講座・講演録

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2003.10.16
講座・講演録
第243回国際人権規約連続学習会(2003年9月19日)
世人大ニュースNo254 2003年10月10日号より

消費者と人権
-債務奴隷をなくすために・・・-

木村達也(弁護士・日栄・商工ファンド対策全国弁護団団長)

はじめに〜破算制度と民主主義〜

  今回のタイトルにある債務奴隷というのはまさに多重債務者を意味しています。日本国憲法では第18条で「何人も奴隷的拘束を受けてはならない」と規定されており、奴隷的拘束とは自分の意思に反する従属的な地位、もしくは意思に反する苦役をさしています。もしこういった奴隷的拘束状態に主権者である国民が置かれてしまえば民主主義、国民主権という憲法の前提は崩れてしまいます。

  私は以前、アメリカに消費者破産の調査に行ったことがありますが、アメリカは2億4千万の国民に対して年間180万件の破産が発生しており、日本の1億3千万の国民に対して最近ようやく年間27万件になったのと比べても大変多くなっています。

  なぜアメリカ社会はこれだけ多重債務者の自己破産に対して寛容なのでしょうか。そんな私たちの素朴な疑問に対して、あるアメリカの裁判官は次のように答えてくれました。「アメリカという国はかつてヨーロッパで食い潰し、言うなれば債務奴隷状態の人々が、新天地を求め逃れてきてできた国である。だからアメリカにとって債務奴隷からの解放というものが国民や議会も含めて、国の基本方針になっている。

  そのためにこれだけ不安定な社会であっても借金が原因で暴動は起こっておらず、どうしようもなくなった債務者が最後の救済を求める自己破産制度が社会の安全弁になっている」というのです。やはり民主主義の懐の深さというものがこういうところにあるのではないでしょうか。

  実は昨年同様の調査を韓国でも行いました。昨年の韓国といえばサッカーW杯も成功し、近年著しい経済発展を遂げています。当然消費者金融も非常に優勢を極めているわけですが、この国の自己破産件数は驚くべきことに年間800件程度しかないのです。

  韓国には何としても払い続けるという意識が国民の中に強くあり、その結果人身売買や奴隷的拘束が頻繁に起こっているといいます。こういった状況に対して韓国の弁護士や消費者団体もアメリカや日本などの破産制度を学び、ようやく取り組み始めようとしています。これらの事を見ていると破産制度が民主主義、あるいは社会の成熟度を示すバロメーターだと私は思います。

契約社会における契約の意味

 今日私たちが生きている社会が契約社会であることは皆さんもご承知でしょうが、その意味は漠然としているのではないでしょうか。私たちは消費市場の中から自らの生活を合理的・快適にするために消費する物やサービスを選択し、それに対して代金を払って契約を結びます。そして消費者が魅力を感じない物やサービスは淘汰されるという形で、予定調和的な市場経済社会が構成されています。

  これらが合理的に機能していれば問題はないのですが、中には公正・公平というルールを無視した悪徳業者が存在して、特に弱者を食い物にしています。最近も様々な悪徳業者が問題になっていますが、そういった表立ったもの以外にも消費者の弱さに漬け込んで無理やり契約させるケースが多く発生しています。

  社会的に不況が続き混乱している状況において、以前は普通に働いていた人までもがやむなく悪徳業者に加担して、社会を荒廃させてしまっています。この典型がヤミ金融といわれるものです。現代は契約社会であるから契約書に署名押印すればそこに書かれていることが契約の全てと思われがちで、実際に悪徳業者もそれを根拠に履行を迫ってきます。

消費者保護法の実現

  皆さんにぜひ知っていただきたいのは契約社会で契約を守るのは大原則ですが、契約書に署名されているだけで契約が成立するわけではないということです。契約とは申込者と承諾者の間で必要な情報が公開され、両者の意思が合致していなければならず、それがなければ国家が契約として履行を担保することはないということです。

  従って相手をだましたり、十分な情報において意思が合致していなければ、たとえ署名・押印されていてもそれだけで契約は成立しておらず、その書面は一般的に「契約書」(カッコつき契約書)と呼ばれています。これが完全な契約書であるかどうかは消費生活センターや弁護士、そして最終的には裁判所が判断することになっています。

  しかし弁護士などがこれら全てを一つ一つ判断するにはあまりに数が多くて作業的に難しいため、悪徳業者が介入しやすい分野を国家が類型的に規制し、消費者を保護する目的で、消費者契約法や貸金業規制法等に代表される消費者保護法が制定されています。しかし、残念ながらこれらの法律は行政、企業と弁護士にとどまっていて、一番知ってもらいたい消費者には十分に浸透していません。

  そのために業者の巧妙な説明に乗せられてしまい、クーリングオフなどの法律で認められた権利も行使できないことが多いのです。そこで私たちは様々なチャンネルを通じて消費者に対してこれらの法律の啓発を行っていますが、本当に必要な人に情報が届かずに同様の被害が後を絶たないのが現実です。しかし今後も弁護士や行政、そしてマスコミがこの法律の重要性を消費者に伝え続けていくことが求められています。

ローン・クレジット契約の実態と債務奴隷

  次にローンやクレジット契約に話を移していきたいと思います。これらの社会的効用は当然私も否定することはできません。しかし同時にこれらは使い方を間違えると消費者の生活を不幸にするものでもあるのです。

 今日、住宅ローンやオートローンをはじめ、クレジットカードや大手消費者金融など多種多様な借金が口をあけて消費者を待っている時代です。例えば武富士・アコム・プロミス・アイフル・レイク・三洋信販の大手消費者金融6社で合計約1300万件の貸付口座があり、これに中小を加えると約1500万口座あるといわれていて、日本の労働者人口の4人に1人が利用している計算になります。また1口座あたりの平均残高は50〜60万円強ということになっています。

