講座・講演録

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2010.07.13
講座・講演録

第315回国際人権規約連続学習会
世界人権宣言大阪連絡会議は、2009年3月19日(金)、関西大学社会学部教授の松井修視さんをお招きして、第315回国際人権規約連続学習会を開催しました。報告要旨は以下の通りです。(文責 事務局)

インターネットによる人権侵害の現状と課題

松井修視さん(関西大学社会学部教授)

 

001はじめに
1960年代、将来は情報が力を持つ世の中になると梅棹忠夫が「情報産業論」を唱えました。これをきっかけに「情報社会」という言葉が使われはじめ、日本発のこの言葉は、情報産業育成の政策論的な用語としても意味をもつようになりました。1960年代はテレビ=マスコミが中心の情報化社会でしたが、1970年代にはコンピューターが普及し、1980年代にはネットワーク情報化社会、さらに1990年代にはインターネット情報化社会へと進んで行きます。そして2010年、社会の情報化は、新たな段階へ入りつつあります。

日本のこれまでのICT政策
総務省は2001年に発表したe-Japan戦略でインフラ整備を目標に掲げ、2003年には整備されたインフラの利用に力を入れようと、e-Japan戦略Ⅱを打ち出しました。
さらに2005年のu-Japan政策で、有線・無線の間のシームレスなユビキタスネットワークの整備、社会の様々な課題を解決するためのICT(information &communications technology)利用、利用環境の整備で普及・浸透に伴う不安の解消をめざします。u-Japan政策のスペル「u」はユビキタスネット社会の「u」。ユビキタスとは「いつでもどこでもだれでも何でもコンピューター」。すでに皆さんは携帯がコンピューターというイメージはないでしょう。コンピューターが空気のようにある、そういう状態をめざしています。

内閣総理大臣を中心としたIT戦略本部も2006年に「IT新改革戦略」を打ち出しました。これは利用者・生活者重視が特徴で、病院等の電子カルテや役所への電子申請などは、この政策によりほぼ実現されてきています。
2008年にIT戦略本部が出したITロードマップやICTビジョン懇談会報告書が2009年に出したスマート・ユビキタスネット社会実現戦略もICT利活用の促進、基盤の整備、グローバル戦略の強化等を打ち出しています。

高度情報化の光と影
様々な問題をコンピューターで解決するようになると、新たな問題が生じます。総務省の「ユビキタスネット社会の実現に向けた政策懇談会」は、「10の大分類100の課題」として、プライバシーの保護、情報セキュリティの確保等といった10の大分類とその分類ごとに解決すべき10の課題を挙げています。その中には「違法・有害コンテンツ迷惑通信への対応」もあります。しかし、違法・有害コンテンツには「差別表現」なども含まれるはずですが、ここには一切出ていません。
総務省で開かれる様々な研究会が出す報告書に従って、様々な政策が出てきています。憲法、法律、行政立法、という通常ルートではないところで政策が出され、それに私たちが翻弄されている現実もあります。
一方、総務省の上記政策懇談会は様々な問題の解決の指針を「ユビキタスネット社会憲章」(案)にまとめています。「ネットワークにつながらない自由」や、「個人情報の保護の徹底」「プライバシーの確保」など、なかなか良いことが書かれています。ぜひ読んでみてください。
また、この憲章には、政府や産業だけでなく、大学、市民社会、NPO等の多様な主体が政策立案過程に参画し、多角的な協調関係を築くことによって課題に対処していくことを重視すべきであり、政策の遂行の過程に地域社会の多様な条件やニーズを反映させることや関係者による協調体制の形成、全国的、あるいは国際社会における協調・協力体制を進めるべき、とあります。私たちは現在パソコンを使って意見を述べることができる環境(例えば、政府関係機関に対してはパブリックコメントを送ることができる)にありますので、それらの活用もどんどんすべきと思います。

ネット上の犯罪・人権侵害がどのように増えているか

私たちはインターネット環境が整備される一方、インターネットから生じる様々な問題に困っています。データによりますと、ネットワーク利用犯罪は右肩上がりに増えてきています。サイバー犯罪の検挙数は2003年に2,081件だったのが、毎年上昇し2007年には3,918件となっています。法務省人権擁護機関による救済件数では、特にインターネットを利用したプライバシー関係の事案が増えています。2006年におけるプライバシー関係事案は1,460件の内、インターネットを利用した事案は282件、このうちプロバイダ等に対し削除要請を行ったものは33件、中には罪を犯した少年の顔写真や氏名をネット上の掲示板に掲載したものもありました。2007年度の事案は1,692件となり、前年に比べ15.9%と大きく増加。特にインターネットを利用した事案は、前年を大きく上回る418件(48.2%増)となっています。

