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2008.10.16

新聞で読む人権
2008年8月

累犯障害者を生まない出所者の社会復帰支援を

  • 2008年5月19日 朝日新聞 大阪 知的障害者の復帰に手を 受刑者の出所
  • 2008年7月28日 読売新聞 夕刊 大阪 出所者就労 全国に支援協 再犯防止へ雇用促す
  • 2008年9月20日 日本経済新聞 夕刊 大阪 出所後の生活応援 障害者・高齢者向け 厚労省、再犯防止狙う 都道府県に施設 年金手続きなど


 刑を終えた出所者の社会復帰や就職には、今もなお多くの困難が伴います。知的障害のある出所者の社会復帰には、更にいくつものカベが存在し、逆に刑務所が最後の福祉の砦となっている現状があります。

 知的障害のある人の社会復帰のカベとして、いくつかの要因を挙げることができます。

 受刑期間中に、知的障害者としての対応がほとんどなされていないこと。「仮釈放」により「更生保護」を通じて受けられる社会適応の訓練が、身元引受人がないため満期釈放となり、刑務所に入る前と何ら変わらない状態で社会に出される一方で、社会に適応する力不足のため社会生活になじむための練習や訓練期間が必要なケースが、しばしば見うけられること。法務省と厚生労働省、つまり「行刑施設」や「更生保護」をする側と社会福祉事業を行う側が、受刑者の社会復帰に係る連携がないため、地域での更生保護事業などとの接点がほとんどないこと。また、福祉の側も受刑者に占める知的障害者の多さの認知に欠けること。障害者自立支援法による「支援費制度」も契約制度であるため、福祉施設内での生活訓練の機会が極めて少なく、仮釈放期間があっても出所後の訓練機会が奪われていることなどです。

 服役が2度目以降の、いわゆる「累犯者」を収容する刑務所では、とりわけ障害者の割合が高く、実際に受刑者の半数以上が何らかの障害を抱えている刑務所の存在も明らかになっています。

 行刑施設とは、自由刑の執行を「行刑」といい、「自由刑」とは懲役・禁固・拘留の3種を指しますが、このための施設である刑務所・少年刑務所・拘置所の3つの総称を「行刑施設」といいます。ちなみに、後記する「矯正施設」とは、この3つに少年院・少年鑑別所・婦人補導院を加えたものを指します。

 行刑指針は、日本国憲法に基づき、人権尊重の原理(身体の自由以外の人権尊重)や、更生復帰の原理(矯正と社会復帰をめざすために処遇すること)などが盛り込まれていますが、知的障害のある受刑者にとっては、障害者としての処遇も、社会復帰のための処遇もお寒い限りの実情なのです。

 こうしたカベを乗り越え、知的障害者が出所後に生活できる状況づくりと社会復帰支援のため、今春、長崎県の社会福祉法人「南高愛隣会」が東京都内に事務所を設けました。

 ここでは関東周辺の4つの刑務所から、知的障害のある受刑者の出所時期などの情報を得る傍ら、知的障害者手帳である「療育手帳」の取得や、受け入れの福祉施設さがしなどを開始しています。

 この取り組みの発端には、2006年、こうした問題意識をもつ民間関係者が立ち上げた「罪を犯した障害者の地域生活支援に関する研究班」の活動の成果が、大きな背景をなしています。また、この研究班の調査研究が、厚生労働省の「障害保健福祉総合研究事業」とされたことも後押しとなっています。

 この研究班のメンバーには、藤本哲也さん(中央大学法学部教授・犯罪学博士)、山本譲司さん(ノンフィクション作家)、清水義悳さん(更生保護法人日本更生保護協会常務理事・事務局長)、小野隆一さん(宮城県社会福祉協議会地域福祉部部長)、酒井龍彦さん(社会福祉法人南高愛隣会長崎障害者就業・生活支援センター所長)が名を連ね、主任研究者は、南高愛隣会の理事長でもある田島良昭さんです。

 2007年5月に、この研究班に法務省矯正局から提出された「刑事施設、少年院における知的障害者の実態調査」からも、課題の一部が明確に現れています。

 現在、刑務所等(行刑施設)には、約6万人を超える人が収容されているといわれています。このうち、「刑事施設における知的障害者」調査では、比較的規模の大きな15の刑務所の受刑者・2万7024人を対象に実施され、うち「知的障害者又は知的障害が疑われる者」として410人が報告されています。15の刑務所は、「犯罪傾向が進んでいない者を収容する」刑務所が4つ、「犯罪性の進んだ者を収容する」刑務所が11に区分されます。

