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2006.12.06
<人権を大切にしたキャリア教育の実践>
 
人権を大切にしたキャリア教育の実践

「トライやる・ウィーク」と男女共生教育
― 吉川町立吉川中学校の事例 ―

長谷川 珠里  

1 吉川中学校における「トライやる・ウィーク」の現状と課題

 (1) 「トライやる・ウィーク」のスタート

 「トライやる・ウィーク」は1998年からが始まったので、今年で8年目になる。8年前を思い出してみると、まず出てくるのは戸惑いのスタートであったということである。管理職からの説明で「今度『トライやる・ウィーク』を始めることになり、5日間子どもが学校を離れることになった」と聞かされ、「5日間も何をするのか」と訊ねても、管理職からは「よくわからない」という返事が返ってきた。教員側も、生徒が5日間も学校に全く来ずに体験活動をするということがイメージできなかったので、いくら共通の理念とか目指しているものについて説明を受けても、「そんなことできるわけがない」「もしケガをしたらどうするのか」「どこに行くのか」などの思いがあった。とにかく1年目はその主旨が全くわからなかったというより、批判的にみていた教員が多かったように思う。

 さて、その時に配付された生徒向けのパンフレットには「体験活動を通して、輝く自分と出会い、自分探しの旅を始めましょう」というスローガンがあったが、8年前の私はそこを素通りしていた。その前にどう実施すればいいのかという不安と心配の方が大きかったのである。今、吉川中学校の生徒が「トライやる・ウィーク」を通して輝く自分に出会っているのかと考えてみると、そういう自分に出会って帰ってくる、あるいはそれに似た経験をした生徒が多いと思う。ただし全員ではないという点は課題である。また、「自分探しの旅」ということも当時よく言われていたが、私はこのスローガンに続く「始めましょう」という言葉に、「トライやる・ウィーク」の意義があると今改めて思っている。ゴールではなく始まりである意味で、「トライやる・ウィーク」を充実させる取組みをしていきたい。

 (2) 「トライやる・ウィーク」の現状と課題

 「トライやる・ウィーク」が定着したこともあり、今の生徒達はこの取組みを大変楽しみにしている。先輩からいろいろな情報を聞いたり、兄、姉からいろいろ話を聞いたりして楽しみにしている生徒が多い。ただし、その一番の理由は、5日間学校の授業を受けなくてすむというものである。日々繰り返される教室での授業とは全く異なる体験を5日間もできるということで、生徒達は大変楽しみにしているのであろう。

 しかしながら、自分が担当している生徒をみていて、「何に興味があるのか。どんなことをしたいのか」と聞かれた時に明確に答えられる子は少ないように思う。何に興味があるのか全然想像がつかないし、言えない生徒が多いのである。「トライやる・ウィーク」の活動は、どれだけ生徒に自覚させ「自分探しの旅を始める」手立てになっているのかという点が重要である。聞かれてすぐに自分の夢を答え、自分の興味関心を堂々と語れる生徒ばかりであれば、この取組みは必要なかったであろう。そうではないからこそ、「トライやる・ウィーク」の取組みが始まったのではないかと、8年目にして感じているところである。

 最初の頃は、「トライやる・ウィーク連絡協議会」というのがあり、連絡協議会は教育委員会、学校、そして地域が参加し、この連絡協議会が「トライやる・ウィーク」に関するすべてを運営するので、現場の教員は体験活動当日に時間を見つけて生徒の様子を見に行ったり、受入先と連絡を取りあうだけでよいということであったが、8年経った今では、ほとんどすべて現場の教員が担っているように私は感じている。

 「トライやる・ウィーク」について、私はさらに充実させていきたいという思いをもちながら、実際のところ4、5年経ったあたりから前からマンネリ化している部分もあるように感じており、当初の「トライやる・ウィーク」ねらいは活かされているのだろうかと思うこともある。現場の教員も始まった当初は取組みのねらいを丁寧に説明しようという意識があったのに、いつの間にか「さあ、どこに体験しにいくのか」という切り口になったり、受入先も毎年のことであるから特に連絡することもなく受け入れるという状態になっている。

ただ、受入先によっては「前年にひどい目にあったので、今年からは協力しない」と言われる場合もある。「学校で生徒にどんな指導をしてこちらに来させているのか。生徒が礼儀を知らない、挨拶も知らない、注意したらすねる」と言われたこともある。したがって、「トライやる・ウィーク」に行く前には最低限のマナーの学習、終了してから体験先の方にお礼の手紙を書いたり、その後もつながりが保てるようにする必要があると感じている。