インターネットを利用した差別事件
2006年に「2ちゃんねる」の掲示板に栃木県小山市の被差別部落の地名や出身者の名字を書きこんだものが多発した小山市差別書き込み事件がありました。法務局の栃木支局は当初「書き込みが特定の地域や姓を表しているのは推測できるが、伏字や隠語を用いているため、断定はできない」として小山市からの削除要請を拒否しました。後に上級庁の指導によって「インターネット上に流通する特定の地域を同和地区と摘示する書き込みは、出身者に対する差別的取り扱いを助長、誘発する」という見解に立ち、書き込みを削除しました。
また、2002年には「尼崎市役所の職員を監視するNPO」と名乗るホームページを立ち上げ、市職員の部落解放同盟員を実名で中傷した尼崎インターネット差別事件がありました。幸い最終的にはホームページを立ち上げた相手を特定でき、最高裁まで争って30万円の罰金となりました。
1999年の宇治市の個人情報漏洩事件では全市民22万人の住民基本台帳データが市のアウトソーシング先企業のアルバイト学生によって売買されようとしました。売却前に宇治市が回収しましたが、3人の住民が宇治市に損害賠償を求め、最高裁で勝訴し、宇治市は1人につき、1万円払うことになりました。この裁判によって、住民票台帳に記載される氏名、住所、生年月日と性別の「基本情報」を漏らすと1万円の損害賠償という状況がでてきました。

総務省の「違法・有害情報」に対する取り組みとプロバイダ等の自主的対応
2006年、「インターネット上の違法・有害情報への対応に関する研究会最終報告書」は電子掲示板の管理者等による違法・有害性の判断を支援するガイドライン作成、契約約款モデル条項作成、フィルタリングの利用に向けた取り組み等を提言しました。
報告書では違法情報を「法令に違反した情報、流通により他人の権利を侵害する権利侵害情報、権利侵害情報以外の社会的法益等を侵害する情報」とし、有害情報は「違法ではないが、公共の安全や秩序に対し危険を生じさせるおそれのある情報や特定の者にとって有害と受け止められる情報」と定義しています。有害情報については、特に、公序良俗に関する情報、青少年にとって有害な情報に限って対応することとし、そこではフィルタリングソフトの装着による対応が中心に考えられています。結果、18歳未満の青少年に携帯を与える場合はフィルタリングソフトをつける法律(青少年が安全に安心してインターネットを利用できる環境の整備等に関する法律、2009年4月施行)もできました。フィルタリングには見てはいけない情報をブロックするブラックリスト方式と見ていい情報だけ見ることができるようにするホワイトリスト方式がありますが、法律はブラックリスト方式を採用し、装着の判断を親に委ねています。その他の有害情報については、プロバイダ契約約款に基づくプロバイダの自主的な対応による解決がそこではさらに想定されています。

「違法・有害情報」に対するプロバイダ等の自主的な対応と差別表現
報告書を受けて、プロバイダ4団体で作った「インターネット上の違法な情報への対応に関するガイドライン」では、わいせつ、薬物、振り込め詐欺、その他の4つについて、どのような規制根拠があり、違法性の判断を行うか、細かな事例と考え方を示しました。このガイドラインで対応できないものについては、違法・有害情報への対応等に関する契約約款モデルで対応することになると考えられます。ネット上の人権侵害は、プロバイダに被害者から削除の要請があれば、このガイドラインにそって救済が検討されることになります。あるいは2004年作成のプロバイダ責任制限法の名誉毀損・プライバシー関係ガイドラインに基づき救済を検討し、あてはまらないものについてはさらに契約約款によって対応するということになります。具体的な削除要請については、まず、これらのガイドラインに照らしてそこに違法性があると判断されれば認められ、違法性があるとはいえないが、契約約款などに基づいて、やはり放置し難いとなれば、プロバイダ契約そのものを取り消すということになります。「差別表現」への対応としては、現在のところ、契約約款モデルで禁止されているというレベルです。また、2002年施行のプロバイダ責任制限法に基づく救済は、プロバイダが中心となって苦情を処理をするようになっていますので、過度にプロバイダに期待するシステムは、ある意味で逆にプロバイダに大きな力をあたえることになり、少し気になります。
警察のホットラインや、法務局の人権擁護機関等を通した解決も現実に機能しています。刑法上の名誉毀損やわいせつ関連法規、その他プライバシー・個人情報保護関係の事例・判例も多くでてきており、法的に対応できる環境も整ってきています。
ネット上の差別問題について、これまで政策検討過程ではあまり取り上げられてきませんでした。また、繰り返しになりますが、ネット上の人権問題の解決を民間のプロバイダに大きく頼っているしくみは、やはり問題だと思います。ネット上の情報がプロバイダによってすべて握られコントロールされることになれば、これは大変なことです。もっと政府としてきちんと解決すべき手立てがあると考えます。

