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2008.04.11
書籍・ビデオ案内
 
Human Rights 2007年10月号(NO.235)
地域社会からの人権擁護制度
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ジェンダーで考える教育の現在

第10回 ニューカマーの女の子たちが気づくジェンダーの知

今井貴代子(大阪大学大学院人間科学研究科博士後期課程)

「ニューカマーとジェンダーと教育」というテーマ設定

ニューカマーとは、歴史的背景をもって定住する在日韓国朝鮮人や在日中国人とは区別して、1970年代以降に日本に住むようになった外国人のことを一般にいう。かれらは家族をともなってやってくることもあれば、単身で来日し滞在が長引くにつれて家庭をつくったり、出身国から家族を呼び寄せたりする。こうして現在、多くのニューカマーの子どもたちが日本の学校教育を経験している。子どもたちが日本社会のなかで直面するのは、国やエスニシティという括りで示される広義の「文化」によるちがいであるが、その文化的差異にはジェンダーに関連したものも含まれるであろう。日本の社会や学校、友人関係やメディアを通して経験する、日本的ジェンダー観やそれを基盤にしたさまざまな慣行に対して、驚きや興味を示すことがあれば、それらに「反抗」することもあろうし、そうした環境に「適応」していくこともあろう。母文化のジェンダー観が今生きている日本社会の価値観と衝突するようなことも考えられる。

日本において多文化化が進行すれば、必然的にジェンダーをめぐって働く作用もひと括りにはできず、多様なジェンダーが存在することになる。どのようなジェンダーの知がどの立場の人間にどのような作用をもたらすか、そうしたちがいに敏感になる必要がある。母文化のなかにみられるジェンダーの知と、ホスト社会のなかで構造化されているジェンダーの知の複雑な作用のあり方、そして、それを経験する子どもたちに目を向けてみたい。それらに注目することは、ニューカマーの子どもの状況把握だけでなく、日本のジェンダーをめぐる現状を改めてとらえ直す契機ともなるのではないだろうか。

ニューカマーが経験するジェンダー

ニューカマーの子どもたちは、新たに参入した社会のジェンダー秩序に対して、どのような反応を示すのであろうか。一方、ホスト社会は子どもたちを学校や社会に位置づけていく際に、ジェンダーに関連して、どのような「適応」を意識的あるいは無意識的に求めているのであろうか。既に出された研究成果を手がかりに、まずはこれらの問いに迫ってみたい。

日系ブラジル人生徒たちの学校体験をエスノグラフィックに記述した児島(2006)や山ノ内(1999)は、性の領域がタブー視される中学校で、ブラジル人生徒たちが性的な表現を多用する様相を取り上げている。生徒たちは親など周囲の影響で比較的早い時期から性にかんすることに興味をもちはじめるとともに、日本人生徒よりも容姿の面で大人びてみられる自らの性的魅力を意識しはじめる。性にかんする事柄を極力避けようとする教育現場において、自分たちに向けられた「まなざし」を逆手にとって性的な言動をひけらかすという行動を、両者とも「抵抗」の実践として描いている。一方、教員はそうした生徒たちの関心や行動を一種の「文化」として容認するか、学校外の多様な経験にもとづくコミュニケーションの高さとして評価しているという。

同じブラジル人生徒でも、杉山(2005)が描いたのは、定時制高校に通う女子生徒が、学校的成功を得るために学校が定義する「女の子らしさ」を受け入れていく様子である。この女子生徒は、「自分の性的魅力をことごとく消し去り少女っぽさをアピール」することで、「学校に順応した例外的に従順な外国人」として学校に受け入れられているという。杉山は、学校のなかに見られる隠れたカリキュラムが外国人生徒にも適用され、彼女たちに日本的な女性らしさを求める「指導」が行われていることを指摘している。

