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human Rights126号掲載
連載・部落解放運動は今
辻 暉夫(つじ・あきお 解放新聞大阪支局)

新しい風29

五五〇人の声「障害者の人権白書」

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白書がまとまる

 「障害者の人権白書」報告会が八月六日、大阪市中央区民センターでひらかれた。大阪の障害者団体をはじめ関係者ら約五〇〇人が集まり、差別の実態、人権確立・自立への道について討論が行われた。障害者差別の実態に関してはいくつか調査結果がまとめられているが、今度の白書は 1.人権侵害にマトをしぼり、障害者自身の生の声をそのまま収めている、 2.障害種別の一九もの団体が一致協力して調査にあたったこと。全国で初の試みである、 3.障害者問題を人権の視点から追求していること―などの大きな特徴がある。なぜこういう調査をするに至ったのか、その経過を簡単にふり返ってみよう。

 一九九五年末、国は各自治体に「障害者プラン」を策定するよう提起した。しかしプランづくりは遅々として進んでいない。そこで部落解放同盟大阪府連は一昨年の大阪府との交渉で「障害者人権白書」をつくったうえで障害者プランを策定するよう要求。府がこれに応え、白書づくりを進めることになった。

一九の当事者団体が結集

 障害者と一口にいっても、障害の種類、程度は実に多様だ。できる限り多く、多様な障害をもった人たちの調査をやろうと、大阪府連、部落解放障害者(児)組合大阪連絡協議会が中心となって障害者団体に呼びかけた。その結果、大阪の主な障害者団体が白書づくり実行委員会に加わり、昨年一〇月から障害者自身の手で調査を開始した。一九団体が参加、これだけ多くの障害者団体が種別や団体の枠をこえて結集したのは初めてといわれる。その一九団体は次のとおりだ。

 大阪身体障害者団体連合会/大阪知的障害者育成会/障害者の自立と完全参加を目指す大阪連絡会議/部落解放同盟大阪府連/部落解放障害者(児)組合大阪連絡協議会/大阪肢体不自由者協会/大阪脊髄損傷協会/大阪頸髄損傷連絡会/大阪府盲人福祉協会/大阪聴力障害者協会/大阪府中途失聴・難聴者協会/大阪市中途失聴・難聴者協会/大阪精神障害者連絡会/大阪精神医療人権センター/大阪市身体障害者団体協議会/大阪市知的障害者育成会/大阪府肢体不自由児者父母の会連合会/大阪府肢体不自由児者父母の会連絡会/大阪府総合福祉協会

本人からの聞きとり調査

 調査は昨年一〇月から一二月までの三カ月間にわたって、障害者本人からの聞き取りを原則に行われた。調査は様々な困難にぶつかったが、各団体はそれをのりこえ、全部で一五五〇人から回答をえることができた。それを「障害者の人権白書」として本にまとめたのだが、なにしろ量が膨大なので、ここでは調査結果をしぼって紹介したい。

 調査項目は全部で三一。◇あなたは今の社会で障害者に対する差別、人権侵害があると思うか◇あなたは差別、人権侵害をうけていると感じるか◇いじめ、暴行をうけたことがあるか◇他人に無視されたり、ジロジロ見られたことがあるか◇交通機関を利用したとき、つらい思いやくやしい思いをしたことがあるか(同様の質問をレストラン、スーパー、銭湯、結婚、仕事、教育、住宅、病院などについてもたずねている)◇これまで不当な扱いや差別をうけたとき、誰かに相談したか―などである。三一項目にのぼる質問を一人ずつていねいに聞き、それを文章であらわすという作業が続けられた。調査項目ごとに結果ををかいつまんでみてみる。

〈介護〉
 (三三歳男性=施設をでて自立生活をして間もないとき、介護者がこなくて三日間飲まず食わずだった)。このように介護についてつらい思いをしたことがあるかという問いに対して、身体障害者の二〇・八%が「ある」と回答、また「親以外に介護を受けたことがないのでわからない」というのが二六・七%もあり、介護サービス不足や家族への負担が大きいことを示している。とくに知的障害者の場合は「親以外の介護をうけたことがない」が四三%という高い率に達している。

