民族差別【みんぞくさべつ】

〈民族とは何か〉

 民族差別とは,民族という考え方によって,差別することである。〈民族とは何か〉は,難しい問題である。人種は生物的な同一性に基礎をおく。民族は人種と重なることも多いが,違う人種でも同一民族意識をもつ場合もある。民族は言語,宗教,歴史の共有,生活慣行の一致などの同一によってつくられる。しかし,同じ言語,宗教でも違う民族意識【みんぞくいしき】をもつ。さらに民族国家という一つの言語=民族=国家があるという虚構の制度化が,近代ヨーロッパでつくられた。しかし,その民族国家のなかに*エスニック集団が民族意識をもち,独立運動を行なう例も多い。1960年代から激しくなるバスク,ブルターニュなどの独立運動がそれで,民族が政治的権力による国家とも必ずしも一致しないことがわかる。

 最小限の共通の民族の定義は,歴史という〈記憶〉に基づいてつくられた〈われわれ意識〉という共有意識である。つまり民族の自己意識は,他者との差異意識によってつくられる。民族意識は他者(他民族)との差異意識から,後天的につくられた対抗意識であり,それが相互の民族の抑圧,差別の関係に転化すると,民族差別が生じる。部落問題は民族問題ではないが,後天的に歴史によってつくられ,抑圧と差別によって疎外され,〈われわれ意識〉によって差別に対抗してきた点では,エスニックや少数民族と,意識上似通うところがある。民族差別と部落差別の解消へ向かっての共闘は可能である。

〈民族紛争の時代〉

 20世紀後半は,冷戦の終結とともに,〈民族紛争の時代〉として歴史に記されるであろう。旧ユーゴスラビア,アルメニア,クルド,カナダ・ケベック,パレスチナ,北アイルランド,スリランカ,インドとパキスタン,旧ソ連、コンゴなどアフリカ諸国と数多くの紛争が起こっている。なぜこのように多くの民族紛争が起こったのか。米ソ冷戦の終結後,世界がボーダーレスになり,地球規模で人,物,情報の交流が増えたこと,それにより自己同一性のよりどころとして,民族集団が求められたことが基盤としてはある。だが,一番の問題は,他民族との差異によってつくられた〈われわれ感情〉による民族意識が,経済的,政治的,文化的な格差や不平等の解決のための核になり,そこに結集して差別と闘おうとした,つまり階級意識よりも民族意識が,自らの疎外状況からの脱出のシンボルとなったからである。

 1991年から5年にわたる武力衝突で最大の*民族紛争となった旧ユーゴの場合をみてみよう。旧ユーゴは,セルビア,クロアチア,ムスリム,スロベニア,マケドニア,モンテネグロの6民族からなる民族モザイク国家だった。それぞれの民族は,歴史的に対立の記憶がある。セルビアは19世紀にトルコ帝国から独立し,ロシアと同じスラブ民族である。他方クロアチアは,ドイツと親近性があり,第2次世界大戦のときヒトラーの後押しで独立国をつくった。ボスニアのムスリム人は,人種はスラブでセルビアと同じだが,トルコ帝国時代にイスラム教に改宗した集団で自ら民族化していた。この対立と相互差別の歴史記憶のもとに,経済的格差が重なり,民族独立をめざした。支配民族がその地域で権力を握れば,当然その範囲にいる少数民族は差別の対象となる。この勢力争いが,ボスニア紛争を長引かせた。経済的格差が,歴史的記憶や宗教,文化的差異と結びついて政治的対立になり,武力闘争へと至る構図が,旧ユーゴの場合にみられる。また,無理な人工的国家統合は,逆に民族紛争を激しくすることもわかる。第2次世界大戦後成立したチトー大統領独裁による連邦制が,チトーの死で解体したとき,対決が始まった。民族の平等な独立・自決をもとにしない強権的な中央集権では,民族問題は解決しないことを,旧ユーゴの例は示している。

〈民族差別と人権〉

 民族差別が徹底化すると〈民族浄化【みんぞくじょうか】〉の考え方になることも,ボスニア紛争は示している。民族浄化とは何か。自分の属する民族を絶対化し純粋なものと考える。そして自民族に敵対する他民族を自分の領域から排除し,自民族だけでその地域を独占しようとする。純粋志向だから,どうしても観念的になる。それまで隣り同士で共存していた人々が,お互いに排除しあうようになる。セルビア人とムスリム人が,まったく違う人間になってしまう。民族浄化の民族観のもとでは,民族は,〈永遠の昔から続いてきた超歴史的な実体〉として固定化されてしまう。ナチスドイツのアーリア民族絶対視とユダヤ民族絶滅思想は,民族浄化の最たるものである。そこでは,民族が接触し混合する雑種文化としての関係性が抜け落ちてしまう。

 ボスニア紛争では,他民族とみなされた女性に対する集団レイプや強制収容所への隔離がみられた。個人と個人の間では殺人やレイプは許されない犯罪だが,民族紛争ではたやすく行なわれてしまう。民族差別をなくすには,民族自決権【みんぞくじけつけん】と人権という二つの権利の尊重が重要である。*国際人権規約は,社会権規約,自由権規約とも1条で,〈人民の自決の権利〉を規定している。これは,個人の人権について,国家を乗り越え,国際的に規定したものである。21世紀は,国際人権の時代になる。国連がすでに定めた国際人権規約(A・B規約,議定書),*人種差別撤廃条約*移住労働者権利条約*ジェノサイド条約*難民の地位に関する条約及び議定書などは,民族差別を乗り越える新しい時代の道しるべになるだろう。

参考文献

  • 梅棹忠夫監修『世界民族問題事典』(平凡社,1995)
  • 西島建男『民族問題とは何か』(朝日選書,1992)
  • 山内昌之・民族問題研究会編『入門世界の民族問題』(日本経済新聞社,1991)
  • 柴宣弘『ユーゴスラヴィアの実験』(岩波ブックレット,1991)
(西島建男)

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Last-modified: 2015-12-03 (木) 21:09:56 (1469d)