員であった安蘇郡田沼町の*清水弥三郎【しみずやさぶろう】は70人の同志を集めて参加した。水平運動に感動した同志たちは運動の推進を決意。4月1日田沼町亀鶴座で関東水平社臨時大会を開催し,400人の参加をみたので,5月佐野,6月栃木町,岩舟村,小山町で演説会を開催したが,参加者は少なく盛り上がらなかった。8月5日県内の水平社創立を志す者が主催して全国水平社夏季大会を栃木町明治座で開き,全国より1000人を集めた。同時に県水平社創立大会とし,当面は清水弥三郎宅に事務所をおいて活動することとなる。県水平社の会員は約70人,委員長清水弥三郎,委員阪本茂吉【さかもとしげきち】,清水岩蔵【しみずいわぞう】らであった。各郡水平社は,安蘇郡田沼村,下都賀郡栃木町,小山町,富山村などに結成された。しかし,〈水平社は過激である〉と小山町の融和団体親交会【しんこうかい】に批判されこれを糾弾したが,融和運動の広がりに比して水平社運動は低迷した。

 差別事件に対する糾弾闘争は23年,24年とも30数件で,いずれも謝罪状を取って落着したが逮捕者も出している。なかでも23年9月20日の富岡事件【とみおかじけん】は厳しく弾圧された。事件は、清水弥三郎が県会議員に立候補した際,宣伝ビラを見た者が差別発言をしたことに始まる。差別者を擁護する自警団と水平社員,双方300人が武装して対峙した。警察は清水弥三郎以下12人を騒擾罪で逮捕弾圧した。清水の逮捕は県内の水平運動に打撃を与え,26年東京控訴院での有罪判決後は清水の個人的運動のレベルにまで衰微してしまう。下都賀郡桑村の農会総代選挙にからむ差別事件の糾弾闘争を通して35年(昭和10)4月に小山町稲葉郷で支部結成をみたが盛り上がらなかった。38年関東水平社解散式【かんとうすいへいしゃかいさんしき】を群馬県太田町の大光院で開き,清水弥三郎が参加。以後全関東融和促進同盟【ぜんかんとうゆうわそくしんどうめい】の構成員として翼賛的融和運動へと流れていく。

 戦後は、戦前の全協(日本労働組合全国協議会)オルグであった松島宇平【まつしまうへい】,山田多三郎【やまだたさぶろう】,戸田貞治【とだていじ】らを中心に組織の再建が進められた。松島は『特殊ブラク2000年史』【とくしゅぶらくにせんねんし】を刊行したことで知られる。*野本武一常任中央委員が再三にわたってオルグに入ったが,組織の確立は果たせず*同和対策事業特別措置法制定後に至って73年部落解放同盟県連が結成された。

(和田献一)

[行政]

 1969年(昭和44)まで,県は一般対策で対応するとしていたが,73年〈昭和46年全国同和地区調査〉の補完調査を実施したことによって同和行政が開始された。翌74年6月,第145回県議会において〈同対審答申および特別措置法の趣旨に基づいて行なう〉と表明され,同和行政の基本方針が確立された。12月に解放同盟も参加して同和対策協議会が発足し,76年6月総合計画を策定,〈県政の緊急かつ重要な課題〉と位置づけた。75年同和対策室(のちに課となり,民生部内に担当参事配置)を設置して施策の推進にあたる。この年全国実態調査で県内すべての部落を調査した。

 運動団体の分裂もあったが,事業執行は団体経由から同和対策事業促進協議会【どうわたいさくじぎょうそくしんきょうぎかい】(同促協)経由へと変化したものの, 窓口一本化は維持されていた。78年行政の主体性が確保されないとして,県は要綱によって審議会を設置,翌79年8月に〈同和対策協議会は審議会が役割を引き受け,同促協は凍結する〉との中間答申を行ない,つづいて80年には基本事項を〈審議会を県の附属機関に関する条例により設置,同和対策倫理綱領を定める,全庁あげて取り組む推進本部の設置,全県民参加のため県民会議の設置,実態の把握等〉と答申した。

 これに基づいて推進体制が変更され,79年に実態調査,80年に意識調査を実施した。審議会は81年に〈各種相談員のあり方〉,85年に〈個人給付的事業のあり方〉を答申した。82年地対法が制定されたのを受けて〈地域改善対策総合計画〉を策定した。85年実態調査・90年意識調査・93年実態調査を実施。審議会は86年・92年・96年〈法期限後のあり方〉を答申した。それを受けて87年新総合計画第1期・92年第2期・97年第3期を策定し,同和行政の指針を示してきた。

(和田献一)

[教育]

 1976年(昭和51)すべての学校,地域で同和教育の推進をはかるために,同和教育基本方針を策定し,総務課に同和教育係(83年より同和教育室)を設置し,同和対策総合計画の中に,同和教育の施策の体系を示した。77年同和地区文化遺産調査報告書(『被差別部落の生活と文化』【ひさべつぶらくのせいかつとぶんか】)をまとめ同和教育資料に活用することをめざした。78年各校に主任を配置し,県――教育事務所――市町村――学校の統制をはかる。82年3月審議会で〈同和教育の推進方策〉を答申する。これを受けて,7月地域改善対策総合計画の中に,〈人権を尊重する同和教育の推進〉を策定。84年審議会は〈啓発活動のあり方〉を答申した。87年新総合計画第1期・92年第2期・97年第3期にも位置づけを行なった。同和教育推進教員を育成する大学内留制度は成果をあげ、内留生は100人を超えた。

(和田献一)

参考文献

  • 栃木県同和地区文化遺産調査委員会編『被差別部落の生活と文化』(栃木県教育委員会,1980)
  • 久保田和男「下野国長吏小頭半左ヱ門支配」(『関東・東海被差別部落史研究』明石書店,1982)
  • 群馬県部落史研究会東毛地区近世史学習会編『下野国太郎兵衛文書』(1987)
  • 池田秀一「職場日割帳についての一考察」(東日本部落解放研究所編『東日本の近世部落の具体像』I、明石書店、1992)
  • 部落解放同盟栃木県連合会編『栃木県部落解放運動の歩み』(1992)
  • 同・同女性部編『被差別部落の民俗』(1995)

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Last-modified: 2015-12-03 (木) 21:09:52 (1467d)