調査研究

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08.05.26
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児童養護施設経験者に関する調査研究 2007年度報告書

B5判154頁
2008年3月31日発行
部落解放・人権研究所 編

第1章 調査の趣旨と概要

長瀬 正子


1 問題意識と課題設定

 本調査は、児童養護施設という子どもの社会的養護[1]をになう児童福祉施設において、子ども時代の一定期間に生活した経験をもつ若者へのインタビュー調査を実施したものである。

 そもそも、児童養護施設とは、「保護者のいない児童、虐待されている児童その他環境上養護を要する児童を入所させて、これを養護し、あわせて退所した者にたいする相談その他の自立のための援助を行うことを目的とする施設」(児童福祉法第41条)である。全国養護施設協議会が発行する児童養護施設を紹介するパンフレット『すこやかに―――児童養護施設の紹介』によれば、2003年2月1日現在で全国555の児童養護施設で約3万人の子どもたちが生活している。厚生労働省(2004)の調査によると、父あるいは母の死亡による入所はわずか3.0%であり、多くは親がいるがさまざまな家族のおかれている状況により入所に至っている。その理由としては、「父母の放任・怠だ」11.7%、「父母の就労」11.6%、「父母の入院」7.0%、「破産等の経済的理由」8.1%などである。

 児童養護施設で生活する子どもにとって、進路選択をし、社会生活へと移行していく過程において、抱えさせられる課題とはどのようなものであろうか。また、そのような課題に対して、どのような支援が必要であろうか。

 これまで、児童養護施設での生活を経験した者(以下、施設経験者)は、進路選択、社会生活への移行過程でさまざまな困難に直面することが、青少年福祉センター編『強いられた「自立」』(ミネルヴァ書房、1989)他多くの先行研究によって明らかにされている。児童福祉分野においては、施設経験者が社会生活へ移行していくうえで必要な支援について、制度面においても、実践面においても模索されてきた。実践者および研究者の側から、いかにして自立を支えるかという言説が多くある一方で、施設経験者自身が、どのように進路を選択し、社会生活へ移行していったか、その過程そのものを明らかにしたものは、松本伊智朗(1987)「養護施設卒園者の生活構造――「貧困」の固定的性格に関する一考察」(『北海道大学教育学部紀要』第49号 pp.43-119)があるが、それほど多くない。

 本研究の目的は、施設経験者が、学校・施設においてどのような経験をし、そのなかでどのように進路を選択し、社会生活へと移行しているのかという過程を生活史インタビュー調査により聞き取り、描き出すことにある。このような作業を通して、施設経験者が抱え込まされる固有の課題を明らかにし、施設で生活する子どもの進路保障および自立支援のあり方を検討することができるだろう。

 なお、先行研究では児童養護施設で生活した経験のある人のことを「児童養護施設出身者」、「児童養護施設卒園者」、「児童養護施設当事者」などの言葉で表してきたが、本調査においては、先行研究からの引用以外は「児童養護施設経験者」あるいは「施設経験者」で統一して表記している。

2 研究方法

 研究方法は、児童養護施設を経験した、おおむね20代から30代の方を対象として、生活史を聞き取るインタビュー調査である。調査期間は、2006年1月から2007年10月である。インタビューでは、1時間半から3時間の間で、就学前から学校経験等生活暦に沿って自由に語ってもらうなかで、あらかじめ調査者の用意した次の5つの項目について言及してもらうよう努めた。5つの項目は、1.子ども時代の学校や家庭、施設でのこと、2.進路を選択し、施設を離れるときのこと、3.施設を出てから今までの暮らしについて、4.現在の暮らしについて、5.施設を退所する前後にどのような支援が必要かという5点である。

 インタビュー対象者は、本調査を実施している研究グループである「児童養護施設経験者に関する調査研究会」のメンバーの知人、あるいは施設職員および学校教員から紹介していただいた。紹介者には調査の場に同席していただいた。対象者と信頼関係ができている紹介者が調査の場に加わることで、さまざまな事柄を語っていただくことが可能となった。本調査において紹介者の存在は非常に大きい。そもそも、対象者がインタビューを引き受けてくれたことも、紹介者との信頼関係があってこそである。そして、紹介者には、インタビュー場面に同席していただくこと、入所理由等話すことにエネルギーが必要な場面での精神的なサポート、困難であった経験を回想し語っていただいたインタビュー後のフォロー、研究成果の公表に関する仲立ちなどさまざまな場面でご尽力いただいた。対象者にとって負担となり傷つけることがないような調査をすすめていくためには、紹介者の協力が不可欠である。

