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2006.12.06
<人権を大切にしたキャリア教育の実践>
 
人権を大切にしたキャリア教育の実践

児童養護施設の子どもたちの進路保障
― 西宮市立山口中学校 ―

畑中 通夫

1 はじめに

 西宮市立山口中学校は、西宮市の北部にあり、3つの小学校から生徒が集まる。生徒数約600人ほどの中規模校である。生徒は地元と開発された住宅地から半々ずつ通っている。現在、児童養護施設から通う生徒は、1年生が4人、2年生が5人、3年生が6人、合計15人である。船坂小学校同様、山口中学校も自然に恵まれた環境にある。

 山口中学校が、施設の子どもの進路保障について組織的な取組みを始めて6,7年になる。本報告では「キャリア教育と人権」というテーマに基づき、1年から3年まで行っている進路指導について紹介した後、施設の生徒に対する進路保障の取組みについて説明する。

2 3年間の取組み

(1) 1年生の取組み ― 職業調べ ―

 兵庫県では中学2年生の時に「トライやるウィーク」があり、それに向けて、1年生で「どのような職業があるのか」「中学校卒業後にどのような進路があるのか」、さらに「それに向けて今、自分は何をしなければいけないのか」ということを生徒に考えさせている。また、校区にどのような職業に就いている方がいるのか、どのような会社があるのかというを調べさせるために、「職業調べ」という取組みを行っている。3学期には、地元で活躍しておられる方の話を聞く会として、5名の講師の方を学校に招いて、それぞれクラスの中で仕事に関しての話を生徒にしていただいている。

 施設の生徒は、中学校の中では静かに学校生活をおくっている現状がある。しかし、過去の生活背景から、自分の思いが素直に出せなかったり、自分の将来のことに向き合わない傾向がみられる。特に1、2年生は、3年生のように卒業後の進路に直面して具体的に考えざるを得ない状況にはないので、その傾向が顕著である。施設通信の中に、将来の夢について1年から3年までの生徒が書いたものを載せているが、学年が上がるほど、生徒がどのような仕事に就きたいかを具体的に書けるようになっている。

(2) 2年生の取組み ―「トライやるウィーク」―

  1. 山口中学校の「トライやるウィーク」

 次に2年生での取組みについて説明する。兵庫県の「トライやるウィーク」は、阪神淡路大震災や須磨区の少年による殺傷事件が発生した後に、兵庫県が心の教育を進めるために実施しているもので、中学2年生全員が1週間学校から離れて、地域の職場もしくは地域の団体の中で体験的な活動をすることにより、「生きる」ことを考えたり「地域の人がどのように生活しているのか」を理解する取組みである。

山口中学校では、1回目の時から、地域の方、特に旧山口村の方が受入れ事業所の開拓等に熱心に協力していただいたこともあり、100ヶ所近くの受入れ事業所を確保している。景気の悪化に伴い受入れを見合わす事業所もあるが、生徒のニーズに応じて新たな開拓も行っており、ほぼ毎年同じ受入れ数を維持している。

 受入れ可能の回答のあった事業所については、生徒に希望調査を行って調整し、生徒の希望のない場合は事業所に断りを入れることもあるが、2004度は160名の生徒がグループに分かれて、89の受入れ先で体験活動を行った。生徒は5日間同じ場所で活動を行うこともあるが、受入れ先が定休日の時には別の場所でボランティア等を行うなど2ヶ所で体験活動を行うこともある。最終的には89ヶ所で延べ331人が活動したので、平均すると生徒は最低2ヶ所で体験したことになる。

 「トライやるウィーク」の取組みは、1年生の秋ぐらいから本格的に始まる長期的なもので、働くことの意義や、社会人のマナー、言葉づかいなどについての事前指導も行う。私が担任した学年では、1年生の時に職業調べの中で、班ごとに事業所に訪問し、仕事のやりがいとか苦労している点などをインタビューで聞き取り、その後学校で班ごとに新聞にまとめる取組みを行った。このように地域と連携しながら、生徒に受入れ先の場所や体験内容のイメージを明確化させていった。

