調査研究

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2003.11.08
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維新の変革と部落(移行期研究)研究会報告
2003年8月16日
小林丈広編『都市下層の社会史』
序論・第一部に対するコメント

杉本 弘幸(大阪大学院生)

  報告では、最近出版された小林丈広編『都市下層の社会史』(解放出版社、2003)のうち、「維新の変革と部落」という本研究会の趣旨を鑑み、特に小林丈広による序論と、第一部「近世との連続・断絶」のうち中嶋久人「『都市下層社会』の成立」と小林丈広「都市の近世と近代」の二論文に限定して批評することで、幕末維新期の都市下層社会研究の成果と課題について論じられた。

  まず、編者である小林丈広による序論については、本書の構えが説明されており、都市下層社会と部落問題という問題視角が提示されている。小林は林屋辰三郎が提言した「地方史」「女性史」「部落史」という三つの視点について、「地方史」「女性史」が一つの方法論として受け入れられたのに対し、「部落史」が未だ個別の分野史にとどまっていることを指摘するが、報告者はこれについて、さらに近代部落史研究のレベルの低さ、同じような叙述の再生産、発表メディアの偏り等の課題を指摘したい。部落問題の歴史的研究から何が発信できるのか、という点を常に問いながら研究する必要がある、といえよう。

  続いて近代都市史研究の側に視点が移されるが、ここで小林は特に幕末維新期の都市下層社会研究を重視している。また、近年の国民国家論的な潮流のもとに行われる都市下層社会研究を批判し、都市の内在的な諸矛盾を具体的に明らかにする必要性が指摘されているが、これらは、根本的な方法論や史料のあり方が異なる近世都市史研究と近代都市史研究の間隙をどのように埋めていくか、という課題が克服されなければならない。いずれにせよ、現在の都市史研究は、小林が言う「方法としての都市史」が模索される段階にあると言えよう。

  次に中嶋久人の「『都市下層社会』の成立」であるが、これまでの中嶋自身の研究を踏まえた、大変手堅い研究となっており、東京公儀所や府会の議論なども踏まえて、公的救済政策の転換と「都市下層社会」認識の成立を鮮やかに描き出している。また、近世都市史研究の成果を積極的に組み込んでいるのも特徴であるが、幕末維新期における身分制社会の変容については捨象されていると言わざるを得ないだろう。

  小林「都市の近世と近代」はまず、先述した近世都市史研究と近代都市史研究の「ずれ」を指摘し、また、江戸を中心とした近世都市史研究の成果の上に立って、京都における事例を深化させている。ここでは「非人」「えた」身分と都市下層社会、あるいは「近代部落問題」の成立に関わる論点が提示されており、中嶋論文では捨象された、近世の「賤民」身分と身分制社会の変容、近世・近代の断絶といった問題群に言及している点が特色である。

  本書は、編者自身が大きな課題とする近世都市史研究と近代都市史研究の架橋という面からいえば、大きな成果があったと言うことができよう。なお、残る課題としては、近世から近代にかけて、同一の方法論による通時的な実証研究が必要であることと、一般の近代史研究者へ向けての、部落問題研究の成果の積極的な情報発信が求められていることを指摘しておきたい。

(文責・事務局)