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2008.11.14
書籍・ビデオ案内
 
Human Rights 2008年9月号(NO.246)
大河につながる水滴に
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連載 エンパワメントと人権 続編 第86回

アサーティブ研修のススメ(2)

森田ゆり(もりた・ゆり エンパワメント・センター主宰)

汎用性の高いスキル

アサーティブネスは練習することで身につけることのできるコミュニケーションスキルです。しかし、それはどう他人にうまく表現するかという会話術である前に、自分は何を感じ、何を相手に望んでいるのかと自分をよく知ることが基本です。

筆者の主宰するエンパワメント・センターでは、過去10年間この研修を行ってきて、のべ1500人が参加しています。また近年は、教育委員会の依頼で教職員対象に、企業の管理職対象に、看護士や保健師を対象に、高校生、大学生を対象にと、さまざまな分野からの依頼で出張研修をすることが増えてきました。アサーティブネスの重要性と汎用性が広く認識されるようになってきたといえます。

エンパワメント・センターが行っている三つの認定プログラム、MY TREEペアレンツ・プログラム実践者養成講座、家族えん会議ファシリテーター養成講座、アサーティブ研修トレーナー養成講座のいずれも、二日間(一四時間)のアサーティブ研修の受講が必須科目になっています。

筆者が初めてアサーティブネス研修を受けたのは、1980年米国でのことでした。自分では、かなりはっきり意見表明をする方だと思っていたのに、米国での結婚生活や大学院生活の中で、アサーティブなコミュニケーションの必要性を何度も痛感させられたからでした。

遠くから研修に参加されたある弁護士の方は、アサーティブの理論をしっかりと理解した上で、ロールプレイで練習したことは、裁判の弁護答弁においてもおおいに活用していると、手紙をくれました。

ある自営業の男性は、多様な職種や立場の参加者たちと一緒に、ロールプレイや振り返りをした2日間で、大きな気づきが起こり、妻や子どもたちへの関わり方が変わってしまったとのことです。研修から帰ってきた夫の変化に驚いて、今度は妻が参加されました。

ある相撲部屋の著名な親方が参加されたこともありました。遠方から来られ熱心に受講された親方は、受講の動機をこう語っていました。「中学を出たばかりの子どもたちを親から預かって力士に育てるには、自分が受けてきたような力まかせの訓練の方法ではだめだと痛感しているのです。スパルタ的なやり方を見ているだけで無力化してしまう子もいる。もっとちがう方法があるはずだと探して、インターネットでこの研修を見つけました」。なかには引きこもりやいじめを経験してきた子どもたちもいるので、コミュニケーション・スキルを親方が持たないといけないと考えての参加でした。一昨年の時津風部屋での虐待死事件を考えると、アサーティブネスは、相撲部屋でも必要な研修だといえます。

さて、先月号では、エンパワメント・センターのアサーティブ研修の約3分の1を紹介したので、今月号では、残りを紹介しましょう。

自分を知ることが、アサーティブ研修の基本だと書きました。前号で紹介した、「自己診断一、二」をして、自分のコミュニケーションのパターンを知ります。次には、「短所は長所」「否定的な独り語を肯定的に」「古いテープ、新しいテープ」という筆者独自のアクティビティをすることで、自分のホンネを知り、かつ自己評価を肯定的にする経験をします。

自分についての洞察を深め、自分への付き合い方を経験したうえで、他者との付き合い方のスキルに入っていきます。そのスキルの一つはI(アイ)メッセージです。

I(アイ)メッセージの練習

●意見の対立、感情的な確執が起きた時、相手を尊重しつつ自分の考えや気持ちを率直に伝える方法のひとつとしてよく知られているのが、I(アイ)メッセージです。この簡単にして効果の大きな方法の普及に大きな貢献をしたのは、米国の臨床心理学者トーマス・ゴードン氏です。