こうしてみると、ブラジル的文化をまとった「女性性」を利用しながら、学校の押し付ける価値観に対して「反抗」を見せる女子生徒がいる一方で、学校の求める日本的女性らしさを身につけて「適応」していく生徒もいる。ただし、後者のそうした「適応」ですら、日本の学校で生き抜いていくのにブラジル的文化をまとった「女性性」は不都合であるという認識からくる一種の「戦術」の結果と解釈することもできよう。何をもって、そして何に対する「適応」や「反抗」なのか、その定義によってとらえかたは様々である。では、彼女たち自身は、ジェンダーに関連した価値観や慣行をどのようにみているのであろうか。

カンボジア出身の女子生徒自らが来日経験を振り返った「『外国籍の女の子』としての問題を抱えながら」と題する論考(2006)では、伝統的なカンボジア的女性観の問題と「戦ってきた」様子が描かれている。高校受験をひかえ、地域のボランティアが開く夜間の学習塾に通うのを、両親が反対するという出来事からその「戦い」は始まる。両親が反対する理由は、「外出時間が長くなると、その分だけ家にいる時間も短くなり、家事をする時間も減る」からである。「カンボジア的女性観にとって、女の子は家事をして家にいることが最も良いとされているので、こうした行動は、両親には理解されにくいことであった。そして、そうしたことをめぐって、私は両親と何回もぶつかったのである」と彼女は回想している。そして、カンボジアの伝統的女性観は、「今の日本社会とは不釣合いである。しかし、そうだと思いながらも押し付けられてしまう」と述懐している。彼女にとって、日本社会で外国人として生きていくことに付随してつきまとうのが「女性の問題」なのである。

このようにニューカマーの子どもたちは、意識的か無意識的であるかにかかわらず、さまざまなジェンダーの影響を受けて育っている。彼女たちがみせる反応の数々を、日本の学校現場、広くは社会一般に見られるジェンダー秩序に対する彼女たちなりの解釈としてとらえるなら、彼女たちは生活のなかで何を、どのように気づいていくのであろうか。ニューカマーとしての環境にある彼女たちであるからこそ気づきやすいジェンダーの知というものがあるのだろうか。

次節以降では、筆者がこれまでかかわってきた中国出身の中学/高校生、特にその女の子たちによるジェンダーの気づきを紹介したい。

家事は女性だけの仕事ではない

日本の伝統的なジェンダー観を示す象徴的なものは性別役割分業、およびその意識であろう。「女性は家事・育児、男性は仕事」といったステレオタイプについて、ニューカマーの子どもたちはどのように思っているのであろうか。

中国と日本のジェンダー観のちがいをめぐって女の子たちから頻繁に聞かれるのは、「中国人の男性って料理みんなうまいねん」「中国の男性は優しい」という、「料理」と「男性の女性に対する態度」にかんしてである。料理をつくってくれる男性が「普通」なのだと話す。ある女の子の想像する将来の生活スタイルは、「やっぱ、平等にしたいし、2人で働いて、家庭作るっていうのがいい」というものである。彼女たちの家庭では実際父親が料理をしている。そうした生活に立脚した立場から、日本の性別役割分担に対して批判的な姿勢をみせる。以下は、筆者が2人の女の子(「ピンク」「ピヨコ」【仮名】)とともに、家庭の中で誰が家事をするかについて話し合ったときのやりとりである。彼女たちの生活をのぞいてみよう。

ピンク:うちもご飯作るの嫌いや。
ピヨコ:誰も好きじゃない。
筆 者:作るの好きやけど、それがいつもってなると嫌やねん。
ピンク:わかる。
筆 者:何で私が?って。
ピヨコ:いつもになるとやろ。
ピンク:うちんち、お父さんが作ってるで。ほとんど。お母さんも作るけど、お父さんが作ることが多い。お父さんがいつも文句言うねんで、でも作るねん。
筆 者:いいな。
ピンク:文句言ったらお母さんが笑って、違うことして、お父さん作り終わったら、普通に笑って食べる。
筆 者:じゃ、洗濯とか掃除とかは?
ピンク:それはお母さん。
ピヨコ:洗濯?うち、お父さんいつもしてるで。
ピンク:お父さんもすんで、でも少ない。
ピヨコ:ご飯は、お父さん夜仕事やん。お母さん女やから仕方ないねん。でも休みの日は、お母さん遅く帰ってきたら、時々、お父さん皿洗いするもん。
ピンク:うちもすんで。お父さん。でも、皿洗いは普通はお母さん。でもしてくれんで。
ピヨコ:日本人はせえへんな?
筆 者:あんませえへん。
ピヨコ:やっぱりな。