 生徒への希望調査では、販売業、保育園・幼稚園、コンビニ・ファーストフードの店に人気が集中した。校区には西宮北インターチェンジの近くに大手企業の倉庫が集まる流通センターがあり、受入れ可能な事業所が多いのであるが、最初から希望する生徒は多くなく、制服を着て接客やレジ打ちを希望する生徒が多いため、生徒と話し合って納得させながら割り振りを行った。

  2. 施設の子どもたちの「トライやるウィーク」

 この学年には施設の生徒が6名いたが、体験先の内訳は、自動車工場1名、スポーツ用品メーカーの倉庫1名、コンビニ1名、美容院2名、自然塾で田植えやうどん打ちなどの体験を行った者1名であった。終了後は、6名全員が楽しかったという感想であり、このような経験ができたことのありがたさや、大人の方にしっかり自分が見守られていることを感じ取っていたようである。

山口中学校では、「トライやるウィーク」体験発表会を大々的に行う。これは卒業式の次に大きいと思われる行事で、たくさんの方に来てもらう中で生徒が発表する。その後、「トライやるウィーク」の作文を生徒に書かせている。消防署と美容室で体験活動を行った施設の女子生徒は、施設通信には将来の夢を「何も考えていない」と書いていたが、「トライやるウィーク」終了後の作文では「ケーキ屋さんになりたい」と書いており、体験を通じて「働く」とはどういうことかを感じ取ったのではないかと思っている。

 3. ある男子生徒の事例

 昨年、あるクラスにいた施設の男子生徒は、4月当初に進路について担任と話し合った時には、「勉強できないから高校には行かない。お父さんが土木関係の仕事をしているからそこで働く。だめだったら、新聞屋をしているおばあちゃんを手伝う」と話していた。担任は「そうか、進路は決めているんだな」と彼に話し、そのまま1学期が過ぎた。8月になって担任が「最近はどうしているのか」と聞いたところ、施設に大学で福祉関係を学んでいる実習生が来ていて、その人にすごく憧れているということであった。この生徒は夏休みにクラブ活動を放っておいて、飛び込みでいろいろなボランティア活動を行ったのである。そして「福祉の分野に進むために、やっぱり大学へ行く」と言い出した。担任がどんな所でボランティアを行ったのか聞いてみると、山口中校区には福祉施設がたくさんあるのだが、「ココとココに飛び込みで行って手伝いをしてきた」という返事が返ってきた。

この生徒は、9月に入ってからも「今日はクラブをやめてボランティアに行く」というような意気込みであったが、徐々に熱が冷めていき、3学期になって、今度は突然「バックダンサーになりたい」と言い出した。担任が「なぜそんな事を急に言い出すのか。この前まで福祉関係ではなかったのか」と聞くと、「小学校の文集を読み返してみて、自分がバックダンサーになりたかったことを思い出した」という返事が返ってきた。そして私に「ダンサーになるためには、どこでどんな勉強をすればいいのか」と尋ねてきたのである。

後で説明するが、山口中学校では2年生の3月に、生徒、保護者、施設、そして学校による進路に関しての話し合いが行われる。それに向けてこの生徒と話を詰めていた時には、希望がダンサー一筋であったので、担任が「ダンスはいいけど、それだけではゴハンは食べられないだろう」という話をして、勉強も必要ではないかと詰めていくと、最後に彼は「オレは施設の生徒だから勉強はできない」と言うのであった。担任が励ますと、彼は「みんなは学習塾に行かしてもらっているけど、自分は施設の生徒だから行かせてもらえないし、一人で集中して勉強するのは不可能だ。小学校の段階から勉強しなければならないから、誰かに付いてもらって支えてもらわないとできない」と答えたのであった。