●対立が起きた時、多くの人がとっている態度は、「you(あなた)」を主語にして「あなたは~~だから」「あなたの理解が十分でないから~~」「あなたのやり方がよくなかったから~~」などと、相手を批判します。この方法だと、受け止める方は自分が批判されていると思い、感情的になり、防御を固めるか、批判をなげ返してしまいます。そうすると、互いの間でのゆずりあいや分かり合おうという姿勢はなくなり、両方が「あなたが」「あなたが」と互いを指差して言い合うことになってしまうのです。

●言いにくいことを言う時は、「わたしが」を主語にすると相手の反感を喚起せずに、こちらの真意を表現できることが多いです。

●たとえば帰りの遅い娘に腹を立てて、「いったい(あなたは)こんな遅くまで何をしてたのか」と言ってしまうのが「あなたメッセージ」。それに対して「(わたしはあなたの)帰りが遅くて心配でならなかった」とか「(わたしはあなたの)帰りが遅くて、不安になって腹も立ってきてしまった」と気持ちを伝えるのが「I(わたし)メッセージ」です。

●「あなたはいつも~~だから」と相手への不満を言うのではなく、「わたしはあなたに~~してほしいんです」と相手にしてほしいことを伝えるのもI(アイ)メッセージです。毎回必ず効果を持つわけではないが、よい結果を生む確率の高いことも事実です。

●ただし、英語の文法と日本語の文法の違いから、日本語は英語ほどI(アイ)メッセージの効果が期待できないかもしれません。

●なお、わたしがアサーティブネス・トレーニングをするなかで気がついたことですが、I(アイ)メッセージを使う時は、これはeye(アイ)メッセージでもあると思って、しっかりと相手の目を直視することが大切です。下を向いたままI(アイ)メッセージを使っても効果はあまりないでしょう。あなたの本当の強い思いなのだということが相手に伝わるためには、ことばだけでなく、身体、ジェスチャーも使わなければなりません。身体の表現のなかで最も簡単に効果を持ちうるのが相手の目を直視するという動作です。

怒りの感情

ところが、 感情のなかでも、怒り、腹立ちの感情を「わたしはあなたに怒っている」とI(アイ)メッセージで伝えても、効果のないことが多いのです。これには、理由があります。怒りの感情の特殊性の故です。研修では、以下のような怒りの感情の特殊性を理解したうえで、実際の会話で、どうなっているのかをロールプレイを見てもらいます。そのあと、I(アイ)メッセージを使う演習をします。

●人が健康に生きるために感情はどのようなものであっても大切なものです。感情は人間の理性、倫理観、社会性、行動様式にきわめて重要な役割を果たしています。にもかかわらず私たちの社会では、感情は理性のように評価されてきませんでした。感情を素直に表現することは忌み嫌われてきました。喜びや嬉しさや楽しさの感情はともかく、恐怖、不安、怒り、悲しみ、悔しさ、淋しさ、孤立感といった感情を素直に認めることにわたしたちは慣れていません。まわりから容認されないそれらの感情は自分の中だけに閉じ込められ、抑圧され、自分でも認めることができなくなり、変形してしまいます。たとえば憎しみとは変形してしまった怒りの感情の形態にほかなりません。

●押し込められ変形してしまった感情が他者への攻撃として表出されることもあります。変形してしまったためにその感情が向けられるべき対象が不明になってしまうこともよくあります。たとえば暴力や虐待の被害者の怒りの対象はその加害者に向けられるはずのものなのに、被害者自身やその他の人に向けられていることがあります。

●怒りの感情について考えてみましょう。怒りとはとても大切な感情です。怒りは自分の気持ちが傷つけられたことを知らせてくれるアンテナです。怒りは自分にとって何が大切かを教えてくれる気持ちです。

●子どもたちはそれを「ムカつく」とか「キレそう」と表現します。「キレそう」という表現は子どもたちがいかに怒りを素直に表現できない環境に生きているかを物語っています。理不尽なこと、いやなことをたくさん経験して怒りを募らせているのに、それを相手に伝えることができず、自分の内に押し込めなければならないことが重なって、もう「キレそう」になるわけです。コミュニケーションの圧倒的に不足している生活環境が目に浮かぶようです。

