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2008.03.03
書籍・ビデオ案内
 
Human Rights 2007年11月号(NO.236)
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シリーズ いっしょに動こう、語りあおう 第1回

大阪市の青少年会館条例廃止は各地区に何をもたらしたか?
―今後の教育・子育て運動のあり方を考えるために―

住友 剛(すみとも・つよし 京都精華大学人文学部)

はじめに

 2007年9月号の『ヒューマンライツ』では、部落解放同盟大阪府連住吉支部からの情報発信として、青少年会館条例廃止前後の地区での取り組みについての報告が掲載されていた。この報告は、部落解放・人権研究所「青少年拠点施設検討プロジェクト」(座長は筆者、以下「本プロジェクト」と略)の今年7月例会で報告された内容を、住吉支部のみなさんによってあらためて活字化していただいたものである。この場を借りて、住吉支部のみなさんに、あらためてお礼を申し上げたい。

 さて、本プロジェクトでは住吉地区の7月報告を参考にしたうえで、第一段階の作業として、今年8月、大阪市内12地区のうち8地区の青少年会館条例廃止前後の状況について、例えば地元の部落解放運動関係者や保護者、青少年会館の元職員、識字教室などにボランティアとして参加している方などに聴き取る作業を行った。9月末段階でまだ3地区の状況確認作業が残るものの、青少年会館条例廃止・青少年会館事業の「解体」という事態が、市内12地区の子育て環境をどのように変えつつあるのかというおおよその傾向は、このプロジェクトの第一段階の作業として見えてきた。

 そこで、本プロジェクトの第一段階の作業を通じて見えてきた状況のうち、個々の地区の状況は脇において、本稿では青少年会館条例廃止後の大阪市内の全体的な状況をひとまずまとめておく。また、今後、大阪市内の各地区において、教育・子育て関連の運動はどのような課題に対して、どのような取り組みが必要なのかについても、上述の傾向をふまえて私の見解を述べておく。

 なお、本稿は本プロジェクトの成果を適宜参照しつつ書かれているが、内容は私個人の責任において執筆したものである。その点をお断りしておく。また、大阪市の青少年会館条例廃止に至るまでの経過や条例廃止方針の問題点などについては、すでに別稿1で書いた。紙面の都合もあるため、ここでは割愛させていただく。

条例廃止後の旧青少年会館施設の利用状況等について

 では、青少年会館条例廃止直後の今年4月から夏休み時点までの大阪市内各地区のおおよその状況を、今、私たちの知りえた範囲で述べておきたい。

 まず、暫定的に自主サークル等などの利用場所として旧会館施設が使えるので、この4月以降、各地区で地元の若者や保護者、部落解放運動関係者、市民ボランティアなどを主な担い手として、例えば土曜日の子ども会活動や、ダンス・太鼓など自主サークル活動、夜間の中学生・高校生対象の学習会といった取り組みが始められている。また、地区の状況によっては、旧会館施設を利用して、例えば小学生を対象とした「放課後いきいき事業」が実施されているところもある。さらに、不登校など課題のある青少年を対象とした「ほっとスペース事業」は、新設の大阪市こども青少年局の事業に位置づけられた上で、この春以降も旧会館施設を利用する形で実施されている。

 しかし、どの地区においても、例えば放課後や夏休み等の長期休みにおける地域社会の子どもの居場所機能や、教育・子育ての領域における学校・家庭・地域社会の連携拠点機能が失われたことなどによって、学校や家庭での生活に何らかの課題を抱える子どもの動向を地元のおとな側が把握し、適切に対応することが徐々に難しくなりつつある。

 例えば、青少年会館施設のうち体育館・グラウンド部分の利用率は地区内外のニーズもあって比較的順調である。だが、本館部分での諸活動については、利用者サークルの登録と事前申込(同じ日時・場所の予約者が多い場合は抽選)が前提である。このため、登録サークルの数や貸室利用は増加傾向にあるものの(しかし「活発」と言えるレベルではない)、逆に子どもや若者が「何か困ったことがあったときに、青少年会館にいる職員に相談する」ということができない。また、例えば地元の学校で学業不適応傾向のある子どもについて、これまでは青少年会館職員が在籍の小中学校などに連絡をとり、各館における各種の学習・文化活動の枠組みなどを使って当該の子どもをサポートしていくということが可能であったが、その市職員がいない・青少年会館事業がない以上、このような取り組みは不可能になった。