〈住宅〉 (三一歳女性=一人ぐらしの住まいをさがすとき、不動産屋から「障害のある人は一人住まいは危険。周囲や大家さんに迷惑をかけるから」と断わられた)。(三三歳男性=家探しで不動産屋を六〇軒まわったが、ダメだった。ひどいところは「障害者はきたないから、出ていけ」と怒鳴られたこともある)。障害者ということで排除されている一例だが、安価で住みやすい住宅の確保は障害者の自立と社会参加を進めていくために決定的に重要な課題となっている。とくに精神障害者や知的障害者に対して「怖い」とか「うるさい」といった偏見が根強い。車イスで自由に移動できる住宅、安い家賃、交通の便がよいところ等々の問題があり、障害者の住宅問題は非常に厳しい現実の下にある。

〈交通・外出〉(三六歳女性=バスを降りるとき、足が不自由なため動作が遅くなり、運転手から「はよ、行け」といわれた。それ以来バスに乗りたいと思わない)。(三八歳男性=通りがかりの中学生に電動三輪車をけられたり、すれちがいざまに「ヨーゴ」「ショーニ」といわれ、怒りと悔しさを感じている)。調査結果では、交通機関の利用でつらい思いをしたことがある人は三七・五%に達している。駅のエレベーター設置、ホームと電車の段差解消、リスト付きバスの導入、道路の段差解消、乗務員や駅員、運転手の対応・マナー改善等多岐にわたっている。また「からかい」「べっ視」など差別意識の問題も数多く報告されている。

〈仕事〉(四八歳男性=盲ろう者に対する労働保障の場がない。施設的な就労の場では賃金が低い。障害にみあった仕事保障を行政に求めたい)。障害者の仕事保障は自立と社会参加の根本的条件だが、一般就労への就業率は低く、とくに精神障害者はわずか二%。知的障害者の"被害"も他の障害者を大きく上回っていて「会社で暴行、いじめをうけた」が療盲手帳等級B1所持者の三六・四%も。職安など公的機関で人権侵害をうけた、悔しい思いをしたという人も少なくない。障害種別や程度をこえて「他に働くところがない。相談する相手もいない」という状況が浮かびあがってくる。職安や労働行政のあり方、企業への働きかけ、地域における支援体制の確立など課題は山積している。

〈お金の問題〉
 (三〇歳女性=養護学校高等部のとき、地元の中学生に「お金をもってきたら遊んでやる」といわれたあげく、殴られ、服をぬがされ川に放りこまれた)。(四七歳女性=義姉に三〇〇万円を貸したが、返してくれないために問いただすと「おまえが証文をとっていないのは、おまえが阿保や。おまえみたいなどちんばの顔など見たくない」と言われ、返してくれないままだ)。障害者の収入が低いこと、経済的基盤が弱いこと、金銭をだましとられるなど金銭管理の問題、生活を営むには大変不十分な障害者基礎年金。こうした問題が障害者の生きていく権利を奪っているという状況がある。

〈役所・銀行等の利用〉 (二四歳女性=市役所で生活保護費の給付に関して「あんたとこは障害者がおるから他の人より多くあげてるねんで」といわれた)。(四一歳女性=銀行でお金を引き出すときに窓口の方に「代筆してください」とお願いしたが、拒否された。私たち視覚障害者は用紙の枠の中に書きこむことはできない)。「福祉=恵まれない者に対する施し」とする行政職員の差別的対応が複数報告されている。役所、銀行、郵便局などは日常生活を送っていくうえで今や欠かせない存在となっているが、二三・七%の人が「利用したことがない」と回答しており、利用から遠ざけられていることがうかがえる。代筆や点字での署名、手話通訳の必要性などが求められる。

