北海道【ほっかいどう】

 明治時代以前は〈蝦夷地〉と呼ばれ,林子平の『三国通覧図説』にみられるように,(日本からみて)外国と認識されており,〈和人地〉と呼ばれた北海道南部の一部地域を除き住人の大半はアイヌだった。北海道は〈アイヌの国〉であり,被差別部落は存在しなかった。しかし,近世において,その〈和人地〉に松前藩が成立し,その領内には本州からの移住者による被差別部落が形成された。

 1900年代初頭,*帝国公道会などにより融和事業として被差別部落民の北海道移住が,〈自作農になれて,差別のない新天地〉という触れ込みで計画されたが,移住費用や開墾の成功度の問題などにより希望者は少なかった。近畿・四国地方などの部落で集団移住した例もあるが,それらの多くの者は舞い戻った。北海道に残った者もその多くは,経済的な問題などから土地を手放さざるを得ず,移住時の触れ込みとはうらはらに〈自作農〉にもなれず,〈新天地〉にも差別がついてまわった。現在でも,先祖の出身地が被差別部落であるという理由での差別事象が散見される。被差別部落民の存在を,先住民族のアイヌも認識していたことが,エッタマキ(マキ=アイヌ語で一族や親戚関係の意)などの被差別部落民を指すアイヌ語が語り伝えられていることからわかる。また,1922年(大正11)の全国水平社の設立は,アイヌにもさまざまな影響を与え,26年には,水平社の運動に刺激を受け〈解平社〉というアイヌ解放をめざす団体が設立された。 →移住・移民

参考文献

  • 藤野豊「同和行政の歴史」(磯村英一他編『講座 差別と人権』2巻 部落II、雄山閣、1985)
  • 竹ケ原幸朗「『解平社』の創立とアイヌ解放運動」(『解放教育』284号,1992)
(竹内 渉)

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Last-modified: 2015-12-03 (木) 21:09:56 (1294d)