2 男女共生教育の実践 〜「なりたい自分を見つけよう」

(1) 男女共生教育としての「トライやる・ウィーク」の取組み

私は男女共生教育に興味・関心があり、15,6年前からその観点で取り組んできた。兵庫県では、小学校では男女共生教育のねらいがある程度共通理解されて広がりがあったのだが、中学校現場には浸透していかない、広がらないという長年の課題があった。私は何とか男女共生教育を進める方法はないものかと何年も考えていた。しかし、取組みを実践して周知しても、学校の状況によって、あるいは地域の状況によって「ジェンダーどころじゃない」と言われるなど、なかなか思うように進まなかった。そこで、全県実施されている「トライやる・ウィーク」を、ジェンダー・バイアス是正という視点からも働きかけができないか、と考えた。実際、2000年に兵庫県66校の「トライやる・ウィーク」体験先を男女別に調べたところ、明らかに男子と女子では体験先の選択に差が出てきたのである。

(2) 「なりたい自分を見つけよう」の実践

男女共生教育を進めるために本校で実施しているのが「なりたい自分を見つけよう」という取組み(資料<1>)である。この取組みを通して「トライやる・ウィーク」全体の課題を克服し成果をあげたいと考えている。

資料<1>

「なりたい自分を見つけよう」 学習計画

第1次:「トライやる・ウィーク」に向けて(1年次に実施)

<1>

啓発ビデオ視聴(先生が寄せる「トライやる・ウィーク」への思い)

2時間

第2次:「なりたい自分の姿を見つけよう I」
〜「トライやる・ウィーク」への取組みを視野に入れて〜

<1>

自分の興味・関心を知ろう(新聞記事の切抜きを利用して)

1時間

<2>

自分の興味・関心を広げていこう(「13歳のハローワーク」)

1時間

<3>

「なりたい自分」に必要な能力はなんだろう

1時間

<4>

「なりたい自分」になるための人生プランを考えよう

2時間

<5>

開拓しよう・働きかけよう・やってみたい体験先を見つけるために

1時間

第3次:「なりたい自分を見つけよう II」(2年次に実施)
     〜文化祭での学年発表会を通じて〜

6時間

第4次:「なりたい自分を見つけよう III・IV」

<1>

カルタつくり、カルタ遊びを通じて

2時間

<2>

自分らしい生き方を考えてみよう
〜「ジェンダー・フリー教育」バッシングをきっかけに〜

1時間

<3>

「なりたい自分を見つけよう」
〜リーター及びニートという生き方について〜

1時間

第5次:「なりたい自分を見つけよう V」(3年次に実施)

<1>

男子と女子では やっぱり違う ?

1時間

<2>

女子には女子しかないもの
 男子には男子しかないものを持っている ?

1時間

<3>

自分にとって 何が大事?
 〜何に価値を置いて生きているか〜

1時間

<4>

自分のジェンダー・バイアスに気づき、人生プランに活かそう

1時間

最初に第1次として、啓発ビデオを生徒に視聴させて、学年のそれぞれの教員が中学生の時に考えていたことや「トライやる・ウィーク」にどんな思いを持っているかなどを生徒に話す機会を持った。

第2次は、「なりたい自分の姿を見つけよう」というテーマで取り組んでいる。まずは自分の興味・関心を知ろうということで、新聞を1週間分切り抜きさせて、いったい自分がどんなことに興味・関心があるのかということを理解させることから始めた。

その後で、「13歳のハローワーク」を活用しているのであるが、もともとこの本は、テレビで紹介される前に書店で見つけて、「お母さん、私は将来何になろう。特になりたいものがない。これから先どうしよう」と言っていた我が子のために購入したものである。授業の中では前書きの部分と目次を活用し、特に目次に挙げられているさまざまな職業に興味・関心があれば線を引かせている。この授業で生徒は実に楽しそうに職業を見つけていく。生徒の感想としては「自分が何に興味・関心あるかこれまでわからなかったが、少し見つかってきた気がする」「トライやるがすごく楽しみになってきた」「今まで仕事はつらいと思っていたがけっこう楽しそうなことがいっぱいある。自分もそういう仕事に就くためにがんばってもいいかな」というものであった。