 あるいは、先述の自主サークルによる諸活動も、例えば成人ボランティアの場合、仕事の休みである土曜日や夜間、あるいは平日に有給休暇をとってなど、関係者の献身的な努力によってかろうじて維持されている面が強い。したがって、例えば新たなボランティアの募集・養成・研修や、子どもの遊びや学習などにノウハウを持つ地区内外の諸団体との連携など、何らかの形で現在、活動中の関係者への支援の取り組みが行われない限り、このような諸活動の長期にわたっての継続は難しいと思われる。

 そして、団体登録に事前申込・抽選等など、利用にあたってはさまざまな制約付きではあったが、今年度は暫定的に「市民利用施設」として旧会館施設が利用できた。しかし、次年度以降、地元の人びとがどのように旧会館施設を利用することが可能なのか、その枠組みは条例廃止後半年以上たった今ですら、大阪市側から提示されていない。また、旧会館施設で実施中の市の事業についても、今後引き続き事業の実施場所としてそこを使うのかどうか、大阪市側の方向性が見えない状況にある。

 このように、青少年会館条例廃止・青少年会館事業「解体」が大阪市内12地区の教育・子育て関係の取り組みに与えたダメージは、個々の地区ごとに若干の差はあるとはいえ、総じて言えば相当に深刻なものであるといわざるをえない。また、その事態の深刻さを受け止め、その状況の変革に立ち向かう地元からの取り組みは、今、ようやくはじまった段階であって、「まだまだこれから」と言わざるをえない状況にある。

今後の大阪市内各地区の教育・子育て運動の「再建」のために

 ここからは紙面の許す限り、今の状況をふまえて、大阪市内の各地区で教育・子育て運動の何が課題なのかについて、私なりに考えてみたい。

 先に述べた大阪市内各地区の現状について、私は、青少年会館条例制定以前の「解放子ども会」時代から、1970年代の青少年会館条例の制定・会館の設置や、その後3十数年にわたって積み上げてきた大阪市内各地区における教育・子育て運動の成果が、一気にこの条例廃止・事業「解体」によって、条例制定以前に「戻った」かのような印象を抱く。とすれば、やはりこの3十数年間の大阪市の青少年会館事業とは何であったのか、その間に大阪市内の各地区は教育・子育ての面で、この事業によって何を得て、何を失ったかについて、部落解放運動側からのきちんとした歴史的総括が必要である。

 少なくとも、青少年会館条例廃止・事業「解体」に関する今の状況に私たちが納得できないのであれば、やはり、大阪市側への抗議・批判の意をこめた私たちなりの事業総括をしなければならない。また、青少年会館事業のなかに、今後の大阪市や日本の青少年施策を考える重要なヒントがあると考えるのであれば(少なくとも私はそう考えるが)、過去の実践や施策の問い直しは今後の展望づくりに必要不可欠な作業である。

 と同時に、やはり飛鳥会事件や芦原病院問題など、大阪市の同和施策をめぐる一連の不祥事と、これに対する部落解放運動としての総括・再生に向けての取り組みが、大阪市民、特に教育・子育てに関する他の運動やNPO活動などに取り組む人びとにも、「目に見える形」で現われるようになる必要がある。でなければ、これまでは市民のなかにいる、何かと部落解放運動に理解があり、何かあれば協力してくれそうな人びとですら、部落解放運動に対するバッシングが強い昨今の風潮下では、「2の足を踏む」ことにもなりかねない。そういった意味でも、青少年会館条例廃止・事業「解体」後も、私たちがまずは各地区で、子育て・教育といった住民の生活課題の解決に地道に取り組み、着々と実績を積み上げていくことから、市民の信頼を取り戻すことができないかと考える。本当の信頼回復に至るには数年間かかるかもしれないが、その間の「痛み」に私たちは耐える必要があるだろう。