 具体的な倫理的配慮としては、さまざまな事情を抱えた対象者へのインタビューであるため、調査の趣旨、録音、データの取り扱い、研究成果の公表について、事前に十分な説明を行い、対象者の同意を得てからインタビューを実施した。研究成果の公表についても、多くの場合紹介者を介して、対象者に随時確認する手続きをとった。また、本報告書においては、個人名や出身施設等が特定できないよう匿名性に配慮した。

 これまで述べたような方法で、私たち調査グループは、インタビュー対象者と出会った。その調査対象者の概要が、以下の表1.対象者の概要である。2007年10月までに、西日本の児童養護施設で生活した経験をもつ13名(男性5名、女性8名)のインタビューを実施することができた。

 ここで、本調査における調査対象者の特徴について簡単に記しておく。

 第一に、本調査対象者は、児童養護施設経験者のなかでは高学歴に偏った層の施設経験者である。第2章で詳しく述べるが、児童養護施設経験者の大学等進学率は9.3%である。一方、本調査の対象者は、13人中5人が大学等進学者であり、4人が専門学校を卒業している。本調査対象者は、児童養護施設で生活しているころは施設職員から「優秀な子ども」、「エリート」として評価されてきた子どもたち、「卒業後に心配する必要がない」と見られていた子どもたちなのかもしれない。しかしながら、第4章、第5章で示されるように、高等教育への進学および達成は、本人の非常に大きな努力と周囲のサポートによって初めて実現したことが分かるし、さまざまな葛藤や困難さを抱えて過ごしてきたことが読み取れる。「優秀な」「心配する必要のない子ども」であっても、困難に直面し多大な努力を強いられていることから、他の多くの施設経験者たちが置かれた状況を類推することができるだろう。

 第二に、本調査対象者は、誰か信頼できる人と継続してつながっている施設経験者である。前述したように、私たち調査グループが対象者と出会えたのは、紹介者、つまり対象者にとって信頼できる人がいてくれたおかげである。そして、その紹介者は、さまざまな場面で対象者の助けとなってきた存在でもあり、インタビューにおいても、対象者と紹介者の信頼関係を感じさせるエピソードを多く聞かせてもらった。多くの場合、家族資源を頼ることができない対象者にとって、紹介者は社会資源とつながることを可能にする存在でもある。

 本調査対象者は、以上のような二つの特徴をもっている。

 インタビューを受けてくださった13人の方々、紹介してくださった方々に記して感謝の意を表したい。


表1 対象者の概要

児童養護施設経験者に関する調査研究会(所属は2008年3月時点)

西田 芳正(大阪府立大学)……………………第II部第1章
森  実 (大阪教育大学)
長瀬 正子(常磐会短期大学)…………………第I部第1章、第2章、第4章
畑中 通夫(元・西宮市立山口中学校) ………第II部第4章<参照>
妻木 進吾(日本学術振興会特別研究員)……第I部第5章
鈴木 喜子(児童養護施設 二葉学園)
渡邊 充佳(大阪市立大学大学院前期博士課程)
中村 清二(部落解放・人権研究所) …………第I部第3章
内田 龍史(部落解放・人権研究所)



[1] 社会的養護とは、親の死亡や行方不明、離婚、長期入院、貧困、そして遺棄や養育拒否、虐待・ネグレクトなど、保護者の身体的、経済的、心理的要因による児童の養育環境の破綻や児童本人の心身の状況から保護者による家庭での養育に限界をきたすなど、保護者・児童の一方または双方の理由により、生来の家族の養育ではなく、施設・里親による養育を行うこと。(山縣文治・柏女霊峰編『社会福祉用語辞典(第6版)』ミネルヴァ書房 2007, p.149)