しかし、「13歳のハローワーク」では華々しい仕事が多い上、生徒の体験希望も同様の仕事が多く、名前がなかなかつかないような仕事や、自分の保護者が実際にやっている仕事について、肯定的にとらえていない生徒が多いと思われる。ただ、実際に生徒が「トライやる・ウィーク」から帰ってくると、どんな職業に就いている保護者であっても、その姿を肯定的に捉えているということを感想文等から感じられる。自分が仕事を体験しているので、保護者が疲れて帰ってくる姿をみて、働きつづけることの大変さを生徒は実感しているのである。

次に、なりたい自分を少しイメージできたら、その職業に就くためにどんな能力が必要かということで、レーダーチャート風に項目をあげて、その能力がどの程度身に付いているかということを自己評価させて、今の自分を理解させている。さらに周りの生徒からの他者評価も行っており、その結果、自分が気づいていない能力を評価されることが自信につながっている。

さらに、「なりたい自分になるための人生プランを考えよう」という授業を行い、0歳から100歳までの自分の人生プラン表を作成させている。この授業は公開授業で実施したので、「近頃の中学生はいいうわさは聞かないが、こんなに目を輝かせて授業を受けていることに驚いた」という意見や、反対に「今の厳しい不況の中で仕事の意義、大切さ、しんどさを教えずに、中学生にもなって夢ばかり追っていていいのか」などの意見をいただいた。その場では前者の意見の方が多かったが、後者の意見は、私がこの取組みを進めていく上で心に留めているものである。公開授業の時には、私は「先行きが真っ暗で、親や周りの大人の姿を見ても、将来の夢や希望を抱けない子どもたちには、たとえ中学生であっても、夢を育み人生で楽しいことをいっぱいつくっていくことができるというメッセージを、子どもに発信できればと考えてこの授業を行っている」と答えた。

次に「開拓しよう・働きかけよう・やってみたい体験先を見つけるために」という授業を行っており、生徒に体験先の希望アンケートを実施しているのだが、生徒が行きたいところがなかったり、生徒が希望する体験先の受入れ協力が得られないという課題がある。「トライやるバンク」を作るという話もあったが、現状をみると受入先が増えている学校もあれば、停滞、あるいは縮小傾向の学校もあるように思う。

 (3) 職場体験中心の体験先

「トライやる・ウィーク」の最初のねらいからすれば、必ずしも職場体験でなくても良いと思うが、実際には8割以上が職場体験になっていることは課題だと思う。例えば、我が子も体験先を選ぶのに「どこのお店がいいかな」という話をしていた。受入先には製造業もあるが、パン屋、コンビニ、スーパーというように、「トライやる・ウィーク」イコール「お店で働く」という発想になっている。結局、最初のねらいがなかなか実現できていないのである。

ただし、職場体験であっても、普段できないことを5日間も経験して帰ってくると、生徒にはずいぶん変化がみられる。生徒の思いは、1日目は「すごく新鮮で楽しかった」あるいは「全然イメージと違って疲れた」、2日目は「何とか乗り切った」、3日目になると「少し嫌気がさしてきた」と変化する。なかには集中力を無くして体験先の方から「やる気があるのか」と注意される生徒もいるが、私はそれが重要だと思う。単に行ってすぐに帰るような体験ではなく、5日間体験する中で人と人が触れあうことは、必ずしも夢いっぱいという面だけではなくて、がまんすることや気をつけなければいけないことを学べるからである。

(4) ジェンダー・バイアス是正のために

授業では、「自分らしい生き方を考えよう」という小冊子も利用した。この冊子には、消防士になった女性、パイロットになった女性、家で仕事をしながら家事・育児を担っている男性などの生き方が紹介されており、その内容を文化祭で劇風にまとめて発表した。劇中に、「自分は小さい時から保育師になりたいと思っていたが、体験先ごとに分かれたらほとんどが女子だった。どうしようかと思ったが、この勉強をしていたのでやっぱりがんばってやってみようと思った。実際に体験してみて絶対保育師になりたいと思った」という男子生徒のセリフがあった。もしこの取組みをしていなければ、異性の中で一人でもがんばるというのではなく、「女ばかりなのであきらめる」という逆のパターンになってしまうことも多いと思う。

中学校現場の教員には男女共生教育に対する意識、つまり男子女子ではなく、それぞれの個性を活かした教育を進めていくという意識が共通理解されていない面があり、兵庫県の教育研究集会でもいろいろな例が報告されている。具体例として、ある学校で保育所での体験を希望している生徒のうち、10人が女子で男子が1人だけというケースがあった。その時に担当教員は男子生徒に「全部女子だぞ。それでも保育所に行くのか。他に変えた方がいいと思う」というような指導をしていたのである。おそらくその教員は善意でされていたのであろうが、その中に含まれている性差別につながる意識には気づいていないのである。