●感情はことばにすることで自分にも相手にもはっきりし、そこにコミュニケーションが生まれます。「ムカつく」ことがいいか悪いかではなく、一体誰に対して、なにが理由で「ムカついて」いるのか、さらに自分は相手に何を求め、何をしたいのかはそれをことばにすることで見えてくるのです。

●怒りや悔しさや悲しさの感情をことばにして相手に伝えるのは、相手を傷付けたいからではなく、相手に自分の気持ちを理解して欲しいからです。しかし、多くの場合、人は怒りを相手に投げつけるようなやりかたでしか表現していないために、相手を怒らせてしまい、感情のボールのぶつけあいになってしまいます。

I(アイ)メッセージで怒りを相手に伝えても、効果のないことが多いのは、怒りは複雑な感情だからです。怒りの気持ちの下には、その他のさまざまな感情が隠れています。怒りという仮面を取るとその下に悔しさ、寂しさ、悲しさなどのたくさんの入り交じった感情が表れてきます。怒りの仮面を取るとは、怒りの感情をことばにして誰かに伝える事です。それを聴いてくれる人がいた時、怒りをもたらしたさまざまな仮面の裏の感情が表面に出てきます。

だから、怒りの仮面の裏側の自分の気持ちに気がついて、それをことばにすることが必要になるのです。「怒りの仮面」の図は、MY TREEペアレンツ・プログラム(子どもへの虐待的行動に悩む親の回復)のカリキュラムのために開発したものです。このプログラムでも、アサーティブなコミュニケーションを、虐待行動をやめていく大切なスキルとして活用しています。MY TREEプログラムのファシリテーターとなるためには、アサーティブ・スキルが必須研修のひとつであるのは、そのためです。

アサーティブネス・スキルのまとめ

学んだことをここでもう一度整理して、いよいよ、ここからそれぞれ自分の課題を出してロールプレイをします。

アサーティブネスを必要とする場面

言いにくいことを伝えるとき、頼む、断る、対立意見を言う、気持ちを伝える、批判する、批判を受ける。

アサーティブネスのキーワードの確認

最初にやったアクティビティから引き出されたのは、次のキーワードです。率直、自分に正直、ことばで表現、交渉、責任、傾聴、代替案の七つがキーワードになります。

アサーティブネスを使うとき気をつけること

  1. 時間、場所を選ぶ。(研修では、選べない場合の心構えを話し合います。)
  2. 相手の話を聴く姿勢(人それぞれの性格や行動パターンに合わせて、どのように聴くことが良いのかをコーチングします。)
  3. 行動を批判しても、人格を批判しない。(具体例を出して、練習します。)
  4. 批判や注文はひとつの行動に限定する。他の行動を引き合いに出して一緒にしない。(具体例を出して、練習します。)
  5. 他の人、他の場面との比較で批判しない。
    「お兄ちゃんはよくできるのに…」「わたしが子どもの頃はもっと…」(私たちの思考や感情が、自分のあるいは他人の「比較意識」によってどれほど汚染されているかを検証します。)
  6. 批判や代替案を言うときは、まず相手をねぎらう肯定メッセージからはじめる。(肯定メッセージの出し方の練習をします。)
  7. I(アイ)メッセージで言う。 I feel ―――― , when you ―――.
  8. I(アイ)メッセージは、eye・目のメッセージであることを忘れない。(相手の目を見る練習をします。)
  9. 相手に何をしてほしいのか、代替案を言う。(例題を出して、それぞれ代替案を即座に言う練習をします。)
  10. 肯定的に話を終える。(どんな終わり方のことばがあるかを皆で出し合います。)

ロールプレイで練習

アサーティブネスはロールプレイをして、適切な指摘を受けることの繰り返しによって身につけることができます。ロールプレイに懐疑的な人や慣れていない人は、是非ともやってみることで、ロールプレイの効力を知ってください。ロールプレイで繰り返しさまざまな状況を練習した後は、現実の出来事のなかで、簡単な場面から選んで実施してください。