 その上で、やはり緊急性を要する課題として、例えば来年度以降も大阪市の青少年会館が今と同じ形態で利用可能なのかどうか。また、大阪市としては条例廃止後の市内各地区の子どもの教育や家庭の子育ての現状をどう認識し、どのような施策を打ち出す意向があるのか。さらに、大阪市としては全市的な家庭の子育て支援や課題のある青少年施策をどのように打ち出し、生活のしんどい層の子ども及び保護者を支えていく見通しなのか、など。こういったことについて、部落解放同盟の大阪市ブロックや各地区の運動関係者を中心に、大阪市側に問い合わせていく必要がある。また、場合によれば、地区住民の自主的なサークル、保護者組織、子ども会といった単位で、こういった大阪市側の意向を確認するという作業を行ってもよい。あるいは、子どもを含めた利用者や地元住民の側から、「次年度以降旧会館施設をこのように利用したい」「現行の利用団体登録のあり方や利用ルールをこう変えてほしい」等、さまざまな要望を大阪市側に出す必要もある。

 一方、上記の緊急性を要する課題について、大阪市側の意向がわかるかどうかを抜きにして、まずは大阪市内の各地区において、あらためてその地区の教育・子育て課題を把握しなおし、教育・子育て運動そのものを「再建」するという取り組みが重要である。そのためには、例えば地元の運動体関係者、学校、保護者組織、子ども会、青年サークル、識字活動関係者、NPOなど、地元の子どもの問題に関心のある多様な立場の人びとが集まり、地区ごとに「教育・子育てプラン」づくりからやりなおす必要があるのではないか。

 それこそ、かつて1970年代に大阪市内の各地区で「部落解放地区総合計画」をつくって、そのなかで教育・子育てに関するプランをつくり、地元保育所・小学校・中学校や青少年会館等の拠点施設や保護者組織などの取り組みを検討してきたのであれば、もう一度、今の状況をふまえて、各地区のまちづくりプランづくりとあわせて、教育・子育てプランを練り直す必要があるのではないか。また、「はぐくみネット」(小学校区教育協議会)などの大阪市教育委員会の施策、あるいは他の大阪市の青少年施策やまちづくり施策で活用できそうなものを、その各地区の教育・子育てプランづくりに役立てる必要もあるだろう。

おわりに―いっしょに動いてみませんか?―

 ただ、例えば各地区での「教育・子育てプラン」づくりといっても、その基本構想づくりの担い手や、できあがったプランに沿った諸活動の担い手の育成、各地区での担い手どうしの交流・研修、プランづくりの前提になる各地区の教育・子育て課題の把握、大阪市外での取り組みやプランづくりに役立つ理論などの紹介といったように、課題は山積している。その課題の多さ・深さを思うにつれ、「どの地区も数年間、本腰を入れて地道に活動をする覚悟がいるし、私自身はそれを地元のみなさんやプロジェクトのメンバーとともに、いっしょにやってみようと思うが、やっぱり課題が多すぎて、自分たちだけではたいへんだ」と思ってしまう。

 先にも述べたが、今、大阪市内の各地区が教育・子育ての領域において、青少年会館条例廃止・事業「解体」以後直面している諸課題は、真剣に考えれば考えるほど多いし、一つひとつの課題の中身が重い、奥深い。挙げればきりがないほど、次々に出てくる。

 だから今は、これらの諸課題への取り組みについて、例えば市内各地区の部落解放運動関係者や保護者組織、市民ボランティア、青年サークル、NPOの関係者、さらには子どもたちといっしょになって、おもしろがって関わってくれるような人びとが、地区内外のあちこちから出てきてほしい。

 その一方で、少なくとも大阪市が青少年会館条例の廃止方針を決めて以来、もうすぐ1年近くになる。課題は次々に出てきて深刻なのだが、不思議と私は、このプロジェクトを通していろんな人たちと出会うたび、「ここからもう一度、みんなの力を再結集して、教育・子育て運動の部分から、大阪市内の部落解放運動や人権諸課題に取り組む運動を再建しよう」という気持ちになる。確かに課題を一つひとつ挙げていけばきりはないが、逆に言えば「ここからみんなで力を合わせ、一つひとつの課題を解決し、人びとの信頼を取り戻していくことができれば、それは私たちがみんなで本当に勝ち取ったもの」ともいえるからである。だから、現状は確かに厳しいのであるが、「みんなでここから、いっしょに立ち上がろう。みんなでいっしょに、いろいろ動こうよ」と、多くの人に呼びかけたい。最後にこのたびの聴き取りでお世話になったみなさんに深く感謝いたします。


1 例えば拙稿「『逆風』のなかでの青少年施策充実にどう取り組むか」(『部落解放研究』第175号、2007年4月)や、拙稿「青少年施策充実に逆行、再考を」(『部落解放』2007年3月号)を参照。