反対に、和裁の体験ができる受入先に男子が希望していて、受入先のほうから「女子を来させてほしい」と言われた学校があった。ほとんどの学校は、受入先から男女の指定があれば従わざるを得ないのだが、その学校の担当教員は、受入先に「男子で行きたいという熱心な生徒がいるので受け入れてほしい。今は家庭科も男女共修であるので何とかお願いしたい」と説得した。結局、受入先も了解し、実際に体験したところ、その男子生徒が最もがんばって熱心に体験し、受入先から「私の考え方が間違っていたようだ」と言われ、次年度からは男女ともに受け入れてくれるようになった事例もある。

 これまで述べてきたように、生徒は人生プランを立てたり「トライやる・ウィーク」の体験活動を行っているのだが、実際には何気ない性別意識に男女ともそれぞれにとらわれている面があったので、それについて考える授業をさらに3年生で行っている。

 (5) フリーター、ニートについての学習

「なりたい自分を見つけよう」の取組みは、「トライやる・ウィーク」を視野に入れて行っているが、事前・事後の指導の中でどのようなことができるかを考えた。例えば大きな社会問題になっているニート、フリーターという生き方について、文科省がキャリア教育の中で取り組んでいくという動きの中で、私自身もニートについていろいろ調べてみた。その中で、ニートやフリーターに対して、「なぜそのような生き方をしているのか」「これからどうしていきたいのか」というアンケートを取っているのがあったので、それを利用して授業を行った。

 生徒には大きく分けて二つの反応があった。一つは、「ニートやフリーターはいけない。安定した職業に就くよう努力しなければだめだ」という意見であり、もう一つは、「選択肢がいっぱいあっていいし、まだ自分が何になりたいかはっきりしていないし、フリーターをしながら見つけていきたいから、そういう生き方もいいのではないか」という意見である。

3 「トライやる・ウィーク」とキャリア教育

 「トライやる・ウィーク」とキャリア教育の違いは何かと考えてみると、「トライやる・ウィーク」は、地域の教育力を高めることを大切にしている取組みだと思う。実際にはすべての学校で実現できているわけではないが、「トライやる・ウィーク」から帰ってきても「夏休みにちょっと手伝わないか」という風に体験先の方とつながっていること、あるいは近所のおじさんおばさんというより「トライやる・ウィーク」でお世話になった人生の先輩ということでつながりができることなどが、「トライやる・ウィーク」のねらいであり、これまで行ってきた取組みの成果として出ているのだと思う。

 ただし、「保護者の労働とどう向き合わせるか」が十分できていないところが課題だと改めて思っている。「13歳のハローワーク」でも華々しい職業が多い上、子どもたちの体験希望も同様の仕事が多い。名前がなかなかつかないような仕事や、自分の保護者が実際にやっている仕事について、肯定的にとらえていない子どもも多いと思う。ただ、どんな職業に就いている保護者のこどもであれ、実際自分が「トライやる・ウィーク」に行って体験して帰ってくると、保護者の姿を肯定的に捉えているということを感想文などからすごく感じている。保護者が疲れて帰ってくる姿をみて、自分が体験しているので、働きつづけることの大変さを子どもたちは実感している。

これまで、私自身が現場の教員として感じてきたことや、「トライやる・ウィーク」をもとに男女共生教育を進めることについて報告してきた。最近思っていることは、教育というものは、大きな円がいろいろな部分で重なり合うように成り立っているということである。私の「トライやる・ウィーク」の捉え方は一教員としての捉え方であり、トータルには捉えられていない部分もあるが、「トライやる・ウィーク」を充実・発展させていくためにどうすればいいかをこれからも考えていきたい。そして、職場体験だけでなく、「輝く自分に出会い、自分探しの旅を始める」ことができるような取組みということを常に意識できればと思っている。

 「トライやる・ウィーク」では各中学校で特色ある体験活動が行われているが、吉川中学校では次のような事例があった。それは、牧場に体験に行った生徒が、子牛が生まれる場面を経験したというものである。その生徒は、他の職場体験に行った子では体験できない感動を味わって帰ってきた。その感動を事後の報告会で、他の生徒や保護者等に発信し共有していった。体験先は別々であるが、そこで味わった感動をみんなで共有していきたいと考えている。