調査研究

各種部会・研究会の活動内容や部落問題・人権問題に関する最新の調査データ、研究論文などを紹介します。

Home調査・研究部会・研究会活動歴史部会 > 学習会報告
2007.03.29
部会・研究会活動 <歴史部会>
 
歴史部会・宗教部会 合同学習会報告
2007年2月3日
筑前国革座記録から見た革鞣し技術

出口 公長

出口さんは、大学で皮革製造法を専攻されて以来、伝統皮革の調査と研究を50年にわたって行われている。今回の報告では、『筑前国革座記録』(以下、『記録』を記す)を技術者の立場で見た場合、牛革製造に関わる周辺事情が具体的で、皮革の原料から利用までの生産現場の様子がかいま見られ、滑革の評価がかなり具体的であるとして、「他に類書がない、極めて貴重」と評価している。以下、姫路革の生産技術を基に、『記録』から読みとれる特徴を、工程別に列挙していきたい。

  1. 原皮の入手…斃牛馬からの剥皮であるので、極めて不規則に発生する要因に左右される。斃牛馬は、夏場では半日放置しておくとその皮は利用できないので、『記録』には記述がないが、何かしらの情報収集システムがあったのではないかと推察できる。

  2. 皮の乾燥…姫路革では剥皮後直ぐに水洗いし塩を撒くのだが、『記録』には「塩」は出てこない。いわゆる「素乾皮」(すかんぴ)にしたと推察できる。

  3. 保存と損傷…原皮はなめしに備えて「囲い蔵」に貯蔵されていたと見られるが、保存中にカツオブシムシの仲間に荒らされる場合もあった。

  4. 水漬・脱毛…原皮は「水戻し」の後、皮下の筋肉片や脂肪片を除去しなければならないが、江戸時代にどのような道具を使用していたのかは実は分かっていない。姫路革で使用されるような「皮カンナ」があったかもしれない。

  5. 生皮の製造…脱毛後、裏面を整えて日陰で張り乾燥すると「あめ皮」ができる。これが生皮(きがわ)である。『記録』には「あめ色」・「あめ地」・「板目皮」・「いため革」などと記されている。「板目皮」とは、にかわ液を浸透させて張り合わせ強固にした皮であり、『記録』には記述がないが、武具類に使用されたと思われる

  6. 鞣しと技法…鞣し場を設けるにあたって許可願いを提出しているが、その概略図には中州があり、適度な曲線が描かれており、姫路の市川の地形に照らしても符合するものがある。鞣しの時期は、夏場と厳寒が避けられたようである。また、姫路革のなめし剤は菜種油だが、『記録』には出てこない。一方で「匂い等も去り間敷」との記述があるので、油なめしの可能性も否定はできない。鞣しの技法に関しては、姫路革の技法に近いと考えられるが、技術的に劣っていたと推察できる。

  7. 乾燥・揉み…何らかの「鞣し」の工程の後には、天日干しと揉みの作業を繰り返し、線維間構造に微細な隙間を作って柔らかくしていく。「薄もみ」・「しぼ寄上仕立」の言葉が見られることは、「揉み」の工程が行われていた証拠である。

  8. 取引の単位…製品革の多くは、曲尺1尺四方を1坪とする単位で取引された。

  9. 皮革の品質…製品革の品質は、外観上の質と革としての本来の質の二つがある。良否の選別は原皮の段階から始まり、製品革に至るまで続く。『記録』には「撰抜き」・「撰取」・「見分け」・「極上」といった表現が見られる。

  10. 販売先の用途…販売先は主に役所である。武具甲冑や櫃が主体であり、売り先には切皮屋・具足師・弓師などが見られる。

  11. 副産物…皮革生産には様々な副産物が生じるが、その主なものは毛である。その用途は「剣術稽古道具への入れ毛」、「かごふとんニ入れ」と記される。

  12. 荷姿と搬送…原皮は筒状に巻くことによって運搬が容易になる。その単位は「丸」である。

以上のような分析から、筑前国の皮革業について、1)原料は、乾皮は主体である。2)鞣しをした可能性は低い。3)固い革しか作れなかった。4)板目革が得意であった。5)『記録』により、鞣し周辺の事情が補完できる。という特徴があるとまとめられた。
その後の質疑応答では、正倉院宝物に裏漉きをした形跡があり、「皮カンナ」が古代から存在したとすれば、「カンナ」という道具は皮革から建築に応用された道具ではないかと推測されるということや、姫路革の「なめし」は、科学的にいう「なめし」ではないという話など、技術者の視点から語られた歴史は、歴史学を専攻とする立場の人間からすると斬新なものであった。
(文責:藤原 豊)