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2007.11.22

尼崎インターネット差別事件
解決に向けて継続的な取り組みを

2007年5月21日 第2319号

兵庫県尼崎市で起きたインターネット差別事件の中身ととりくみ経過、そのなかからみえる課題や考えるべき点などを報告する。

1年3ヶ月もの間放置され

 「しんどかった」

 Nさんは、差別ウェブサイトが1年3か月もの間削除できなかった状況を振り返って、一言、こう語ってくれた。

 インターネット上に差別ウェブサイト(ホームページ)を開設し、兵庫県の尼崎市職員で部落解放同盟員のNさんを名指しで誹謗中傷し差別を煽った「尼崎インターネット差別事件」(関連2124、2257、2230号)で、大阪高裁は4月20日、控訴を棄却し、同じ尼崎市職員Mに、「名誉毀損」で罰金30万円をいいわたした。(その後Mは最高裁に上告した)

 この事件は2003年3月3日、尼崎市の職員で兵庫県連南武庫之荘支部同盟員Nさんに、「もうすぐあなたを特集したホームページを立ち上げます。楽しみにしてくださいねー。レイプとか脅しとか、解放同盟の幹部としての発言とか盛りだくさんです。全世界に発信しますので、感想とか教えてねー」という送信者不明のEメール(電子メール)が職場へ送りつけられたことからはじまった。3月23日には、Nさんや同僚あてに「私たちは尼崎市役所の不良職員を監視するNPOです。この度、○○課の○○係長を第1弾として取り上げました。ホームページは次のとおりです」(○○はNさんの実名)という内容のメールが届いた。このメールには、ウェブサイトのアドレスが貼り付けてあった。

 このウェブサイトは、「セクハラ被害者の女性グループがNPOを立ちあげ、「尼崎市の職員を監視する」との使命を掲げて不良職員を告発する」というスタイルをとり、Nさんの実名、役職、年齢、職場、メールアドレスなど個人情報を掲載。Nさんが「女性をレイプした」「解放同盟幹部だと名乗って脅迫した」など、ウソの内容を書き連ね、部落にたいする恐怖心を煽っていた。犯人は、ウェブサイト更新やメールを送信する日付を全国水平社創立の3月3日や狭山デーである23日にこだわって送ったり、メールやウェブサイトではすべて女性言葉を使って、女性が被る人権侵害を加差別に悪用していた。さらに巨大電子掲示板「2ちゃんねる」にこの差別サイトのアドレスを貼り付けたため、この話題をめぐり差別的な書き込みが続いた。

 これは部落差別と女性差別をたくみに利用した事実無根の誹謗中傷であり、Nさんの名誉をいちじるしく侵害する悪質な差別事件である。兵庫県連は、事件発生当初から尼崎市連協、南武庫之荘支部、被害者のNさんとともにとりくみをすすめてきた。支部はじめ関係者が、この差別サイトのプロバイダー(インターネット接続サービス提供事業者)や2ちゃんねるにたいして削除請求や身元開示請求をしつづけたが、この差別サイトは1年3か月間、削除されず、ネット上にさらされつづけた。

1万7千ものアクセスが

 なぜ、これほど長い間、差別サイトが削除されなかったのか。犯人は米国のプロバイダーの無料ホームページ作成機能を使い、発信していた。そのため削除請求と発信者の情報開示請求は無視されつづけ、また差別性の証明、社会的身分・門地による差別についても十分に理解を得られなかった。米国には、公民権法のほか、障害の有無や年齢など差別事由による個別の差別禁止法がある。また、ヘイトクライム(特定の人種・宗教や性的指向などの集団への差別感情を動機として起こされる犯罪)を罰する法もある。「人種差別撤廃条約」を批准し、人種差別は非難していくとしているが、法の下の平等と表現の自由の保護により、政府として人種差別的なメッセージを規制することは禁じられているとし(97年に米司法省が発表)、国内法優位の立場をいまも貫いている。2ちゃんねるについても削除請求をおこなったが、同様に削除されなかった。

 Nさんは、「自分のパソコンにはウィルス付きの迷惑メールがたくさん届き、(差別サイトは)毎日毎日何百人にも閲覧され、それが1年3か月もつづいた。これほど閲覧されているのだから、このサイトを知っている人がたくさんいるはずなのに、ほとんどの人が(私に)声をかけてこない」と当時の心境を振り返る。

 削除されないことをいいことに、犯人は何度もウェブサイトを更新。画面が白紙状態になる04年6月までのアクセス数は1万7千をカウントした。また、尼崎市長や人事部管理職にたいして「市長を訴える」というメールを、被害者Nさんにも「まだ役所にいるの?」などと挑発的なメールを送り続けた。これらのメールも海外のプロバイダーを複数経由させ、さらに発信者も暗号化し、誰が送ったのかわからなくしていた。

人権侵害救済法早期制定を

 Nさんは兵庫県連の顧問弁護士と相談、03年6月に実行者不詳のまま名誉毀損で告訴。2年7か月後の06年1月、Mが書類送検された。被害者あてに送られたEメールのなかに、ただ1通、日本のプロバイダーを通したものがあったことがわかり、それが犯人発見の手がかりとなった。警察がM宅で押収したパソコンには、差別サイト発信にかかわるすべてのデータが残っていた。Mは尼崎市の管理職で、以前Nさんと同じ職場に1年間勤務し、Nさんとトラブルを起こしたことがあった。

 事件当初からNさんとずっとかかわりつづけてきた南武庫之荘支部書記長は、「この事件は、他人事ですまされない。いつ自分が被害者になるかわからない問題。ウソであっても、それがあたかも事実のように書かれてしまうと、見た人の潜在意識にそのまますり込まれてしまう。従来の差別落書と違い、こちらから手が打てない、すぐ消せないところにインターネットの怖さがある」と語る。

話し合いの場が必要

 インターネットの普及につれ、インターネットを使った差別事件も格段と増えてきた。しかも海外のプロバイダーを使えば、いつまでも差別が放置されてしまう。Nさんは、「この事件をきっかけに、全国で同じような事件が起こったとき、ウェブサイトの閲覧をシャットアウトできるような対応を日本政府が窓口になってしてほしい」と差別放置にたいするインターネット規制の必要性を語る。

 中央本部も、部落解放・人権研究所とともに発表した「インターネットを悪用した部落差別宣伝・煽動の根絶を求めた提言」(2001年3月)で、法整備の必要性を訴えている。

 もう一つ、この事件には問題がある。それは、「事件を名誉毀損として訴えたが、背景には部落差別が存在している。これを明らかにしていきたい」と書記長が語るように、トラブルを起こした個人と個人の問題ととらえられ、その根にある部落差別による人権侵害ということがいっさい問われていない点だ。判決でも、双方のトラブルが動機とされ、部落出身者への人権侵害としての視点はまったく見えない。市が本気になってこの事件を通じて部落差別をなくそうと動かない問題の根拠がここにもある。「尼崎市は、なぜ、どのように市職員が事件を起こしたのか、明確にする必要がある。Mにたいしては、なぜ事件をおこしたのか、きちんと話し合っていく必要がある」と書記長も訴える。

 差別の桎梏(しっこく)から抜け出ることができなければ、それは被告人の不幸である。この事件が引き起こした部落差別について、話し合う場が必要だ。

 事件解決に向けた継続的なとりくみと、人権侵害救済の法制度実現が急がれる。