穢れ【けがれ】

[歴史]

 特定の人・物・場所などを穢れとして忌避する観念は,地理的にも歴史的にも広範な社会でみられる。日本でも,死や出産などを穢れとして忌む風習は各地で一般的であったが,いつごろ,こうした観念が成立したかは明らかでない。〈魏志倭人伝〉や『日本書紀』に,死者と接した後に水によって浄化したとの記事がみられることから,おそらく死を穢れとする観念は六国史以前から存在したと思われる。しかし穢れの具体的な内容は,歴史史料と民俗資料とでは一致しないし,また時代によっても一様でない。したがって穢れの観念と,それを固定的・人格的に担う存在としての被差別部落の成立との関連は,なお検討が必要である。

〈穢れとその伝染〉

 史料の中で穢れとされている事象を大きく分類すると,/祐屬了爐箍葬など,⊃祐屬僚仍困篏性の生理・妊娠など,O暫椶半里気譴詛蓮ν咫Φ蹇Ωぁ豕【いのこ】(猪)・鶏の6種の家畜の死・産,げ箸硫仍の4つになる。穢れはまたその発生源から他の人や場所に伝染する。『延喜式』【えんぎしき】や『新儀式』【しんぎしき】には,穢れている人物あるいは場所を甲とすれば,以下,乙・丙・丁と伝染するとされている。ただし穢物のそばにいただけで感染するわけではなく,穢物や穢れた人に直接触れたり,穢物の存在する特定の空間内で着座あるいは着座・飲食することで感染するのである。その特定の空間とは,家・舟・車・田など垣根や塀・壁で閉鎖された空間を指し,こういう空間は,一面では穢れの侵入や伝染を防ぐ防壁となると同時に,他面,穢れが侵入した場合は空間全体が汚染される。これに対して河原・畑・路のような無限定の開放空間はすぐそばに穢物があっても,そこを通過する人間は穢れに伝染しない。さらに穢れは,井戸・風呂などの滞留する水,穢物にかかわった火の使用,食物・櫃・巻軸・死者の衣服など特定の物を経由して間接にも伝染する。

〈穢れの本質〉

 穢れは死体や汚物のように目に見える事象に伴っていたとしても,実際にそれ自体が見えるわけではない。ある事象が穢れであるか否かは,見る人間の側の分類意識が決定しているのである。そうした観点からすると,前述の穢れはいずれも,通常の人間の日常生活の秩序,すなわち一定の成員が家畜とともに田畑を生活の基盤として暮らしているという,その生活のあり方を脅かすような事象であるといってよい。このことは伝染の仕方にも示されている。すなわち死者やその縁者と空間を共にし,あるいはそうした席で飲食を共にするということは,相互の人間的連帯の表現なのである。そうなると穢れというのは人間集団と,その生活環境を含む秩序が脅かされることに対して,人間の持つ不安の表明であるということができる。

 神が人間社会の価値を代表するものだとすれば,そうした神が穢れを忌避することは当然だともいえる。穢れとされる事象に,謀反などの政治的反逆や神社・神物の汚破損などの神聖冒涜行為も含まれているのは,穢れの観念が家族・村落のように日常的な小規模な生活秩序から比喩的に拡大され,天皇と神々とをめぐる国家秩序にまで適用されるようになった結果といえよう。

〈穢れの結果〉

 穢れに触れた人々は,一定期間,内裏に参内することや神社に参ることを慎む必要がある。古代国家の規定には,死穢【しえ】は30日,産穢【さんえ】は7日,六畜の死穢は5日,同じく産穢は3日,失火穢【しっかえ】は7日などとあった。神が穢れに触れた結果として起こるのは,‥係・自然・社会の異変(干害・水害・地震・兵乱),皇族らの肉体的変調,8羹蠅悗諒怪【もののけ】の出現,ゃ劼譴鮓羹蠅篆声劼愡ち込んだ人物への神罰(鼻血が出る,狂気になる),といった災いや病気などである。

