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2005.04.28
意見・主張
  
解放新聞 第2217号(2005年5月2日) より
「人権擁護法案」反対・廃案意見の論点整理と現状

 「人権侵害救済法」制定実現をめざす闘いは、国権主義勢力によって生み出された自民党内部の混乱によおり、新しい局面を迎えている。

  国権主義勢力は「人権侵害救済法」を敵対物として位置づけており、この闘いは「人権・平和・民主主義」をめぐる闘いであることがいっそう明らかになってきた。

 ここでは3月10日以降の自民党内での議論にあらわれてきた論点を整理しながら、それにたいする基本的考え方や、現在論議されている「人権擁護法案」で設置される人権委員会の独立性や実効性などを担保するための修正・充実点を要約して掲載する。

 「人権侵害救済法」制定への3つの責任=政府責任、国際的責任、政治責任を広く明らかにし、総合的な人権の法制度確立への大きな一歩としての「人権侵害救済法」制定へ、地域から大きなうねりをまきおこすとりくみを、展開しよう。


3月10日以降の現状認識と基本的な考え方

  1. 「人権侵害救済法」制定問題は、政局がらみで政治問題化するとともに、社会問題化してきている。(好むと好まざるとにかかわらず、「政争の具」になってきた状況)

  2. 政治・社会問題化の意味は、「ポスト小泉」への思惑、郵政民営化法案などの政策駆け引き、国権主義・民族排外主義等の政治路線をめぐる闘いの一環になってきており、院内外の組織化された動きになっているということである。

  3. とりわけ、保守化・右傾化をめざす勢力は、憲法・教育基本法改悪運動、拉致被害者救出運動、教科書改悪運動、皇国史観定着運動、男女共同参画社会阻止運動の敵対物として、「人権侵害救済法」を位置づけ、わが同盟や女性運動などの人権NGOへの敵視攻撃を執拗に繰り返している。

  4. これは、まさに「人権と平和」の路線をめぐる分水嶺の闘いであり、この現状認識のもとに、「人権侵害救済法」制定闘争の戦略・戦術を組み立てなければ勝利できないことを肝に銘じておく必要がある。

自民党内の反対・廃案意見の特徴と論拠

  1. 「人権侵害」の定義の明確化→曖昧だと、拉致問題や朝総連批判、あるいは解放同盟などの「特定団体」批判が人権侵害とみなされる危険がある。

  2. 人権委員会委員や人権擁護委員の選出基準に国籍条項の挿入化→警察機能的な巨大な権限を持つ人権委員会の委員や人権擁護委員の選出に国籍条項を設けないと、朝総連や民団や中国関係者などで占められる危険がある。

  3. 「人権擁護法案」の不要論→「法案」を成立させると、解放同盟や女性団体などの人権を名乗る「特定団体」の勢力を勢いづけさせるので、そもそも「法案」自体が必要ない。

「人権擁護法案」の修正と充実点

  1. 「人権」・「人権侵害」等の定義を明確にして、法案内容にふさわしい的確な法律名称にされたい。そのために、次の点に留意されたい。
    1. 人権の定義については、「人権とは、日本国憲法及びわが国が批准し又は加入した人権に関する条約に規定される権利とする」とされたい。
    2. 人権侵害の定義については、「人権侵害とは、不当な差別、虐待その他の人権を侵害する行為とする」とされたい。
    3. 不当な差別の定義については、「不当な差別とは、人種等に基づくあらゆる区別、排除、制限、又は優先であって、平等な立場での人権を認識し、享有し又は行使することを妨げ又は害する目的又は効果を有する行為とする」とされたい。
    4. 人種等の定義については、「人種等とは、人種、民族的若しくは国民的出身、皮膚の色、言語、国籍、在留資格、性別、妊娠、出産、婚姻上の地位、家族構成、信条、容姿等の身体的特徴、社会的身分、門地、職業、出身地、現在若しくは過去の居住地、所有する土地、障害、疾病、遺伝子情報、性的指向、性的自己認識又は公訴の提起若しくは有罪の宣告を受けた経歴とする」とされたい。

  2. 創設される中央人権委員会は、「政府機関からの独立性」と「人権の総合性・発展性」を確保されたい。そのために、次の点に留意されたい。
    1. 人権委員会機能として、「仲裁・調停」機能、「教育・啓発」機能、「政策提言」機能を確実に付与されたい。
    2. 人権委員会委員の定数を最低でも7人以上とし、常勤体制の強化を図るとともに、委員の多元性・多様性の確保、ジェンダーバランス、現実の差別・人権侵害問題に精通した人材起用に配慮されたい。
    3. 委員会事務局の構成については、民間からの専任職員の採用率を高くするように官民比率を明確にするとともに、官出向職員については各省混成でノーリターン制を追求していただきたい。
    4. 委員会事務所については、誰でも安心して相談できるように、独自の独立した場所に設置されたい。
    5. 人権委員会の所管については、「政府機関からの独立性」や「人権の総合性・発展性」という観点から、各省庁への総合的な統括・調整機能を有する内閣府の外局である「3条委員会」として設置されたい。
    6. 人権擁護委員の選出基準に関しては、「人権の保障に精通している者」で十分であり、国籍条項の挿入は不要としていただきたい。