普段の彼はそういうタイプではないのだが、このように話を詰めていくと、やはり自分が施設の生徒で他の生徒とは条件が違うという話が出てきた。さらに話し合いを進めて「卒業してからダンスを習うにはお金も必要だろうし、まずダンスの専門学校に中学卒業で入れるかどうか、先生と一緒に調べよう」ということになった。その後、インターネットで調べてみて「やっぱり高校には行かなければだめなようだけど、どうする?」と担任が話すと、今度は「先生、定時制はどうか」と聞いてきた。「定時制はいいけど、施設から通うには遠いよ」と話すと、彼は「いや、中学校を卒業したら施設を退所して、おばあちゃんの所へ行くことを決めている。おばあちゃんも了解している」と言うのであった。さらに、「○○(地名)の方に祖母宅があるけど、そこから通える定時制があるか」と聞いてきたので、私が2、3校はあると説明すると、彼からは軽いノリで「じゃあ、そうする」という返事が返ってきた。

結局、昼間働いてそのバイト料でダンスのレッスンを受ける、でもダンスがだめになる場合や、気が変わる場合を想定して高校だけは卒業しようということになり、現在、本人はその気でがんばっている。ただ、施設の方からプロダクションのダンスオーディションを受けさせてもらったようで、今度は「書類審査は通ったが、次の面接の時にダンスで自己アピールがしたいから、誰か教えてくれる人を知らないか」と聞いてきた。担任が「トライやるウィーク」でお世話になったダンサーに電話をしたところ、その方が非常に面倒見の良い方で、「それじゃ教えに行きましょう」という返事をいただき、この4月からは面接に向けて学習会のない曜日の夜に、施設で個人レッスンをしていただいている。

「トライやるウィーク」の体験が、本人のキャリア意識にどれほど影響があったか分からないが、この生徒は、体験を通じて現実を見つめ、悩みながらも自分の夢の実現に向けて一歩踏み出している。また、このダンサーの方のように、「トライやるウィーク」終了後に、学校とは離れたところで生徒のために協力していただいたことは、「トライやるウィーク」で協力いただいた人材の活用という面でよかったと思っている。

(3) 3年生の取組み ― 進路学習と進路保障 ―

次に3年生の状況であるが、施設の生徒の中には、中学校卒業後の具体的な進路について、他人に相談できず悩んでいる者もおり、不安定な生活に陥る場合もあった。昨年度は5名の施設の生徒がいて、その進路状況は、1名が就職で父親の元に帰って大工の見習をしており、3名は公立高校に進学、残り1名は志望高校が不合格となったので、父親の元から定時制高校に通うというものである。

公立高校に進学したある女子生徒は、当初祖母宅に帰ると言っていたのだが、3年の12月の懇談時には「やっぱり帰りたくない」と言い出し、本人は悩みに悩んで、結局施設から高校に通うことになった。施設の生徒は進路を決めていく時に、支えがない、頼れる者がいないという中で、実際生活が乱れるというケースもある。

3年生における進路学習の目標は3つある。まず、進路の問題はみんなの問題と捉え、お互いに励まし合い、助け合う中で進路実現をめざすということ。次に、進路指導は生き方の問題であり、規則正しい生活習慣をつくるという点を押えること。最後に学習習慣を身につけることである。具体的な実践としては、放課後学習を11月から毎日20分間行い、進路指導の冊子「私の進路」を使った学活・総合的な学習の時間の進路学習や、西宮市の総合選抜制度についての学習、公立高校や私立高校から高校教員を招いて高校生活の様子や公立私立高校の違いなどについての説明会を実施している。また、希望者を対象とする早朝勉強会(7:30〜8:10)には施設の生徒に参加するよう強くはたらきかけ、さらに週2回、施設へ教員がボランティアで出掛け、夜の7時から9時まで学習会を行っている。

