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human Rights123号掲載
連載・部落解放運動は今
辻 暉夫(つじ・あきお 解放新聞大阪支局)

新しい風26

大阪府連が「第三期運動論」

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 部落解放同盟大阪府連の第四五回大会が四月二五、二六日の二日間ひらかれた。今回は二年に一回行われる役員選挙の大会であり、中央本部書記長に立候補した高橋正人府連委員長の後任に松岡徹府連書記長、書記長の後任に北口末広府連教宣部長が新しく選出された。松岡 北口体制がどのような舵取りを行うのか、注目されている。

 新体制の誕生のほか、今大会で内外の耳目を集めたのは部落解放運動の中・長期論を展開した「第三期部落解放運動の提案」であった。大阪府連は新執行部のもとこの第三期論について、全同盟員をはじめ広く論議を深め、肉付けし、具体化、実践化をはかっていきたいとしている。日本全体が、いや世界全体が大変な激動期にあって、「人権の二一世紀」を視野にいれて運動を進めている大阪府連にとって、非常に意味の大きい提案だ。

 「部落解放運動には夢がある」というサブタイトルがついたこの第三期論、全国で初の試みではないかと思われるが、大胆かつ率直に現状を分析、今後の課題を提起している。A四判で三四ページにおよぶ長文なので、ここではその一部を紹介してみたい。

第三期論の背景

 部落解放運動は今日、第二期の時代にあるといわれる。第一期は戦前の糾弾闘争主導時代、第二期は「特措法」に代表される行政闘争主導時代である。第三期は共同闘争主導時代であるともいわれているが、その具体像はもうひとつ明確にされていないような気がする。そうした意味で今度の第三期論は画期的ともいえるものであり、全国で広く論議されることになろう。

 第三期論は総論編と実践編から成っている。総論編では、第二期の運動が残した成果と第三期に引き継がれた課題を概括している。

 第二期は同和対策事業等によって、部落の実態改善がかなり進んだことが大きな特徴といえよう。ところが実態的差別に対する取り組みが前進するなかで、部落差別の撤廃という一番大切なことが「部落の実態改善」に矮小化されてしまうという傾向を生み出してきた。部落問題が部落だけの問題でない以上、部落に対する手だてだけでは差別をなくすことはできない。

 さらに個人給付的事業や減免措置といった対処療法的な手法が用いられたこと。これはこれで大きな成果をあげたものの、こうした手法の長期化が、かえって根本解決を先送りさせてきた側面も見逃せない。根本原因を突きとめて取り組まない限り、今日の成果は一時的なものに終わってしまいかねないのである。

 第二期のもうひとつの大きな特徴は「行政責任論」の確立。しかし「特別措置」に表現された行政の実力が、いつしか行政万能論という誤解を生みだし、部落の側に行政依存の傾向を許してしまったことも否定できない。以上のような第二期の「発展の中での矛盾や限界」を直視し自覚することから、第三期論が登場してきたといえるのである。

部落差別の現実をどう捉えるか

 部落差別の現実は運動の出発点であり、原点である。今度の第三期論では差別の現れ方の全体像に迫ることの重要性を指摘している。今日、差別の現実は差別事件、市民の差別意識、部落の実態という三つの領域で主に語られている。しかし三領域における捉え方では明らかに欠けている部分がある。そのひとつが「実態的加差別の現実」の領域だ。部落とはかかわらないでおこうとする忌避行動、偏見にみちた陰口等々、社会的に明らかにさえすれば差別事件となる差別言動、行為等を指している。もうひとつが「心理的被差別の現実」の領域だ。被差別者に深く刻まれた「心の傷」、その怒りや不安、悲しみ、恨み、いらだち等々を差別の現実の独立した領域として捉えようというものだ。差別の現実認識を以上の五領域に拡大して考えていこうと提起している。