グーグルのストリートビュー・サービス問題に対する総務省の見解と提言
総務省は、2009年8月の提言において、グーグル社等のストリートビュー・サービスを取り上げ、「原則として個人識別性がなく、特定の個人情報を検索できる仕組みを備えていない」として現行の個人情報保護法の義務規定が適用されないことを確認しています。プライバシーや肖像権との関係においても、公道から撮影されたものであり、人物やナンバープレートにはぼかし処理がほどこされていることから、「一律に停止すべき重大な問題があるとまでは言い難い」として、事実上、ストリートビュー・サービスを認める見解を示しました。
しかし、同時に、グーグル社等がこのサービス以外で「個人情報データベース等」を供している場合は、「個人情報取扱事業者」として個人情報保護法の義務規定が適用される可能性があること、また、プライバシー権侵害や肖像権の問題についても、ケースによっては違法性の判断をせざるをえない場合があることを示唆しました。さらに、著作権侵害や「興味本位での二次利用」の問題が存在することを指摘しています。また、電気通信事業者として(事業者用の)「個人情報保護ガイドライン」を遵守することも求めています。
その上で、撮影態様の配慮やぼかし処理に加え、グーグル社等には①撮影や公開前の情報提供、②本人から申出があった場合に画像を速やかに削除する手続等の整備、③サービス公開後の対応の充実、インターネットを利用しない一般市民の存在も視野に入れたうえで、サービス全般に関する周知の徹底等を求めています。
二次利用の問題については、被差別部落が撮影されている画像のURLを、掲示板上でその地名を示した『インターネット上の部落地名総鑑』が作成されていたケースなど、部落解放団体等によって指摘された問題に対応しており、総務省がこれまで構築してきたプロバイダ等民間事業者の自主的対応によって解決を図り、サービス提供者自身おいても二次利用の防止に努めるよう促しています。

総務省の見解に対するグーグルの対応
今回の提言内容に対するグーグル社の対応は、①カメラ位置の引下げや一律ぼかし処理の実施等、撮影態様の配慮、②地方自治体や地元新聞等への事前の情報提供、③違法な二次利用を禁止する旨明記、注意喚起や削除依頼の取扱等、サービス公開後の対応の充実、④サービス全般に関する周知の徹底、⑤プライバシーポリシーにストリートビューの章を新設する等を行っています。
今回の対応は、総務省・研究会による提言の公表、提言内容に基づく同省による要請によって、背中を押される形となりました。ストリートビューでは自宅に居ながら、NYもパリも街の隅々まですべて見えます。それは怖いことです。顔にぼかしが入っても、服装や体形、洗濯ものなどで近隣の人は誰だか想像できるのです。それらの情報が悪意を持って利用される可能性があります。そのようなリスクの多いサービスを何の安全装置も装備せずに運用する姿勢は、根本から問い直されなければなりません。

終わりに
行政が市民情報を結果的に流出した場合、個人情報保護法と行政機関個人情報保護法(あるいは各自治体の個人情報保護条例)で対応できますが、現状では公務員等が「個人の秘密」を漏らした場合を除き、処罰対象にはなりません。処罰云々以前に、不必要な「そういう情報はとらない」「情報はきちんと管理する」というルールが確立していることが重要です。
一方、差別がいけないことは日本国憲法14条で定められていますが、「差別表現」を個別法で取り締まることはなかなか難しいかもしれません。もう片方で表現の自由が保障されていることが理由です。しかし、名誉毀損的表現や侮辱的表現は、名誉毀損罪や侮辱罪として刑罰法規の対象となっていますので、「差別的表現」も差別の定義・要件などをどう定めるか難しいかもしれませんが、個別法で対応できる可能性は十分にあると思っています。
現在、世の中でいろんなことを議論し合える場が少ないと思います。多くの人が「世の中どうあるべきかを忌憚なく話し合える場」をたくさんつくって、その中でルールを確立していくことが大切です。いわゆる公共圏の形成です。ネット上でも、お互いが理解し合うために意見を言い合える場を是非つくっていくべきと思います。
差別はすべての人類が当面している問題、自らつくりだした問題です。差別は絶対いけないとびくびくするような社会は窮屈ですが、社会全体で、差別はよくない、差別は法律によって禁止されている(場合によっては処罰がある)、という状況をつくりだすことは何ら問題はないと思うのですが、いかがなものでしょうか。


 

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第315回国際人権規約連続学習会は長年会場として使ってきた大阪人権センター6階ホールでの最後の学習会となりました。参加者からも最後を惜しむ声がありました。
次回からは大阪市内の別会場での開催になります。時間帯も変わります。会場・時間にご注意ください。
(事務局)