(山本幸司)

[民俗的観点]

 民俗学では,漢字の<穢>を用いず<ケガレ>と仮名で表記し,ハレ・ケ・ケガレの三極構造の中で理解している。穢の原点は,死者から発生する死穢である。たしかにケガレは触穢の対象として存在しているが,ケガレの原義について考える必要がある。谷川士清『倭訓栞【わくんのしおり】』では,穢は<気枯れ>と表記している。ケが<気>であることは,ハレとケが有機的に連関していることを示唆している。気は日常生活を維持する活力を意味しており,人間が毎日ふつうの生活を送る状態であり,ふだんの生活総体を指している。そのケが枯れるというのは,<気離【けか】れ>のことであり,人の活力が弱まったり,低下していることを指す。すなわち,日常のケは,つねに流動的であり,生活を営む状況は時間の経過とともに衰える方向にある。ケは次第に,自然と<ケカレ>になっていくと理解される。気枯れ・気離れになると,一般に人間は元に戻って,元気になろうとし,さまざまな儀礼を行なうのである。ケガレからケに復するための生活文化を<ハレ>とよぶ。たとえば,人が生をうけて成長し,やがて死に至る一生の間の冠婚葬祭や,生活のリズムを整えるために設定された年中行事の祭りや節供(句)などに表現されている。ハレは<晴>または<公>の意味である。晴れの儀礼はケガレを祓い,かつ浄めることを目的としている。

 ケガレはケとハレの中間に位置し,ハレとケを媒介するものとなっている。人はケガレが累積していることを前提にして,ハレの儀礼を実修し,ケに戻ろうとする。かくてケガレ・ハレ・ケの循環が成り立つことにより,人は日常生活を継続することができるのである。ケガレは原義の上では,不浄の穢とは異なる意味をもつが,それが副次的に解釈されることにより,いわゆる触穢の対象となった。気が身体から遊離することは,たとえば体調が不全で病気の状態になる。そうした気カレが続行して,完全に気が離脱すると死穢が生じる。身体の物理的な腐敗の状況は<汚ない><汚らわしい>と説明され,死穢と同意になる。<汚ない>という感覚は血穢【けつえ】にもある。体内から血が出ることは,怪我による出血,次いで女性の出産・月経の出血がある。谷川は,怪我は<穢れ>からきていると指摘している。血穢が女性独自の生理と結びつき,女性差別【じょせいさべつ】の要因の一つとなった。また身体からの排泄物も<汚ない>対象となった。排泄物である糞尿や唾【つば】,垢【あか】なども汚穢の対象である。死穢をはじめとする汚穢は,不浄物であるから浄化の対象になる。汚穢を排除する具体的な行為がキヨメであり,儀礼の中の重要な装置としてセットされている。ケガレは即物的なものであるが,同時に精神的なものでもある。ここでケの原義が気とされた点は重要である。穢が汚穢とストレートに結びつく以前に,気離れと理解する。気離れが元気の状態になることで,人間生活が豊かなハレの文化を創造できることになる。民俗学的には,ケガレを以上のように説明することにより,死穢・血穢・汚穢一般の現象が,ただちに不浄視されないような知識を養うことになる。

(宮田 登)

[宗教的観点]

 平安時代の『延喜式』には、死穢に甲乙丙丁の段階があり、死者を出した甲穢の所へ行って座った本人と家族は乙穢になり、乙穢の所へ行って座った本人と家族は丙穢となる、というような記事が見え、〈穢れ〉が伝染するごとに弱くなっていくという、〈穢れ〉の強弱(重い・軽い)の観念が記されている。そして〈強い(重い)《穢れ》であるとみなされた場合〉には、排除・忌避されることによって差別を受けた。15世紀初頭の御霊社の〈服忌令〉には〈月のさはりの人、十一日すきてまいるへし〉などとして、穢にかかっているとみなされた者がその穢の軽重の種類によって参詣をはばかるべき日数が異なることが示されている。