与えられた課題で練習(与えられた状況をそれぞれどうアサーティブに解決するか。グループで行います。トレーナーが適切な質問やコメントをすることでコーチングをします。)

ロールプレイの最後は、自分の課題で練習することです。

ここが、この研修の最大のピークとなります。2日間学んだことをすべて投入して、自分の課題をアサーティブに解決しようとロールプレイをします。トレーナーは、ロールプレイをした人への適切なコメントをします。このコーチングを受けることが、アサーティブ研修を受ける最大のメリットかもしれません。

ここでしばしば起きることは、アサーティブに言いたいと思っていた内容が変わったり、わからなくなったり、あるいは明確になったりすることです。他者に対してアサーティブであるためには、自分をよく知るということが、ここでもはっきりと表れます。

これからトレーニング

アサーティブであるために必要な最低限の知識と認識と気づきと練習方法を提供しました。本当のトレーニングはこれからです。それはあなたが自分でやらなければならないトレーニングです。この自己トレーニングをしない限りアサーティブネスは身につきません。

  1. 家族や親しい友人との関係の中で「I(アイ)メッセージ」を意識して使うようにこころがけます。
  2. アサーティブに言いたい事を文章に書いて、声を出して練習するとそれを実行する自信がつきます。
  3. 失敗するかもしれません。相手があからさまな不快感を示すかもしれない。相手を傷つけてしまったような思いにとらわれるかもしれません。しかし練習に失敗はつきものと思って、安易に落胆しないで、再び実践を試みます。あきらめません。
  4. 下にアサーティブに対応しようと思う相手または状況を書く。対応が易しい状況から順に書く。そのときあなたをアサーティブにさせまいとする一番強力な抵抗は何かも書く。

アサーティブネスは、自分の外とどう付き合うかということよりも、実は自分の内にアンテナを張って自分と対話をしていく訓練であることに気づかれたでしょうか。

最大の難関は自分に対してアサーティブになることです。



状況


抵抗

対社会アサーティブ

先月号でも紹介したことですが、アサーティブネスは、個人間の会話術として生まれたコミュニケーションスキルではなく、すべての人が、自分の尊厳を尊重し、尊重される社会を作るためのダイナミックにして具体的な方法論として生まれたものです。

筆者の行うアサーティブ研修では、対人関係における対立の解決方法としてのアサーティブネスはもちろんのこと、対社会における対立の解決としてのアサーティブネスの実践を進めることが特徴といえるかもしれません。

民主主義は個人がアサーティブに自分の権利と義務を行使していくことで機能する制度です。この研修で学んだ対人関係におけるアサーティブネスと同時に、わたしたちの市民としての人権をおびやかす社会や政治があるとしたら、社会に対してもアサーティブな姿勢と行動を示していく必要があります。筆者はそれを、非暴力タンポポ作戦と名付けて提案してきました。(エンパワメント・センターのHPまたは、『非暴力タンポポ作戦』森田ゆり著 解放出版社を参照)

最後に、森田ゆりから秘訣をひとつ。

今日こそあの人にアサーティブに対応しようと思う。そのとき、立ち止まって、あなたの体内のいのちの流れの音に耳をすましてください。心開いて自分に正直になります。その一瞬をしっかり自分のものにすると、あなたという小宇宙の中であたかも交響楽が共鳴し始めるかのように、力がわきあがってくるでしょう。

GOOD LUCK !!


森田ゆりのホームページ
http://www.geocities.jp/empowerment9center/index.html

■新・アサーティブネス研修 西宮C 08年9月27、28日(土・日)
■家族えん会議ファシリテーター養成講座 西宮 08年9月14、15日
■スーパービジョン・コーチング 研修 大阪 08年10月18日(土)
■アサーティブネス研修トレーナー養成講座(14時間)宝塚 11月15、16日(土、日)
詳細・申込 エンパワメント・センターセンター 0798-51-2903

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