これらの取組みの結果として、勉強会や学習会を通して、お互いが教え合い、励まし合う中で、みんなそれぞれが大変で「しんどいのは自分だけではない」という気持ちをお互いが持てるようになってきたこと、進路の問題を考えることはしんどいことであるがそのしんどさを受け止めて考えていくことができたこと、自分のおかれている現実を正面から見つめていく中で進路を考えていく生徒が出てきたことなどが成果としてあげられる。その一方で、自分の進路をクラスの中で公表する進路公開が実現できなかったこと、「働く」ことについての学習が不十分であったことは課題と認識している。

山口中学校では、3年生の3学期に奨学金の関係で「進路の目的」というタイトルで作文を書かせている。実際には奨学金に関係のない就職する生徒もいるが、3年間中学校生活をおくってきて、卒業にあたってのけじめという意味で全員の課題としている。施設から来ているある男子生徒は、それまで自分の置かれた現実をきちんと受け止められていなかったが、この作文を書くことで現実を受け止めようと努力していることが読み取れた。彼は、これまでの自分の生活背景に対する振り返りと今後の高校生活に向けての決意をこの作文に書き、そして施設で行われる「送る会」でみんなの前で読んで、自分の思いと決意を表明した。

3 施設の子どもたちの自立支援 ― 人権教育の柱として ―

(1) 取組みまでの経緯

次に、山口中学校の取組みで児童養護施設の生徒に直接関わるものについて説明したい。同和教育の中で「差別の現実から深く学ぶ」という理念があるが、これまでの山口中学校の取組みは、子どもがアップアップの状態の中で、学校が何とかしなければ子どもたちをさらに追い詰めてしまうという危機感から始まっており、「現実から学ぶ」というかっこ良いものではなく、あたふたと追いかけながらこれまで取り組んできたというのが実態である。しかし継続してきたことで、子どもたちにとってプラスになってきたと感じている。

私は1994年から山口中学校に勤めたが、当時から、施設の子どもたちは小学校では人数的に比率が高いため学校内で自分をさらけ出すのに、中学校では少数派となり、施設から来ているという事が負い目になって固まってしまっていた。学校では目立たずおとなしいという印象を受けるのだが、実はそのストレスが施設内で爆発し、施設の職員とのトラブルが発生するというしんどい状況が続いていた。しかも、施設の職員の大半は20歳台の若い人で2、3年で入れ替わっており、子どもたちがやっと慣れてきた頃に職員が替わるので、学校から施設に「何とか残ってほしい」とお願いするような状況であった。子どもたちも転勤する職員に「逃げる事ができる人はいいよな。僕らはいやでもここにいないといけない」と言うありさまであった。そういう状況の中で、学校としてどう取り組むのかということを議論し、1997年に校内の校務分掌(道徳人権部)に位置づけて、各学年から1名ずつ施設担当を出し、そこが窓口になって施設の子どもたちについての協議を行い、組織的に取組みを進めるということを職員会議で決定した。

取組みを始めるにあたって、兵庫県の児童養護施設連盟の会長に会ったり、他の施設を訪問したりしたが、多くの施設が学校とうまく連携できていないことがわかってきた。そのような状況からスタートした山口中学校の取組みであるが、これまでの長年の取組みを整理したものを次に説明する。

(2) 自立支援と進路保障

  1. 子どもの心を癒す

子どもの心を癒す取組みとして、西宮市教委の事業を活用して1年生の夏休みにサマーキャンプを実施している。山口中学校では不登校生への取組みということで実施しているが、施設の生徒には全員参加させている。このキャンプは、生徒と教員の気持ちの触れ合いを大切にし、中学校の教員が施設の生徒をしっかり見守っているんだという安心感を1年生の時から持ってほしいという思いで取り組んでいる。

 2. 仲間づくり

仲間づくりについては、施設についての学習を1年生の5月か6月に実施している。施設の生徒は、施設に暮らしているという負い目が思春期になるとだんだんと強くなるが、それを何とか乗り越えてほしいという思いで取り組んでいる。

