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2008.01.28
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地域就労支援調査研究会 報告
2007年10月31日

日本における社会的排除の要因と社会的包摂効果に関する先行研究の検討

水野 有香 (大阪市立大学大学院 経済学研究科 博士後期課程)

 本報告では、『社会保障研究』43巻1号に掲載された論文(菊池英明「排除されているのは誰か?—『社会生活に関する実態調査』からの検討」(以下菊池論文)、阿部彩「日本における社会的排除の実態とその要因」(以下阿部論文))の検討を通じて、日本における社会的排除・包摂に関する先行研究を紹介し、本研究会での調査との異同について検討する。

1.菊池論文

 冒頭、社会的排除とはどういう状態を指すのかについて紹介しているが、特に欧州では、福祉国家、社会、経済におけるメンバーシップの喪失であるとしている。その上で、社会的排除論が浮上した経緯について触れている。つまり、福祉国家の弊害や矛盾を克服するための概念として社会的排除の議論が登場したのである。福祉国家は、社会的矛盾を解決するための重要な柱であったが、しかしながら二つの逆説的な事態が生じた。すなわち、逸脱的な中間集団の存在が失業と貧困をもたらすという想定のもとで産業衰退地域における失業貧困に対して大規模な政策的な介入が行われたのであるが、その結果、中間集団が弱体化することで、かえって失業や貧困が促進されたのである。また、1970年代以降、脱工業化を背景として、雇用や家族関係が不安定化した。その結果、公的扶助の受給者が増大し、「給付への依存」「給付による貧困・失業の罠」という状況を生んだ。これがまさに社会的排除の様相を呈するに至るのである。

 この反省から、特に英国において、社会的排除への対策は、地域・コミュニティの再生支援(コミュニティが社会的企業を設立し、人のつながりを回復させる)と人的資本の形成支援(若年失業者対策、若年無業者対策)、さらには公的扶助改革として子どもに重点を置いた現役世代向け所得保障の充実を図り、貧困の再生産を食い止めようとしたのである。

 日本においては社会的排除概念に基づく調査はほとんど無い。そこで社会的排除をどう捉えるかというところから議論が始まっている。論文では概念図が示されているが、社会的排除とは、多次元的・動態的な現象として社会問題をとらえるとしている。これにより、生活の諸領域で消費が強制されたり、切りつめられたりする領域が特定でき、また貧困・失業・剥奪といったことが一次的な経験か、継続・固定した深刻なものであるかという点が把握できるとしている。この状態を把握するための指標の選択としては、福祉国家、所得・消費、社会・中間団体からの排除を回答者の属性、ライフイベント、世帯属性からクロスをしていくというものである。当研究会調査では、失業者を対象としているため、就労形態や非自発的就労の経験に関するデータは得られないであろう。この指標選択の際に留意されているのは、強制された欠如と選好による欠如が区別されている点などである。

 この指標によって実際に神奈川県内の市において調査が実施されたのであるが、排除されているのは誰か、という章では、単身世帯、非稼働世帯では排除のリスクが有意に高い(なお後者では居住・サポートネットワークでの排除については有意ではない)ことが明らかになった。なお、生活保護世帯と障害年金受給世帯、児童扶養手当受給世帯(母子世帯)はある程度重なっており、その世帯の一部は過去1年間でライフライン停止や家賃滞納などの極度の排除・剥奪を経験している。ライフイベントから見ると、社会保障については正規就労者は排除されにくく、低学歴者、50代以下の有子世帯は排除されやすいことがわかる。また、相対的貧困に関しては、高齢かつ非就労である者、また15歳時に1人親世帯もしくは3世代世帯であった者は排除されやすい。消費の面では、男性、15歳時の暮らし向きが不安定な者、中卒者、単身世帯、非自発的失業の経験者は排除されやすい。さらに、サポートネットワークからの排除については、非自発的失業経験者や単身世帯が排除されやすく、地域での活動については中卒者、非自発的失業経験者、50代以下では既婚者・非自発的失業経験者が排除されやすい。

 以上のことから、15歳時の経済状況が学歴に影響を与え、それによって得られる職業に影響があることが示唆される。また単身者(特に男性)は福祉国家、経済、社会の三領域全てにおいて排除リスクが高いことがわかる。この現状を踏まえて、日本においても、人的資本形成支援や公的扶助改革に取組む必要があることが示されている。

2.阿部論文

 まず冒頭、日本では、研究が少ないため、政策の場で社会的排除が語られることは殆どないことが指摘される。社会的排除に関する計量分析が困難な理由としては、概念が曖昧であること、排除される人たちが通常の社会調査から漏れる可能性が高いこと、社会的に排除されている人々は少数であるから、大規模な調査でないと必要なサンプルが得られないこと、さらに排除概念を正確に捉えるためには、独自の調査票の設計が必要となることが挙げられる。欧州では既に社会的排除の計測が行われているが、これまでの貧困研究とは異なり、単次元から複数次元、一時点から複数時点、個人・世帯単位から空間単位に視点を移している。また、主観的な指標も組み込んでいる点は新たな特徴である。

 先行研究から明らかになった点は、他の人々に比べて、明らかに高い確率で被排除者になるリスクグループが存在し、社会的排除指標によって識別される被排除者と所得ベースの貧困者とが重なっている度合いはさほど大きくないという点である。

 社会保障・人口問題研究所による調査では、社会的排除指標として、次の項目が用いられた。すなわち、基本的基軸と考えられる7次元、具体的には基本的ニーズの不備、物質的な剥奪、制度からの排除、社会関係の欠如、不適切な住環境、社会参加の欠如、主観的に判断される経済状況である。なお、欠如の理由のうち、本人の嗜好によるものは欠如としてはカウントしていない。

 この調査の結果、所得と社会的排除には密接な関係があるなど、幾つかの知見が得られた。女性に比べて男性の方が排除され易いが、女性の方が劣悪な住宅に住んでいる確率が高い。また、単身者は、他の世帯構造の人たちと比べて生活環境が劣悪な確率が高い。なお、単身高齢者については、他の単身者に比べ、比較的住宅に恵まれている。

 勤労者については制度からの排除のみが有意であるが、子どもの有無については、何れの指標も有意なものはない。

 他方で、解雇の経験がある人は多くの指標で有意である。つまり解雇経験と社会的排除とは密接に関連していることがわかる。さらに、15歳時の経験が、大人になってからも影響していることも見て取れる。

 これらの調査結果から、それぞれの指標がどのような関係にあるかという概念図が示されている。当該調査が一時点でのデータであるから、詳細を分析することはできないが、おそらくそれぞれの指標が独立に進行するのではないかという点が示唆されている。

(文責:李嘉永)