 この調査で、知的障害者または知的障害が疑われる410人の調査結果において、「犯罪性の進んだ者を収容する」11ケ所のみの、平均入所回数が6.75回を数えました。また、現在の受刑を含め、刑務所への入所回数が5回以上の人が半数を超える54.4%もいました。

 その他にも、この調査は大きな特徴が表れました。

 410人中、療育手帳を所持している人は、わずか26人に過ぎません。また、平均年齢は高く48.8歳でした。

 犯罪動機では「困窮・生活苦」がもっとも多く36.8%を占めました。また事件を起こした際に「無職」だった人の割合は、80.7%と高いものでした。学歴は、「中学校卒業以下」の人が86.1%を占めています。

 前回の出所時に仮釈放だった人は、わずか20%。ちなみに平成18年度「犯罪白書」では、全国の受刑者に占める仮釈放の出所率は約55%であることから見ると、その低さが際だちます。

 前回の出所時の帰住先が判明している人は、56,5%です。帰住先内訳では、父母兄弟を含む「親族のもと」が27%、「更生保護施設」が10.5%、「知人のもと」5.3%、「社会福祉施設」1.1%、「雇い主のもと」0.7%、「その他」11.9%となっています。裏返せば、半数にちかい人が、前回出所時の帰り先がはっきりしません。帰るところがなかったとも言えます。

 再犯期間では、前回の受刑から3ヶ月以内に32.3%、1年未満を含めると60%の人が再び刑務所に戻っています。

 また同じく、研究班に提出された法務省矯正局の調査で「少年院における知的障害者」報告があります。

 全国の少年院在院者4060人(2006年12月末現在)に対し、2007年1月1日現在で調査したところ、「知的障害者及び知的障害者に準じた処遇を必要とする」人が130人(男子113人、女子17人)いることも判明しています。この調査においても療育手帳の所持者は29人でした。

 こうした調査結果は、先に挙げた刑を終えた知的障害のある人の社会復帰へのいくつかのカベを事実として証明するものです。

 昨年7月、研究班のトップである田島良昭さんは、5つの政策提言を行いました。

 1つは、法務省と厚生労働省の共同事業として、矯正施設、更生保護施設と福祉サービス事業をつなぐ架け橋として、都道府県単位で「社会生活支援センター(仮称)」を設立することです。この提案は、少しずつ実現してきています。未だ、民間ベースですが今年開設を迎えました。

 「更生保護施設」とは、更生保護事業法に基づき、施設の中での宿泊所の供与や、帰住のあっせん、生活相談などの3事業(継続保護事業、一時保護事業、連絡助成事業)をおこなうもので、現在、全国に101ヶ所あります。国や地方公共団体も実施主体になれるのですが、すべて民間の更生保護法人というのが実情です。

 国は、知的障害のある人だけでなく、全都道府県に刑を終えた出所者の就職支援の「就労支援推進協議会」を今年度内に設置する方針を固め、広島県が全国に先立ち5月に設置されました。また、田島さんの提言に沿う「社会生活支援センター(仮称)」も、来年度予算案には盛り込まれています。

 田島提言の2つ目は、知的障害者が療育手帳を取得しやすい環境整備です。

 現在の福祉サービスは、障害者自立支援法に基づく支援費制度つまり申請主義(2003年4月から福祉施設などがサービス内容を決定するのではなく、利用者自らが選択・申請する制度。この反対が「措置制度」となります)のため、出所時に福祉サービスを受けるには、矯正施設や更生保護施設にいる間に療育手帳交付の申請をおこなわなければなりません。

 出所後の身元引受人に「家族を含む親族」の割合がきわめて少ないために、矯正・更生保護施設が代理人となり、療育手帳申請や福祉サービスの申請を行えるようにするシステムの提案です。これには、「知的障害者福祉法」第9条の「現在の居住地」問題、つまり福祉サービスの実施機関は居住地の市町村であることの問題や、療育手帳交付の要件としての「18歳未満での発生を証明する」書類添付の問題、また都道府県単位で異なる療育手帳の取得基準のばらつきなど、現状の課題を乗り越える提案をされています。

 3つ目には、罪を犯した障害者の「社会適応性」がきわめて重いケースが目立つなかで、新たに「環境適応能力」項目と、「犯罪歴」「成育歴」「犯罪傾向の進度」などを項目に設け、障害認定区分についての制度改正をおこなう提案です。

 更に、4つ目の24時間サービスである社会福祉事業に対して、累犯障害者の「社会適応性」の支援に対する「特別加算」制度を設けることや、5つ目として「措置制度」の柔軟な運用のための見直し、緩和を提言しています。

 研究班のこうした取り組みを民間任せにせず、「行刑施設」「矯正施設・更生保護施設」「社会福祉施設」が、スムーズに連携出来うる、国主導の取り組みの一日でも早い実現が望まれます。