 部落差別の現実というとき、これまではその独自性に力点がおかれ、それが特別対策としての同和対策事業の実施等として結実してきた。しかし第三期論ではこの独自性に加えて、部落内外における共通性や関連性にも大きく注目していかなければならないとしている。住環境や仕事、教育、医療等々の問題は決して部落特有のものではない。日本社会全体にある問題だ。では、どんな点が部落差別の現実といえるのか。それはこうした社会問題や困難が、部落においてはより厳しい形で現れているという点においてである。つまりこれまで部落差別の現実とされてきた現象は、社会の矛盾がより深刻に、集中的に、慢性的に示されている姿といえる。「社会矛盾の集中的表現」- これが部落差別の現実の意味である。

 さらに人間の尊厳を傷つけ、人と人との関係を断ち切る差別の現実に言及。これと先の五つの領域への拡大、社会矛盾の集中的表現ということを合わせ、差別の現実認識における新しい視点としてかかげ、第三期論のベースを築いている。

補償から建設へ

 第三期論はこのあと 1.人権を軸とした社会システムを創造しよう 2.人と人との豊かな人間関係づくりに尽力する 3.誇りをもって生きる自立した一人ひとりを目ざす という目標をかかげ、三大戦略としている。このなかでは、豊かな人間関係、人間としての尊厳、自立と自己実現の追求、主体としての責任と努力などといった「人と人とのつながり」や「自己」にかかわった言葉がたくさんでてくる。「甘え」や「依存」を排し、自主解放の精神の重要性を改めて力説している。 1.の社会変革の闘い、 2.の人間関係変革の課題、 3.の自己変革への挑戦 この三つが分かちがたく結びついているとするのが第三期論だ。

 これまでの解放運動は差別の結果に対する「補償」の実現に大きな成果をあげてきたが、同時にその限界もみせてきた。これに対して第三期論は「補償」の段階をのりこえ、差別の真の原因を取り除く、人権が確立された民主社会を建設していくことの重要性、必要性を強調している。「補償から建設へ」 これが第三期の解放運動のイメージである。

 そして第三期論がのべている三大戦略はそのいずれもが、部落問題の解決は社会の構成員すべての人びとに深くかかわっていることを指摘している。「差別からの解放」とは、被差別・加差別の双方が差別のくびきから解き放たれることである。これを実現する社会の建設は、すべての人たちにとって意味のある、自らの問題としてかかわるべき「共同事業」だ。そのことをすべての人たちに理解してもらうこと、これが部落問題を真の意味で「国民的課題」へと高めることになる。

新しい市民運動を視野に

 総論の最後では「部落の解放運動から部落解放のための解放運動へ」とうたっている。人権が確立された社会の実現は、社会のすべての構成員にかかわる共同事業であるという考え方は当然、部落内外での広範な取り組みを求める。部落解放同盟支部の活動も部落内にとどまるのではなく、周辺の校区全体とか行政区全体へと展開を広げていくことを要求する。大阪府連が昨秋から今冬にかけて結成した「部落解放のための新しい福祉運動」や「部落解放のための新しい教育運動」は、ともに部落内外の人たちを結集して、より広い舞台で運動を展開していこうということを目ざしている。人権を軸に福祉や教育などについて、その校区全体や行政区全体のあるべき姿や未来像を具体的に提案し、積極的に市民運動を起こしていく。校区をつつみこんだこうした輪があちこちにできていくなかで、やがてこれは行政区全体、ひいては社会全体へと拡大していくことになる。それが社会変革の起爆剤となり、人と人との豊かなつながりとなっていく。部落差別撤廃・人権確立社会の実現を高くかかげ、新しい市民運動を創造していくうえで解放同盟がその大きな一翼を担おうと提唱しているわけだ。

 となれば、解放同盟の存在意義と責任はますます重くなっていく。一人ひとりの同盟員、各支部がその点をよく自覚し、意気と使命感をもって前進しようと呼びかけている。

 これら総論編に続いて実践編が展開されている。部落の明日を拓く「まちづくり」運動、市民運動、共同闘争と国際連帯、行政闘争、糾弾闘争、人づくり・組織建設などについて具体的に運動論を展開している。

 なおこの第三期論は冊子となっている。問い合わせは大阪府連(〇六・五六八・一六二一)へ。