 歴史的に展開してきた日本社会においては、〈穢れ〉(〈穢れ〉とされること)は払われるべき不浄のもの、という観念をつねに随伴させてきたといえるが、被差別部落民とされた人々との関係では、多く祭りの場から〈穢れ〉た者とみなされて排除されてきたことや、明治のいわゆる〈解放令〉の発布後、いくつかの地域では被差別部落民とされてきた人々が神社でお祓いを受けて〈平民〉になったという事実が報告されている。1980年代の事例では、真言系の仏教教団に属する寺院住職の〈烏芻沙摩明王【うすさまみょうおう】〉差別お札の配布事件が問題とされたが、このお札には、〈若し人死かばねと/婦人の産屋と/六畜(ちくしょう)の産屋と/一切の血の流るる所と/或いは旃陀羅(えた)のたぐいの/屠者等穢人(穢れたる人を見)/或いは大小便所/及一切穢所(一切の穢れたる所に入らば)/誦此解脱咒(この真言を唱うべし)/云々〉という、女性や被差別部落民とされた人々の〈穢れ〉をはらう効能が記されていた。このお札の事例では明らかに女性や女性の生理、被差別部落民とされた人々等々を〈穢れたもの〉〈不浄のもの〉とみなし、〈はらわれるべきもの〉として位置づけている。

 一方、〈穢れ〉や不浄といった観念は、日本社会にのみ存在しているわけではない。インドにおけるカースト制度、〈穢れ〉や不浄観を研究したルイ・デュモン等によれば、〈穢れ〉には、集団的・個人的および永続的・一時的なそれがある、という。デュモンの研究を日本における被差別部落民とされた人々の〈穢れとされてきた〉事象に援用するなら、〈穢れとされて〉被差別部落民とされた人々は、〈集団的〉に、しかも〈永続的〉な〈穢れ〉をもっていると〈みなされてきた〉のである。この図式に従うなら、同様に女性は〈個人的〉で〈永続的〉な〈穢れ〉をもつものと〈されてきた〉といえよう。

(門馬幸夫)

[文化人類学的観点]

 ケガレ概念は多義的に用いられていて,民俗学をはじめ文化人類学,宗教学,社会思想史などの領域で論じられているが,それぞれの接近視角が異なっていて、体系的な学説としてはまだ定立されていない。

 民俗学では〈ハレ・ケ・ケガレ〉の循環構造で説明する見解が主流になってきている。日常生活である〈褻【け】〉の世界を支える活力が枯れる状態がケガレで,ケガレは〈気・枯れ〉(気・離れ)とする。アニミズム思想に基づく〈気〉は、万物を動かすエネルギー源であるが、それが萎【な】えてくると、再び活性化させるために祭りやハレの儀式があると説くのだが,体系化された理論としてはまだ成熟していない。

 一方,ケガレには古くから〈穢れ〉が当てられてきた。生理的な不浄感を表す〈汚れ〉と同義とみて,〈浄・穢〉の観念から,とくに死・産・血にかかわるものをケガレとして忌避し、排除するようになった。

 文化人類学では,ケガレは〈安定した秩序を攪乱する異分子〉〈既成の文化体系を破壊する危険な要素〉〈境界領域にあって分類できない曖昧なもの〉を指す。この場合のケガレは,それ自体で存在する実体概念ではなく,一定のシステムとのかかわりにおいて生じる関係概念である。そのようなシステムの攪乱をあらかじめ防ぐためにタブー(禁忌【きんき】)が設けられて,それを侵犯したものはケガレとして排除される。