  大手消費者金融各社は一人の消費者に対して4社までしか貸さないという約束しています。しかし、仮に4社で200万円借りるとなると、6社の金利が年間25〜29%なので、これを便宜上年利30%で計算すると年間60万円の金利が発生して、月5万円の返済では元金が全く減らないことになるのです。そして借主はこうした「一度捕まえた客は逃さない」仕組みにはまって、最後には破産してしまうのです。

  これらの債務の発生原因は決してギャンブルや浪費が主ではなく、低所得や失業・転職による生活苦等のほうが圧倒的に多いです。またある社会学者の調査によると、運輸・生産・販売に従事する低学歴、低所得、扶養する子どもが多い家庭に破産が集中しているといわれています。つまり消費者金融の問題と貧困は切っても切れない関係にあるといえるでしょう。要するに金持ちがクレジットカードを使っても問題はないが、低所得者が一度サラ金に手を出すとたちまちそれに取りつかれてしまい、最後には沈没してしまう仕組みになっているのです。

  例えば多重債務者が最も困るのが厳しい債権者からの取り立てです。電話や郵便で家庭や職場に返済の催促が行われ、それでダメなら取立人が家庭や職場に訪れて、それによって本人の生活がより一層不安定になるというのが典型的だといえるでしょう。

  またこれが進むと家財道具や給料の差し押さえが行われるのですが、給料が差し押さえられれば借金が職場にばれてしまい、職場での地位を守るために更に借金を重ねていくことになるのです。しかしそれでもどうしようもなくなると家に住み続けることもできなくなり、家族を実家に帰して自分は住み込みの仕事を探すという事実上の家庭崩壊となってしまいます。しかし中高年の再就職が難しいために結局はホームレスになることが多く、そこから蒸発・自殺・犯罪へと流れるケースが増加しているのが現状です。

司法による救済

  先述の通り日本でも自己破産の件数は増加しており、今年は恐らく30万件に達するといわれています。この破産というものはご存知の通り自力ではどうしても返済できなくなった支払不能状態の人の借金をゼロにする制度です。仕組みとしては破産申立が裁判所に出されると、裁判所が選んだ破産管財人が破産者の全財産を換価し、それを届出のあった債権者に配当します。

  しかし個人の大半は換価できる財産を持っておらず、管財人である弁護士への約30万円の費用も支払うことができません。そこで裁判所は管財人を選任せずに破産宣告と同時に破産手続を廃止しますが、その代わりに債権者への支払をしなくていいという免責決定だけを出すことになります。現在の破産手続の93%が管財人の選定を求めずに、免責決定だけを目的として申し立てられているのです。

  しかし免責決定は誰にでも出されるものではなく、誠実な人にのみ認められることになっています。またギャンブルや浪費が原因で債務を作ってしまったような誠実と判断されない人に対しては、債務のうちの一定額を一定期間にわたって返済させることで誠実さを示させ、その後に免責決定を出すという救済の道も設けています。これによって申立の約98%が免責決定を受けています。

  さらにこれに加えて破産までは行かなくても特定調停という話し合いによって債務者にとって無理のない返済方法に変える制度や、利息制限法で定められた10〜100万円の借入で年18%(100万円以上の場合は15%)以上に利息を支払った場合、その過払利息分の金額を元金返済に充当したり、債務者に返還を促すための組入れ計算という制度も認められています。また特定調停が不調に終わった場合には、弁護士に任意整理を依頼して、過払利息の元金組入れや返還を求めることができます。

  もちろんこれ以外にも様々な手続もありますが、この破産手続、特定調停、任意整理の3つが多重債務者の犯罪や自殺を防止し、その債務者を救済して再出発させようと私たちが定着に努めてきた破産制度の柱なのです。

債務奴隷を生み出す原因

  このような制度があっても悪徳金融業者によって債務者が追い詰められているケースは続いています。例えば大手消費者金融から預貯金口座が記載された破産者リストが流出し、それが悪徳業者の手に渡ります。そうするとその口座に勝手に金が入金されてきて、元金と利息の返済を迫る電話が掛かってくるのです。これが最近よく取り上げられる事務所などを持たない「090金融」と呼ばれるものです。

  また取立方法も職場や親族に電話してくるだけでなく、近所の人に「あなたは○○さんの保証人になっているから代わりに返済して欲しい」という作り話を電話してきて、債務者がそこに住み続けられなくなるような嫌がらせをして追い詰めようとするケースも発生しています。こういった悪事の数々は際限がなく、それが結果的に先日の八尾市であったような心中事件に発展するのです。

なくすために今日何をなすべきか?

  こういったことをなくすために私たちは長年取り組み続け、法規制も厳しくしてきましたが、今日もなくならないのはなぜなのでしょうか。そもそも多重債務というのは結果でしかなく、原因は貧困にあります。そしてその貧困の原因は、失業や病気や高齢などがあげられます。

  つまり貧困の原因が発生したときに行政が手厚い保護を行っていれば、サラ金に走らずに済むでしょう。しかし福祉は形としてはありますが実態はなく、サービスを受けにくい状況になっています。その結果、サラ金が公的扶助の肩代わりをするという事態を招いてしまっています。つまり、日本でサラ金が繁栄している原因は、公的扶助が貧困、冷たい、手続に時間が掛かるということに関係があるといえます。この点を解決していかなければ、根本的な消費者被害の解決にはならないでしょう。