  3. 人権委員会機能の実効性を確保し、「迅速性・簡便性・安心性」を重視して、生活圏域である都道府県ごとに地方人権委員会を暫時的に設置されたい。その際、次の点に留意されたい。
    1. 地方自治体が独自に設置をすすめている「地方人権委員会」との密接な連携を図れるように特段の工夫と配慮をされたい。
    2. 地方における人権委員会機能の実効性を確保するために、地方自治体や民間の人権NGOとの積極的な連携活動を行うように工夫と配慮をされたい。

  4. 報道の自由や表現の自由に対する公権力からの不当な干渉につながる危険性があるために、メディア規制条項を削除されたい。
    1. 人権委員会設置に関わる「人権侵害救済に関する法律」において、メディア規制条項を設けるなどということは、国際的にも類例がなく、国際人権基準からも大きく乖離するものであり削除されたい。
    2. メディア関係の過剰取材や差別・人権侵犯報道などは、重要な問題であるが、メディア関係の自主的な取り組みと社会的な相互批判に委ねることが至当であることに特段の配慮をされたい。

  5. 差別に対する糾弾など人権NGOが行う正当な人権活動に対する公権力からの不当な干渉を排除されたい。
    1. 人権の擁護・促進に関する活動は、官民のパートーナーシップの関係が重要であり、わけても差別された当事者や人権侵害を受けた当事者の声を大事にされたい。
    2. この観点から、当事者団体の人権NGOが行う自主的且つ正当な活動に対して、公権力が不当に介入したり、妨害することは憲法違反に相当する不当行為であり絶対に許されないことに留意されたい。

「人権侵害救済法」制定への3つの責任

 政府責任:人権擁護推進審議会答申「人権救済制度の在り方について」

 「答申」では「人権の実現とは、何よりも人権が尊重され、人権侵害が生起しない社会、すなわち人権尊重社会を築くことであり、そのために人権教育及び人権啓発が重要であることは言うまでもない。しかし、残念ながら、現実には至る所で様々な態様の人権侵害が繰り返されており、被害者に対して実効的な救済を図ることが、人権教育・啓発と並んで、重要な課題となっているしことを指摘している。
 さらに、裁判所による人権侵害の救済は、必ずしも有効になされておらず、「人権侵害をできる限り司法的に救済できるような司法制度改革が進められるとともに、被害者の視点から簡易・迅速・柔軟な救済を行うのに適した、行政による人権救済制度を整備することが是非とも必要である」ことを明確にした。
 また、「このような人権救済制度は、今日既に多くの国々にみられることも示している。

 国際的責務:国連人権条約機関から政府に勧告

 国連の人権条約機関も日本政府に、国内人権機関の設置をあいついで勧告している。自由権規約委員会は1998年、「人権侵害の申立てに対する調査のため・の独立した仕組みを設立すること」を強く勧告している。子どもの権利委員会は1998年、「子どもたちの権利の実施を監視する権限を持った独立機関が存在しないこと」に懸念を表明している。
 社会権規約委員会は2001年、「可能な限り早期に、パリ原則などにしたがい、国内人権機関老設置するよう」促すとともに、差別禁止立法の強化を強く勧告している。人種差別撤廃委員会も2001年、「裁判所および他の国家機関を通じて効果的な保護と救済措置を利用する機会を確保すること」を勧告した。女性差別撤廃委員会は2003年、「法務省管轄下での設置が提案されている人権委員会の独立性について懸念する」ことを示し、パリ原則に沿って設置するよう勧告している。

政治責任:与野党協議による合意と野党の修正要綱

 2003年10月、衆議院解散にともない「人権擁護法案」は自然撤廃となったが、与野党修正協議のなかで、<1>「人権擁護法案」は大事な法案であること<2>「人権擁護法案」は問題が.あり、修正の必要があること、の2点の合意事項が確認された。これは、人権侵害救済機関の設置は必要であり、法案には問題点があるからといって廃案にするのではなく修正をはかる、

ということ。また野党も国内人権機関のあり方について、<1>パリ原則に沿った独立性を備えるため内閣府の外局に3条委員会として設置<2>都道府県ごとに地方人権委員会を置く<3>人権委員会の構成はジェンダーバランスに配慮し、NGO関係者、人権問題・差別問題に精通した人材をあてる<4>救済手続きは任意性を基本とする「一般救済」と強制性を備えた「特別救済」とする<5>「特別救済」は報道の自由その他の憲法上の要請と抵触しないものとする、などを合意している。

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