2人は父親がどれだけ家事をしてくれるかを争うかのように、あるいは筆者にそれを伝えようとして、次々と話を展開させていく。ピヨコが家事という仕事を「誰も好きじゃない」と冷静かつ客観的にみることができるのは、それぞれの状況に応じて交替で家事をしている両親の姿を普段の生活のなかでしっかりと見ているからであろう。

どのようにジェンダーに気づいていくのか

不思議なのは、どのように彼女たちが日本の性別役割分担について知っていくのかということである。学校の中では建前上、男女は平等に扱われていることになっている。中学・高校生の段階にある彼女たちの生活世界に、性別役割分担がどのように関係してくるのであろう。

ピヨコは「日本人はせえへんな?」「やっぱりな」と、あらかじめ性別役割分担についての知識をもっている。また別の女の子(「ピッグ」【仮名】)からは、「日本は、女は家事、男は仕事って感じやん」「なんで、いつから、そんなことになってしまったん?」という質問を筆者は受けたことがある。彼女にとって日本的ジェンダー観は、「家事は女がやるもんとか、無理、ありえへん」というほどに異文化だったのである。彼女はどうやってそうした知識を得たのであろうか。

筆 者:日本ってこんなんなんやっていつ気づいたん?
ピッグ:なんかな、思うようになったんは、高校に来てから。
筆 者:遅いな。
ピッグ:遅いねん。だいぶ。中学校の頃、こういう話しいへんって。ゲームの話、チョコレートの話。食べること。学校の先生の話ばっかりしてたもん。彼氏とか好きな人の話とかないない。恋愛なんかしてへんしてへん。高校に入ってから、彼氏できるやん。好きな人がおんねんっていう話して、日本人ってこういう人やねんなっていう話を聞いたときに、そういえば、そんな感じなんやなって感じた。それが初めて。なんで、こんなんなっちゃったん?
筆 者:人んちの家庭がお父さんがそうやって、お母さんがそうやって、それは知ってたん?
ピッグ:うん。とか、違うとこもあるけど、うちのお母さんとお父さんむちゃ優しいっていうとこもあるし、うちんとこのお父さん仕事ばっかやしっていうのもあるし、いろいろ聞いた。なんで、こうなんやろ。男はこうでって。
ピッグは、友だちの親や家庭をみるなかで、あるいは、日本人の友だちの恋愛観や経験談をきくことで、日本的ジェンダー観を知っていったのである。こうして、日本人の男性は料理をしない、中国の男性はするという対比が生じる。

学校から発せられるメッセージのなかから、そうしたジェンダーステレオタイプを感知している場合もありうる。私にはピンクが中学校の教員に対して言った次の言葉が印象に残っている――「なんで、日本は男性ばっかで女性が少ないん!?中国やったら、女性で有名な人たくさんおるで!」。歴史上の人物を一人選びその人物について調べるという社会科の宿題について、ピンクは日本の教科書で取り上げられている女性の少なさに驚き、そして「怒った」のである。彼女は、中国での経験や知識をもとに、日本では「当たり前」になりがちで気づきにくいジェンダーバイアスに対して敏感に察知したのである。

単純ではないジェンダーの網の目

ここで紹介した三人の女の子の話からは、中国の方が日本に比べて女性が自由であるという雰囲気がただよってくる。しかしピッグは、中国の文化が全くの男女の平等ではないこと、そして、自分の経験が部分的でしかないことを鋭く洞察している。彼女は「中国の男性は優しい」と言ったあと、「でも」と続ける。