内容としては「児童養護施設を知っていますか、どんな所だと思いますか、何らかの事情であなたが保護者と暮らせなくなったらどうしますか」という問いかけから始める。その後で、このような場合に児童養護施設が家庭の事情で保護者と暮らせなくなった子どもの世話をしているということ、また、施設での生活について、小遣いのこと、食事のこと、職員に断れば自由に外出できること、テレビを見る時間のこと、さらに暮らしの費用の負担は国が行っていることなどを説明している。要するに、施設では普通の暮らしをしているということをきちんと生徒に説明するのである。それから、施設の先輩からの手紙を用いて、施設で暮らす者の思いを理解させるということも行っている。

この学習にあたっては、施設での学習会で1年生に内容を事前に説明している。取組みを始めた頃は、いきなりこのような説明を聞かされて警戒する生徒もいた。生徒が「自分が施設の説明をするのか」と聞いてきたり、自分が施設にいることがみんなに伝わるのではないかという不安を持つ生徒がいたりするので、きちんと説明して安心させる必要がある。

ただし、施設の生徒には、自分のことを知ってもらい相手と支え合う関係となれるように、自分が施設で暮らしていることを話せる友人をつくること、そしてその友人の家に遊びに行くこと、また、その友人を施設に連れてきて一緒に遊ぶこと、を宿題にしている。

 3. 児童会支援

 この児童会とは、先ほど「3年生を送る会」での作文発表のところで述べた施設の児童会のことである。施設は孤立している子どもたちの集まりということもあって、この児童会は実際にはあまり機能していない。中学生になっても自分のことで精一杯という状況であり、同じ学年の生徒でも仲がいいとは限らない状況であるため、児童会が機能することは難しく、指導員も苦労している。

中学校としては、卒業する時に自分の思いや進路に向けた決意をきっちり語らせ、またお世話になった施設の方への感謝の気持ちを持って卒業させようということで、3年の担任が作文指導をていねいに行っている。その中で、生きる決意を自分の言葉で表現し、送る会で発表できるよう学校と施設が一緒になって取組みを行っている。

 4. 学力と進路保障

次に学力と進路保障であるが、週2回中学校教員が施設へ行ってボランティアで行う学習会は1998年から行っている。この学習会では授業の宿題などに取り組むのであるが、はっきり言ってこれで生徒の成績が伸びるわけではなく、学力をつけるためにはやはり授業でしっかり取り組む必要があると思う。ただ、この学習会に教えに行くことで、教員は子どもたちの様子が良くわかるようになるし、施設の職員との連携が深まるなど、むしろ教員が勉強する機会ではないかと感じている。

また、山口中学校では中学2年生の3学期に進路懇談会を行っている。これをしなければならないと思った背景には、子どもが中学卒業後に家に戻って高等学校に行きたいと言ってきた場合に、本当に帰れるかどうかを子どもセンター(児童相談所)に調べてもらう必要があるのだが、兵庫県の子どもセンターのケースワーカーは多くの子どもを担当し、自分の担当する子どもが中学3年生かどうかも知らないという状況がある。そこで、学校が施設と来ていただける保護者と先に懇談を行い、本当に帰れる条件にあるかどうかは施設が子どもセンターと協議することにしている。さらに、本人も帰りたい、帰ることも可能ということであれば、次の1年間はその準備として、土、日曜日ごとに家に帰して家庭生活に慣れさせる。施設での生活が7、8年も続いた後、15、6歳で急に家に帰って家庭生活を始めても、トラブルが多く、うまくいかないケースもある。

高等学校は家から通いたいと言っていたある生徒は、実際には家庭生活がうまくいかなかった。夏休みに長期間家に帰したのだが、その時は家に帰りたいという思いから、保護者にいいところを見せようと、食事や掃除などの家事を手伝うなど模範的な生活であった。しかし夏休みが終わって実際に家に帰ることが決まると、緊張感がとれたのか施設の生活に戻ってしまい、保護者も怒り、結局は家を飛び出すことになってしまったのである。