 もう一つは,第三項排除や*スケープ・ゴートに関連するケガレ論で,主として社会人類学や社会学の領域で論じられてきた。世界史を通じて広く見られるのだが、国家が社会システムをつくりあげていく過程で,権力をもった支配者が聖なる地位について、清浄で高貴な血筋であると自称するようになる。そして、〈貴〉種に対して〈賤〉民を特定し,先住民族を〈夷狄【いてき】〉とし,周縁の民を〈*化外【けがい】の民〉として差別し排除する作業がすすめられていく。このように異分子を特定して,その内部から外に追いやることによって、自分たちの中心性や共同性を確立していくのである。

 ユダヤ教,キリスト教,イスラム教のいずれにも、食穢や*同火共食の禁止を中心にケガレ観念が見られるが,その起源については、宗教学の領域でもまだ体系的に解明されていない。

 差別との関連でいちばん問題なのは,ヒンドゥー教【ひんどぅーきょう】とその深い影響を受けた密教系の仏教一派のケガレ観である。ケガレは次々に伝染していく〈悪しき生命力をもつ実体〉としてとらえられる。接触によって伝染するところはポリネシアの〈マナ〉の観念とよく似ているが,このようなケガレ観念は,967年に日本で施行された『延喜式』にはっきりと規定されている。

 この甲穢→乙穢→丙穢→丁穢とケガレが伝染するという社会思想は,平安期は貴族社会に留まっていたが,鎌倉・室町期ごろから民衆社会にも広がっていった。神聖な天皇が居住する京都では,ケガレを清めることは聖なる王域を維持するための日常的な業務とされた。このようにして〈けがれ−キヨメ〉が国家的装置として制度化されたのだが,ケガレの処理者として動員されたのが,宿非人・*犬神人・*河原者・三昧聖【さんまいひじり】・*乞食などの*非人層であった。そして,王都の軍事警察を主管していた*検非違使をもってケガレの認定にあたらせ,同時に穢物除去の担当官とした。

 女性差別の根本にはやはりこのケガレ観があり,死・産・血の〈三不浄〉をもろに身に受けている者として女性をとらえ,寺社における〈*女人禁制〉として制度化された。身体障害者を〈五体不具〉のケガレとして,〈業【ごう】〉の思想によって宿命づける思想もしだいに広がっていった。そしてケガレにかかわるさまざまの禁忌が、各地方の寺社の門前に制札として掲げられるようになると、不浄観に基づく差別が民衆社会にも広く滲透していった。

 〈三不浄〉の思想は,インドを中心に広がったヒンドゥー教の思想が源流となっているが,このケガレ観は,ヒンドゥー教の影響を強く受けた密教を通じて日本に伝わり、陰陽道や神道と習合しながら,賤民差別・女性差別・障害者差別【しょうがいしゃさべつ】を定着させる宗教的基盤となった。

 江戸時代では〈服忌令【ぶっきりょう】〉(1684)と〈生類憐みの令〉(1685)、さらにその一環としての〈捨牛馬禁令〉が,仏教の〈不殺生戒〉に基づくケガレを,ヒンドゥー教の〈浄・穢〉観に基づくカースト制的種姓差別に旋回させる一つのきっかけになった。近世に入って定立された〈穢多・非人〉の身分呼称は、文字通りカースト制の〈浄・穢〉観による人間の分類であり差別であった。江戸時代中期の『神祇道服忌令秘抄』はその典型で,今日のケガレ差別の基礎になる因習・迷信がすべて列挙されていて,ケガレ観を固定させる大きな画期となった。

 しかし、このようなケガレ観の実態は虚偽意識としてのイデオロギーであり,近代諸科学が定立されるにつれて、この観念体系はしだいに解体されていったのである。明治維新後の新政府はケガレと禁忌,*迷信の根源となった*六曜にかかわる法令をすべて公式に廃止したが、いまなお伝統的因習として、一種の共同幻想として残存している。

(沖浦和光)

[女性と穢れ]