でも、みんなそうやって言うけど、みんながみんなそうではないで。中国人。そう思うねん、うちは。だって、100人中100人がそうとは言わへんやん。知らんし。そういういい人ばっかの話を聞いたり見たりしてきたから、そういう風に思うねん。中国人がいいって。日本人は友だちの彼氏の話聞いたり、こんなされたとか聞いてるから、日本人ってあれやなって勝手にイメージもつねん、大人じゃないしな。そんなすごい考えないやんか、19歳やから。そう思うだけで、私はわからんみたいな。でも、中国人がいい。

性別役割分担からの相対的自由だけをとって、中国の方がジェンダーに平等だということは早急である。3人以外のまた別の女の子からは、男子の方が大事にされるような場面もたくさんあるのだと聞いたことがある。どちらの文化がよりジェンダーの平等が進んでいるかどうかは一概には言えないばかりか、そうした判断をくだすことは一種の暴力であり、第一それを言うことに意味はないように思われる。大事なのは、ニューカマーの子どもたち、特に女の子たちがこうしたジェンダーの知とでもいえる、生活に広くいきわたっているジェンダーにかかわる差異やそれに起因する事象に敏感に反応しているということである。

母親から娘へ

日本社会では子育てや子どもの教育において、母親に期待されるものが大きい。それは、そのままニューカマーの家族にも求められる。日本社会で期待されている母親役割を果たせない場合、子どもがその責任を母親に帰属させるような事態が多く見受けられる。

しかし、というべきか、だからというべきか、こうした母親の苦労を理解できたとき、母親から子どもに伝えられるメッセージが大きな意味をもつ場合がある。私のかかわっている子どもたちの親は毎日朝から晩まで働いていることが多い。中国の農村部出身であることが多く、来日前の生活も決して裕福とはいえない状況であったという。そうした親の姿を見ているからこそ、日本での生活をよりよくしたい、苦労している親を楽にさせてやりたいという気持ちをもつ子どもたちが多い。ピッグは筆者とのやりとりのなかで「お母さんから早く結婚するのはよくないって言われた」と語りだす。彼女は、母親からどのようなメッセージを受け取っているのであろうか。

お母さんから早く結婚するのはよくないって言われた。お母さん結婚したんが早かったから。17、18くらい。もうちょっと早かった?お母さんのお母さんお父さんがなくなったのが、お母さんが結婚する前、8歳9歳でなくなってるんやんか。お母さんもお父さんも同じ状況で、小さい頃から苦労して畑仕事とかして、学校も行ってないし、結婚したのも早くて。結婚とか焦らなくていいねん。30までにしたらいいねんって言われた。小さい頃は、20で結婚したい、子ども産みたいってばかなこと言って、お母さんがそんなんあかんって。今の若い人、友だちとか、若いお母さんでおりたいって言うねんか。…幼稚園の発表会とかで、若い方がいいって、妄想してるんやんか。その話お母さんにしたら、そんなばかな話せんでいい、苦労するだけやって。

彼女たちは、日本の生活のなかで、日本のジェンダー観と同時に母国の文化や家族の中のジェンダーについても気づいていくのであろう。移民の男の子に比べて女の子のほうが、相対的に移民先の学校教育に対して適合的な様子を見せ、学習意欲や教育達成が高いということをしばし耳にする。彼女たちは、ジェンダーに対して敏感であるからこそ、新たな状況において上昇するきっかけを逃すまいとする気持ちが強く、母親あるいは父親の姿から感じ取るものも大きいのではないだろうか。

ニューカマーの子どもたち、なかでも敏感に反応を示しがちな女の子が経験するジェンダーの知を一つひとつ拾い集めていくこと。この作業が、ニューカマー研究においてもジェンダー研究においても、今後重要なことではないだろうか。


文献一覧

  • 児島明 2006『ニューカマーの子どもと学校文化―日系ブラジル人生徒の教育エスノグラフィー』勁草書房
  • チュープ・サラーン 2006「『外国籍の女の子』としての問題を抱えながら」清水睦美・児島明編著『外国人生徒のためのカリキュラム』嵯峨野書院
  • 杉山直美2005「ニューカマーの『女の子』たち」『人権21』2号
  • 山ノ内裕子 1999「在日日系ブラジル人ティーンエイジャーの『抵抗』」『異文化間教育』13号