〈飲食店・売店等〉
 (四二歳男性=喫茶店で初めて会った人と話をしていたら、店員に「迷惑だから帰れ」といわれた)。(三二歳女性=銭湯で子どもが何度も「アホ」といってきた。その子の母親に「何も注意しないの」といったが、反応はなかった)。日常生活に関わりが深いレストラン、スーパー等で「他の客に迷惑がかかる」とか「じゃま者扱い」をうけるという例がたくさん報告されている。こうした不特定多数の人が利用するところでは、従業員の人権教育、スロープや手すり、点字ブロック等の設置をもっと進めていく必要がある。

〈結婚・冠婚葬祭〉
 (三二歳女性=兄が交際中の彼女の両親に結婚したいことを伝えたところ、障害のある妹がいるからという理由で断わられた)。(六七歳男性=父の葬式に出席させてもらえなかった。視覚障害の私がいることを皆に知られるのが恥だと思ったのだろう)。これら冠婚葬祭に関する障害者の排除という問題は「障害者=恥、けがれ」とする社会全体の差別意識を反映したものといえよう。

〈出産・子育て〉 (三六歳女性=九州から引っ越してきました。こちらに来てから、風呂に行くとジロジロ見られたり、子どもを身ごもると「足が悪いのに子どもを産むの」と老人さんたちにいわれた)。(五一歳女性=私はストマー(人工肛門)をつけているため、子育てで苦労した。旅行や海水浴に子どもを一度も連れて行ってやったことがない)。「育児は親がすべきもの」「その責任が果たせないなら産むな」というような考え方が根強くある。出産、育児に関する支援、協力ができるようヘルパー、行政、障害者団体等、様々な機関が協力して支援体制を確立することが急務となっている。

〈近所づきあい・人間関係〉 (五〇歳男性=私は外見は健常者と変わらない。「見えてても見えないといえば、年金や障害者の特権があるさかいな」といわれたとき私は「見えているなら点字やマッサージの免許取得に苦労するか」と怒鳴った。これほど人権を傷つけられたことはないと痛切に感じた)。(二〇歳女性=中学校の養護学級に所属してから他の生徒からのいじめがひどくなり、「ヨウゴ」といわれ始めた。「もう死んだ方がましや」と自分で身体を傷つけるようなことがふえた)。障害者に対する虐待、いじめなどは偏見と無理解にもとづく差別であり、地域社会で共に生きていくことの大切さを訴えていく必要がある。そのためには自立できる環境づくり、住民との交流、啓発を推進していかなければならない。

〈性的虐待〉 (三五歳女性=入院していたとき看護婦さんから生理のとき「役に立たないのに、子宮をとってしまえばいい」といわれた)。(一六歳女性=養護学校高等部一年の時に、ボランティアと称して中学校の養護学級に出入りしていた男(五〇歳代)にいたずらされ、妊娠させられた)。性的虐待のケースは表に出されることが少なく、報告されているのも氷山の一角とみられる。また多くの障害者や家族が泣き寝入りを強いられている。性的虐待を防ぐ策、障害者の立場に立って救済できる社会システム、啓発などが急務といえよう。

 以上のほか、教育・保育、入所施設・通所施設、病院・地域医療、精神障害者の問題などについても調査結果も分析されているが、紙数の関係で省略する。またここに紹介したのもごく一部の事例であることをお断りしておきたい。

調査の意義

 今後、この調査結果をもとに行政、関係機関等への働きかけ、社会啓発を進めていくことになる。そうした意義のほか、障害者、障害者団体自身による今回の調査は障害者の立ち上がり、当事者運動の重要性を広めたことにも大きな意味がある。例えば身体障害者の場合、差別や不当な扱いをうけたときに相談するところとして、障害者団体や人権団体を選んでいたのは七%だったが、この調査を機に今後は二五%の人が障害者団体に相談に行くと回答している。知的障害者、精神障害者の場合もそれぞれ倍増している。

 被差別の当事者が立ち上がらなければならないことを広く浸透させてきたのは部落解放運動である。今後も「反差別・人権擁護」の立場に立って、協同の取りくみ、交流、支援、協力を深めていくにちがいない。