 女性と穢れとの関係は,女性の公的空間からの排除や劣位にとどめおくことの正当性の根拠として表現され理解されてきた。つまり<女性は穢れているから,こうした排除や劣位とみなすのは当然である>と理解され主張されたため,<女性が穢れている>とみなされる傾向が完全に払拭されれば,女性の地位は男性と同等になると考えられがちである。実際,男女共学の普及や女性が男性と同じ職種に就き同じ職場で働く傾向が強くなるにしたがって,女性を穢れているとみなす傾向は消滅しつつある。現在、女性が完全に排除されるのは,特定の神社の特定の神事や一部の民間信仰の行事,一部地域の漁業活動,伝統的な生産活動の一部,地下工事の掘削現場,大相撲などごく少数の事例に限定されてきている。しかも<女性は穢れているから排除されている>と説明されることはなく,<伝統的に男性のみが参加する行為であるから>と公的には説明され,女性排除の態度を維持している。したがって,少なくとも現時点では,女性を穢れた存在とみなす傾向は解消寸前であり,女性の社会的地位の向上の大きな障害とはなっていないと言える。

 しかし,以下述べる根拠のゆえに,女性を穢れとみなすことと女性差別の傾向との関係を理解することは,差別の構造を解明する一助となるといえよう。

 女性の存在そのものが穢れているとされる状況は,民俗レベルでは漁業や狩猟,山林伐採などその活動が男性に限定されているだけではなく,いずれも女神によって人間の男性が守護されているとみなされる領域や空間と結びついている。また,女性の特定の状況を穢れているとみなす場合は,月経,妊娠,出産など女性の生殖能力が発現したときである。女性の生殖機能こそ,女性を男性から鋭く区別し対立・対置させるものである。

 つまり,男性と女性との区別を明確化し、明白に提示する方法として,日本をはじめいくつかの文化(その数はけっして少なくない)では,女性を穢れているとみなして女性に<印づけ>をし,男女の境界を提示したということができる。その<印づけ>が男性の側に起こることがなかったのは,生殖において女性の機能は男性より明確であり、かつ人間社会の存在においてより重要であったからだと理解される。

 社会が存続するうえでもっとも重要な生殖の機能を示す状況・状態が蔑視や嫌悪や排除の対象となり,結果的に女性を社会的劣位に置くことになったのは,男女の関係が家族,親族集団,地域社会,国家など,すべての社会集団のレベルで不均衡となり,男性主体に組織化されたことによると考えられる。また集団の存続の要素としての生殖が,個人レベルにとどめられたことによるとも考えられる。

(波平恵美子)

参考文献

  • 高取正男『神道の成立』(平凡社選書,1979)
  • 近藤直也『ハライとケガレの構造』(創元社、1986)
  • 岡田重精『古代の斎忌』(国書刊行会、1982)
  • 山本幸司『穢と大祓』(平凡社選書,1992)
  • 桜井徳太郎・谷川健一・坪井洋文・宮田登・波平恵美子共同討議『ハレ・ケ・ケガレ』(青土社,1984)
  • 丹生谷哲一『検非違使』(平凡社選書,1986)
  • 伊藤喜良『日本中世の王権と権威』(思文閣出版,1993)
  • 宮田登『ケガレの民俗誌』(人文書院,1996)
  • 同『神の民俗誌』復刊(岩波新書,1999)
  • 門馬幸夫『差別と穢れの宗教研究』(岩田書院、1998)
  • Louis Dumont, A South Indian Subcast(Oxford University Press, 1986)
  • M.T.ダグラス『汚穢と禁忌』(塚本利明訳、思潮社、1972)
  • 横井清『中世民衆の生活文化』(東京大学出版会、1975)
  • 波平恵美子『ケガレの構造』(青土社、1984)
  • 沖浦和光・宮田登『ケガレ――差別思想の深層』(解放出版社、1999)
  • 波平恵美子『ケガレ』(東京堂出版,1985)

トップ   差分 リロード   一覧 単語検索 最終更新   ヘルプ   最終更新のRSS
Last-modified: 2015-12-03 (木) 21:09:58 (1467d)