このように、子どもたちと関わる中で、この進路の懇談会は非常に重要であるということがわかってきたのである。

5. 進路追跡調査

進路追跡調査は西宮市教委の事業であり、各中学校では生徒を卒業させた翌年に、その学年の教員1名が進路指導員として、教育委員会からの委託で追跡調査を行う。主に不登校の生徒と就職した生徒を対象にしているが、山口中学校では、同和地区の進路保障にならって、施設の子どもについて3年間追跡調査を行っている。また、西宮青少年補導グループの方にも、何かあれば中学校に連絡してもらうようお願いしている。生徒が卒業したら、高校や職場に出向いて児童養護施設について説明し、その子どもの生育歴やどういう思いで入学、就職したかについての話をする。特に高校については、退所準備として2年生になったらアルバイトを許可してもらうよう依頼をしている。

さらに、生徒が高校3年生になった時に、高校をもう一度訪問している。これは、施設には18歳までしか入所できないので、進路指導やアルバイト等について再度お願いするためのものである。特に退所後の行き先がない者については、寮などの施設のある所への就職を紹介していただくようお願いしている。

ところで、4年間の交渉の末、2002年に施設の進学支援基準(1)が定められた。それまでは高校への進学は公立高校に制限されていたので進学率は30%ぐらいであった。今でもそのような制限を設けている施設がある。過去10年間の進学率はやっと50%台になった。2002年度は、進学支援基準ができ、担任の支援や支えもあって希望する生徒が全員進学できたのであるが、12名中5名が退学する事態となっている。小学校、中学校、そして施設がこれまで取り組んできた結果として、このように厳しい結果が突きつけられているのが現状である。生徒が高校を退学するような場合も、施設に出向いて相談にのっている。

進路追跡調査を通じて、子どもたちの自尊感情に関わることやコミュニケーション能力の育成に取り組む必要性を痛感している。特に就職した者は職場でじっと我慢して頑張る場合が多いのだが、ある日突然切れてしまって、何も考えずに逃げ出すことがある。だから子どもには我慢するよりも、安心して誰かに相談するよう話している。我慢ではなく相談する力を育成することが重要だと思う。

また、調査を通じて、施設の子どもたちの保護者を支える体制の弱さも見えてきた。子どもを施設に預けた保護者については、実際にはあまりがんばっているという姿が見えてこない。子どもがいるから保護者もがんばれると思うのだが、実はそうなっていない。この点は、学校ではどうすることもできず歯がゆい思いである。例えば、虐待で保護されて施設に入った生徒の場合、本人は何とかがんばって高校に合格し、自動車整備士になる希望を持っていた。そして、卒業後は母親と一緒に暮らすことを夢見ているのだが、その母親は他の男性と一緒になって子どももでき、今は連絡も取れない状況になっている。この生徒のフォローについては、中学校、施設と児童相談所が協議することにしている。

4 子どもたちを支える体制づくりに向けて

この10年間取り組んできた感想として、施設の生徒はいろいろな困難の中で本当によくがんばっていると思う。そのがんばりをみんなで何とか支えているのだが、中学校を卒業した後の本人へのフォローの問題、そして保護者へのフォローの問題はまだまだ課題も多く、施設や学校の取組みだけでなく、もっとトータルに支援体制を考えていかなければならないのではないかと考えている。

(1) 進学支援基準はこの児童養護施設独自のものである。進学支援をするかどうかは、それぞれの施設の判断に任されており、これまでは予算の関係で公立高校しか進学させないという時代が長く続いていた。中学校の担当者と施設と協議して、4年がかりでこの支援基準設置を実現した。中身については、1つ目は子どもの希望を尊重すること、2つ目は中学卒業後に就職する子どもも含めて18歳まで入所を認めること、3つ目に中学3年で希望する生徒に塾に行かせること、である